第17話 シャワー浴びて来いよ
「来栖は今日、何食べたい?」
「えっ? えーっと……その、な、何がいいかなぁ……」
雨の中、彼と一緒の傘に入ってスーパーへ。
せっかくの相合傘。
彼との肩の触れ合いを堪能したいところだったが、もう色々と頭の中がパンパンでそれどころではなかった。
そして今も、自分が何を食べたいのかまったく考えられない。
だって……今、新のポケットの中には、今回のデートのために用意されたであろうコンドームが入っているから。
「……私、新の作るものなら何でも好きだからさ。ちょっとお菓子選んでくるから、適当に買っておいてよ」
そう言い残して、彼から距離を取った。
……ダメだ。一旦落ち着こう。
このままだと、楽しいデートにならない。
そもそも、私が見たのは本当にコンドームだったのか?
私の知ってる新が、そんなの持ち歩くか?
……いや、持ち歩かない。
見たのは一瞬だったし、私は実物のコンドームを見たことがない。
だから、何かの見間違いだったのではないか。
「もしかして……」
お菓子コーナー。
目の前には、正方形の駄菓子があった。
そう……例えば、こういうやつ。
正方形に包装されたものなど、世の中にありふれている。
……うん。そっか、そうだよね!
はぁー、私の見間違いだったかー。
残念だけど仕方がない。変にドキドキしっぱなしで、デートを台無しにしたくないし。
「新、チョコのクッキー好きだったよね」
自分と彼の分のお菓子を確保。
さて、戻るとするか。
二人で楽しく、今夜のご飯を考えよう!
「おっ、戻ったか来栖。見ろよこの岩牡蠣、美味そうだろ? 今夜はこれを使おう。
「……」
精も……つく?
えっと、それってつまり……そ、そういうこと!?
アレをアレして元気にしようって話!?
「山芋も買ったし、これで準備万端だなぁー」
「っ!!」
山芋といったら、これも精がつく食材の一つ。
あのコンドーム……。
見間違いでも勘違いでもなかったって……ことぉ……!?
「来栖」
名前を呼ばれ、ふっと見上げた。
想い焦がれたそのひとは、スーパーの照明を背に眩しい笑みを浮かべていた。
「――今夜は、楽しみにしてろよ」
キラリと輝くイヤリング。
僅かに覗く白い歯。
彼の黒い双眸は、私を見つめて離さない。
……わぅっ。
これ、本当にするやつだ……。
逃げられないやつだ……!
「……わかった」
と、自分から彼の手を取った。
「楽しみに……してる……っ」
焼けそうなほどに熱い顔を軽く伏せながら、私は精一杯のオーケーサインを出す。
身体の外まで響きそうなほど、心臓が激しく鳴っている。
◆
「んじゃ、作っていくか」
「う、うん……」
帰宅後。
休憩もほどほどに、俺と来栖はキッチンに立つ。
今日の晩ご飯はお好み焼き。
しかもただのお好み焼きではなく、生地に山芋を混ぜて、具材には牡蠣を使用と大盤振る舞い。単純に美味しいというのもあるが、来栖はつい最近体調を壊したばかり。ここは精をつけて、休み明けの球技大会、そのあとの期末試験に臨まないと。
「手伝ってくれるのは嬉しいけど、来栖は休んでていいんだぞ? 一応お客さんなんだし」
「……ううん、やる。何かしてないと落ち着かないから……」
迷子になっていたところを助けてから、来栖の様子がまたおかしくなった。
恥ずかしがっているような、何かを期待しているような。
時折、俺を熱く見つめて、ふっと視線を落として。
まったくもって意味がわからない。
……あっ。
もしかして、腹が減ったのか?
だとしたら、料理を手伝うと言い出したことにも納得がいく。
自分も一緒にやれば早く食べれると思っているのだろう。
まったく、いつまで経っても子供だな。
「俺は牡蠣の下処理をするから、その間に来栖はキャベツの千切りをしてくれ」
「えっ……私、そんな器用に包丁使えないよ?」
「大丈夫、キャベツ用のピーラーがあるから」
ピーラーを手渡して、俺は牡蠣に視線を移す。
片栗粉を使用した、ごく一般的な下処理方法。
しっかり洗って、水気を切って、キッチンペーパーの上へ置く。
「山芋もすりおろさないとな……」
そう独り言ちて、ふと、隣へ目をやった。
半分にしたキャベツを持ち、もう片方の手にはピーラー。
シュッとピーラーを下ろすと、綺麗な千切りとなって下のボウルに落ちる。
「……へへっ」
シュッ、シュッ。
「……へへへっ」
単純作業だが、これが結構楽しい。
来栖もクセになってしまったのか、一切手を止めず千切りの山を作ってゆく。ほのかにニヤつきながら。
「何か、いいな……」
うちのキッチンに、エプロン姿の親友。
隣には俺がいて、今日食べるご飯を一緒に作る。
それが何となく、どうしてなのか言語化はできないが……いいな、と思った。
ずっとこのままいられたらな、と。
「新、ほら見て。キャベツ、全部千切りにできたよ」
「お疲れ様。上手いな、来栖は」
「でしょ。何てったって私、新の雇い主だからね」
「じゃあその雇い主様には、お好み焼粉を水でといてもらおうかな」
「ん、任せてよ」
ムフーッと自信たっぷりに鼻息を漏らす来栖。
そうして作業に取り組む真剣な横顔を見て、俺の胸中をむず痒い痛みが疾走した。
◆
食事が終わり、新と一緒にサブスクで映画を観た。
ちょっと前にやっていた、少女漫画の実写化。私が観たいといっていたやつだ。
二人っきりで恋愛映画とか……も、もう絶対にそういうことじゃん!?
雰囲気作りしてきてるじゃん!?
……とまぁ、まったく集中できるはずもなく。
映画が終わったところで、新はすっかり暗くなった外へ目をやる。
「どしゃ降りだけど、来栖、今日はどうする? もう泊まってくか?」
「あっ……え、えーっと、うん。そう、しよっかなー……」
覚悟を決めた私に、帰るなんて選択肢は当然ない。
向こうだって一応聞きはしたが、何だかんだ理由をつけて私を帰す気などないだろう。
「じゃあ、いつものお泊りセット出しとく。来栖はその間に――」
ギシッと音を立て、ソファから立ち上がった。
涼し気な目で私を見つめ、薄い唇を開く。
「――シャワー浴びて来いよ」
は……はわっ、はわぁああああ~~~~~〜〜~~!!!!
天城来栖、十六歳!!!!
今夜、大人になります!!!!
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