第7話 やったぜお風呂


「へっくしゅ!」

「天城、大丈夫か?」

「あぁ、うん。ありがと」


 三日後の金曜日。

 学校が終わり、いつものように車に乗せられた俺は、


「本当に来たな……」

「なに? 冗談だと思ったの?」

「そりゃまあ、昨日の夜、いきなり言われたし……」

「その点についてはごめん。仕事の都合で、直近だと今日明日しか時間取れなくて」


 場所は温泉街。

 目の前には、明らかに高校生が入っていい雰囲気ではない高級旅館。


 日頃の感謝と先日のストーカー撃退への労いとして、天城が一泊二日の旅行を企画してくれた。

 俺がちょっと前に、温泉に入りたいと言っていたのを覚えていたらしい。


「でも、いいのか? ここ、どう考えてもバカ高いだろ?」

「まあ、大卒の初任給くらいかな」

「い、一泊で……?」

「ちなみに、一人分の金額だよ」

「ってことは……」


 ……俺と天城で、初任給二人分。

 そのバカげた金額に、頭が痛くなってきた。


「当然のリスクヘッジだよ。こういうところなら、変なのが入ってくることもないし」


 ストーカーの件以降、天城は自宅に帰らず泉さんと暮らしている。

 当然だろう。包丁を持った男が不法に入り込み、部屋にひそんでいたのだから。


 あんな目に遭えば、そりゃあ防犯意識も上がるか。

 にしても、その金額には驚きだが……。


「お待ちしておりました、天城様」

「あっ。久しぶり、おばちゃん」

 

 旅館の女将さんと親し気に話す天城。


 久しぶりって、知り合いなのかよ。

 しかも、おばちゃんって……。


 流石は天城家。

 やっぱりこいつって、王子なんだな。




 ◆




「……なぁ、天城」

「ん?」

「部屋って、ここ……だよな?」

「うん。いい部屋でしょ。露天風呂も付いてるし」


 部屋へ案内され、新と一緒に十畳の和室と広々とした露天風呂を見て周ったところで、彼は怪訝そうな顔で首を傾げた。


「……俺はどこで寝るんだ?」

「この部屋」

「天城は?」

「この部屋。……なに? 私に外で寝ろって言うの?」

「そ、そういうわけじゃないけど! いやだって、部屋が分かれてるとかじゃないし……」


 新はこれまで何度も私の家に泊ったが、就寝の際は決まってリビングを使う。

 私を不安にさせないようにと、寝室に近づいたことは一度もない。


「新が一緒でも、私は気にしないよ。小学生の頃みたいに、一緒に寝よ。せっかく高いお金払っていい部屋とったんだから、別に宿取って一人で寝るとかやめてね」

「……まあ、天城がそういうなら従うけど……」


 ――お姫様抱っこをしても、相手が天城なら何も感じない。

 彼にそんな言葉を言わせてしまったのは、私が彼を性的に遠ざけ過ぎてしまったのが原因だ。


 だがぁ!! そんなのは今日で終わりだ、バカめぇ!!


 ふ、ふふふっ……!


 せいぜい私の寝顔を見て、ドキドキしたりすればいい!!

 浴衣がちょっとはだけて、顔が熱くなったりすればいい!!

 私がこれまで味わってきた苦しみの一部を味わえばいい!!


 今日の私はひと味違うぞ。

 来栖ちゃんが女の子だってことを、その下半身に叩き込んでやるからな。


 覚悟しろよ、鈍感野郎。


「んじゃ、新。夕食前に、露天風呂入ろっか」

「わかった。じゃあ、俺は適当に館内を――」

「新も一緒に、だよ」

「……ん?」

「大丈夫、裸にはならないから。はいこれ、新の分の水着」

「い、いや……そうじゃなくて……」


 手渡された黒い海パンを手に、視線を右往左往させて動揺する新。

 私は追い打ちをかけるように、極力しおらしい表情を作る。


「ストーカーのことがあってから、一人でお風呂入るのが怖くて……」

「……っ」

「新も一緒なら安心できるんだけど……まあでも、ダメならいいよ。気にしないで」


 ほらほら、こういう言われ方されたら弱いでしょ?

 知ってるんだからね?


「……わかったよ、一緒に入る。何かあったら、俺が絶対に守るから」

「うん、ありがと」


 ひゃっほぉおおおおい!!

 釣れたぜバカがよぉ!!


 いくら新でも水着姿の私とお風呂に入れば、目の前の親友がちゃんと女の子だと思い出すはず。

 そうやってドキドキしたまま同じ部屋で寝ちゃうわけだから……ぐへへっ、襲われちゃったらどうしようかなぁ。どうしてやろうかなぁ!


 ……まあ、本当は水着ではなく裸が一番だと思うのだが。

 ちょっと今の私に、その勇気はなかった。それに新も、流石に裸での混浴は受け入れてくれないと思うし。


「うんしょっと」

「ちょ、おい!?」


 おもむろに制服の上着を脱ぐと、新は慌てたように声を荒げた。


「安心して。ほら、これ水着だから」

「……今日ずっと、それ着てたのか?」

「目の前で脱いだらドキドキするかなと思って。私なりの労いだよ」

「ドキドキよりも普通にビックリしたから、もうやらないでくれ……」


 今日のために買った、結構際どめの黒い水着。


 むぅ……!

 せっかく用意したのに、何その反応……!


「……もしかしてこの水着、好みじゃない?」


 不安が湧いて、唇から零れ落ちた。

 すると新は、即座に「いや」と首を横に振る。


「シンプルなデザインだけど生地に高級感があって、天城のエレガントな雰囲気によく合ってると思う。こうして見ると、天城って本当に手足が長くてスタイルいいよな。肌もすごく綺麗だし、日々努力してるんだなって素直に尊敬する。このまま写真撮って雑誌の表紙にしたって全然違和感ないし、王子ファンは間違いなく三冊は買うだろうな」

「…………」


 褒められている。

 それは間違いない。


 でも……!!

 違う! 違うよ! そうじゃないって!! 


 何かもう、目線が業界のひとじゃん!?

 ずーっと私の仕事にくっ付いて歩いて、ファッションだとかメイクだとかテレビだとか、色々な業界人と接してるから仕方ないことだけどさぁ!?


 私が欲しいのは……こう、可愛いとか!! エロいとか!! 興奮するとか!!


 そういうの!!

 そういうの、なのに!!


「じゃあ俺も、着替えてくるよ」


 と言って、海パンを手にトイレへ。


 ……こんな情けない気持ちになるなら、一緒にお風呂とかやめとけばよかった。

 あーあ、何か損した気分。


「――お待たせ。んじゃ、風呂入るか」


 新の肌を直接見るのは、小学生ぶり。


 程よく筋肉で武装した肢体。分厚い胸。割れた腹筋。

 アスリートやボディビルダーというより、闘う男といった感じの肉体。


「どうした、天城。ぼーっとして」

「……えっ」

「え?」


 えっっっっっっっっっっっっろ!!??


 やったぜお風呂!!

 水着最高かよぉ~~~~~~~~!!




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