第37.5話 後日談 1/2


「……」


 帰宅後。

 新にピザの注文を任せ、私はトイレにこもっていた。


「……」


 用を足すわけでもなく便座に座り、公園での出来事を反芻する。

 指先で唇をなぞり、まだそこに残る体温を感じて胸が熱くなる。


「ふ、ふへ、ふへへへ……っ!」


 やっべぇ……やべぇよ私! キスしちゃった!


 熱中症でダウンしたことを慰められて、新に惚れ直して。

 公園で何かいい雰囲気になって、私からの好きに過剰反応する新が愛おし過ぎて、彼からの好きも心臓が爆発しそうなくらい嬉しくて……。


 もう自分でも訳がわからないくらい舞い上がって、ついやってしまった。


 ファーストキスは新からして欲しかったけど……まぁ、幸せだからヨシッ!!

 あーっ、早く顔もとに戻ってー! 今はちょっとだらしな過ぎて、こんなの新に見せられないよー!


「にしても……そっか、もう自分から動いてもいいのか……」


 媚薬を盛ったり可愛い服を着たりと、これまで私は散々新に手を出してもらうことを期待してきた。

 それもこれも、向こうが私をどう思っているのかわからなかったから。下手にこちらが動いて、嫌われたくなかったから。


 でも、もう両想いだとわかった。

 キスをしても問題のない関係になった。


 だったら、私から襲ってもいいのでは……?


「……っ」


 ゴクリと唾を飲む。

 黒い欲求に自然と口角が上がり、私の身体は考えるよりも先にアレを取りに動く。


 トイレを出て、そっと新の部屋へ。

 そして机の引き出しを開けて、彼が用意していたコンドームを――。


「ん……?」


 ない。

 そこにあったはずの避妊具がどこにもない。


 軽く漁ってみるがやはり見当たらず、他の引き出しを開けるが結果は同じ。

 新がどこかに移動させた? どうして……?


 首を傾げながら部屋を見回して、ふとゴミ箱に視線が行き。


 ――あった。

 私が見たコンドームが捨てられていた。


「私、捨ててないよね? じゃあ、新が……」


 未使用の避妊具をなぜ捨てたのか。

 ピーガガガと来栖コンピュータが動き、一つの仮説を叩き出す。


 捨てた。つまり、必要がなくなった。

 避妊の必要がない。


 ということは――。


 あ、新は、私と子供をつくりたがっているって……ことぉ……!?


 い、いやいやいや!!

 確かに私も新との子どもは欲しいけど、今は無理だよ!!

 学校も仕事もあるし、まだ結婚だってしてないわけだし!! ってかそんなことになったら、流石のお父様も新を太平洋に沈めると思うし!!


「俺の部屋で何やってるんだ?」

「びゃっ!?」


 開きっぱなしの扉から、新が顔を出した。

 私がゴミ箱を見ていたことに気づき、彼は気まずそうに眉を寄せる。そして何かを誤魔化すように後頭部を掻いて、「いやぁ……」と苦々しい笑みを浮かべる。


「変なもの見せちゃってごめんな。大丈夫、使

「っ!?」


 まさかの本人からの少子化対策宣言。


 私に好きって言われてあれだけ照れてた男が、もうそんな覚悟決めちゃってるわけ!?

 こいつの情緒どうなってるのさ!! 頭おかしいんじゃないの!?


 この脳内真っピンク野郎!!!!


 お、落ち着け私……!

 流石にこれはダメだ。ちゃんと言わなきゃ……子どもはまだ早いって、ちゃんと……!


 ……いやでも、新がどうしてもって言うなら……。


 うがぁああああああ!!

 どっちが私の本音かわかんないよぉおおおおおお!!


「おっ、ピザ来たみたいだな」


 私が拳を握り震えていると、新は玄関へ行ってしまった。


 ……ま、まあいいか。

 まさか、食事の最中に手を出されるなんてことはないだろう。


 今はひとまず、腹を満たさなければ。




 ◆




 荷解き中の話。


「やっぱりこれ、捨てとくか……」


 俺は改めて引き出しを開け、犬飼からもらったコンドームを取り出した。


 来栖とはもう、恋人同士。であれば、そういうことをする日もいつかは来るだろう。

 だが、それは今日ではないし、一週間後とか一ヵ月後とか、そんな近い話でもない。

 ご丁寧に避妊具をしまっていては、やる気満々だと思われてしまう。貰い物だからとかそういうことは気にせず、ここは処分してしまおう。


「……捨ててあるの来栖が見つけたら、安心してくれるかもだしな。うん、それがいい」

 

 ポイとゴミ箱に放って、小さく息をつく。


 ……こういうのも、そのうち自分で買うようになるのかな。

 全然想像できないな、そんな俺の姿……。




 ◆




「ピザ美味かったなー」

「そ、そうだね……」


 嘘です。

 緊張でまったく味がわかりませんでした。


「んじゃ、そろそろ――」

「っ!!」

「映画でも観るか」

「……あ、うん」


 何で残念がってるんだ私ぃ!?

 言わなきゃいけない……言わなきゃなのに、本能がそれに抗っている。理性ではダメだってわかってるのに、身体は満更でもないって言ってる!!


 ……今更だけど、私、マジでこいつのこと好きなんだな。

 何かこう、遺伝子レベルで抗いがたいものがある……。


 い、いやでも、ダメなものはダメだ!!


「お菓子、甘い系としょっぱい系、どっちがいい?」

「……甘い系、かな?」

「だと思った」


 キッチンの戸棚からお菓子を取ってきて、パチンとリビングの照明を落としてからDVDのセッティング。準備終わったところで、私の隣に腰を下ろした。


 左半身に伝わる、彼の体温。

 映画が始まって、退屈な冒頭が流れて、しばらくして。


「……っ!」


 不意に、新が私の手を握った。


 これ、えっちな本で見たやつだ……!!

 退屈な映画をBGMにおっぱじめるシチュエーションだ……!!


 は、始まる……っ!!

 始まっちゃうぅうううううう!!



――――――――――――――――――

 第一章は完結しましたが、番外編を出さないとは言っていないので、もちっとだけ続きます。エモくて綺麗な終わり方がよかった、という方には申し訳ないのですが、私はこのアホインが好きでして。


 あと宣伝ですが、「退屈な映画をBGMにおっぱじめるシチュエーション」は私が去年カクヨムコンを受賞した『大学で一番かわいい先輩』で沢山書いているので、よろしければぜひ。あっちは本当にえっちです。

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