第16話 『王子 可愛い』
「わぁっ……あっ……!」
走って、走って、走りまくって。
ようやく冷静になったところで、私は頭を抱えて悶絶していた。
バカ!! 私のバカ!!
大バカアホ間抜けクソ雑魚ナメクジ!!
いくら新にデリカシーがなくて察しも悪いからって、デート中に逃げ出して迷子とか最低じゃん!?
……どうするの、これ。
スマホも荷物も何もかも、猫カフェに置いてきちゃったから連絡の取りようがないし。
「……しかも、道わかんなくなっちゃったし……」
右を見ても左を見ても、ここがどこだかわからない。
そして、最悪なことに、
「……あっ」
ぽつりと、頭の上に降って来た冷たいもの。
今朝からずっと重たい雲を抱えていた空が、ついに雨を絞り出し始めた。
建物の軒先に避難し、しゃがみ込み息をつく。
これでは、適当に徘徊して猫カフェを探すこともできない。
「こんなこと、前にもあったっけ……」
――中学生の頃。
お父様は私に、私立の中学に行って欲しかったらしい。
でも、私は新と一緒がよかった。だから無理を言って、無茶苦茶を言って、自分の要望を通した。
そして高校も、新と同じところがよかった。
そのことをお父様に話して、今度は納得してくれなくて……私は、家出した。
あてもなくさまよい歩いて、道がわからなくなって、ついには雨が降ってきて。
当時は冬だったから、すごく寒かったのを覚えている。
お金もない。連絡の手段もない。
すぐに日が落ちて、暗くなって、お腹が空いて。
怖くて、怖くて、怖くて……。
――もう、ここで死ぬのかな。
そう思った時、助けに来てくれたのが、
「く、来栖……!! お前、何やってるんだよ!? 心配したんだぞ!!」
「……っ!!」
あの時と同じだった。
顔をあげると、ビニール傘を片手に息を切らす新がいた。
「トイレにでも行ったのかと思ったら、いくら待ってても戻って来ないし……! 店出るならひと声かけろ! 俺に迷惑かけるのはいいけど、心臓に悪いことするのはやめてくれ!」
「……ご、ごめんなさいっ」
立ち上がって、すぐさま頭を下げる。
新は傘を畳み軒先に入って、大きく息をついた。
嫌われてしまっただろうか。
――そんな不安を一蹴するように、彼は私の頭をぽんぽんと優しく叩く。
「急に雨降ってきたけど、濡れなかったか?」
「……うん」
「ちょっと肌寒いだろ。俺のジャケット貸すよ」
「ありがと……」
ジャケットを脱ぎ、そっと私の肩にかけた。
……く、くそぉ!
くそぉおおお! 好きぃいいい!
反省しなくちゃいけない場面なのに、好き過ぎて嬉し過ぎてそれどころじゃない。
どこまでイケメンなんだよ、この男は!?
私の気持ちを弄びやがってよぉ!!
いい加減にしろ!! 惚れ死ぬぞゴラァ!!
「新は……な、何でここがわかったの……?」
スマホも置いてきたから、GPSを使って追うことはできないはず。
私の問いかけに、「これだよ」と彼は自身のスマホを取り出す。
「SNSに目撃情報落ちてないかなって、検索かけたんだ。『王子 可愛い』とか、『王子 スカート』とか、そういう感じで。来栖が普段と違う格好してたから、そのこと呟いてるひとがいると思ってさ」
「……」
「そしたら案の定、お前に気づいてるひとがいたんだ。ファンに感謝しとけよ。そのひとたちのおかげで、俺は来栖を見つけられたんだから」
……え?
今、何て言った?
可愛い……。
私のこと、可愛いって言ったよね!? そうだよねぇ!?
そんな風に検索したってことは、今日の私の格好、ちゃんと可愛いって思ってたってこと……!?
「お、お前、何だよいきなりニヤニヤして。こっちは本気で心配したんだからな?」
「それは本当に悪いと思ってるけど……へ、へへっ……」
メチャクチャ迷惑かけて、猛省しなくちゃいけない案件だってことはわかっている。
でもさぁ、こんなの無理だよ!?
可愛い……その一言が欲しくて、私がどれだけ悩んで頑張ってきたと思ってるのさ!! そもそも逃げ出しちゃったのも、可愛いって言って欲しさだったわけだし……!!
「……私のスマホ、返してもらっていい?」
「おう。あとほら、お前のカバンも」
「ん、ありがと。……でさ、SNSで何て検索したか、もう一回言って」
「アカウント調べて、直接お礼でもするのか? えーっと、だから『王子 可愛い』『王子 スカート』とか――」
「ごめん、もう一回」
「『王子 可愛い』」
「おっけ。ありがと」
うへへ、録音してやったぜ。
帰ったら、目覚ましのアラームに設定しよーっと。
「んじゃ、そろそろ戻るか」
「戻る? え、猫カフェに?」
「俺に懐いてた猫いただろ? 来栖のこと探しに行く時、帰るなーってメチャクチャ引き止められてさ。だから、また戻って来るって言ったんだよ。いやぁ、猫ってすげえ可愛いよなぁー」
「……」
じゃあ行くぞ、と傘を開く新。
私は彼の腕を掴み、グイッと引き寄せる。
「……猫カフェ、やだ」
「え? お前も猫、好きだろ?」
「好きだけど……」
今日はこれ以上、私以外を可愛いって褒めてるとこ見たくない。
――とは言えず、ただ黙ってキュッと腕に力をこめる。
「だったら、俺の家行くか。晩飯に来栖の好きなもの作るよ」
「いいね。新のお父さんに会うの、久しぶりだな」
「あぁ、悪い。最近父さん、新しい母さんの家で寝泊まりしてて。ちゃんと籍入れるまで同棲して、お互いに色々慣らしておきたいんだってさ」
「……ってことは」
新と二人っきり!?
…………ふっ。
まあ、私は何も期待してないけどね。
新のことだ。
私に料理を振る舞って、適当にダラダラして、それで終わり。仮に泊まることになったとしても、それ以上のことは絶対に起こらない。
天地がひっくり返っても、何もない。
「んじゃ、スーパー寄って帰るぞ。来栖はなにが食べ――」
そう言いかけて。
新は地面を見つめたまま、ピタリと固まった。
ふっと、私も視線を落とす。
そこにあったのは、正方形の何か。
……え、あれ、これって……。
コンドーム……だよね? 何でこんなところに……?
「――――っ!!」
チーターが獲物を狩るような、恐ろしい速度でコンドームを回収しポケットにしまった新。
……ん? はぇ!?
それ、新のなの!?
も、もしかして、ジャケット脱いだ時にポケットから落ちた!?
「よ、よーし、行くぞー」
挙動不審になりながらも、私の手を引いて歩き出す。
……待って。
待って待って待って! ちょい待ち! タイムタイム!
私……今日、ヤられちゃうの……?
新ってば、最初からそのつもりだったの……!?
◆
『折村、これ持ってけよ! 念のためにな!』
『お、お前、マジでいらないって! 見つかったら大変なことになるだろ!?』
昨日は結局買い物だけで時間を全て使ってしまい、今朝、クラスの男子の親が経営する美容院へ行った。
そこで渡されたのが、このコンドーム。
丁重にお断りしたはずなのに……あのバカ野郎、こっそりジャケットにしのばせやがったな。
……まあでも、たぶん来栖が見る前に回収できたから大丈夫か。
ふぅー、焦った焦った。
――――――――――――――――――
おかげさまで、本作はカクヨムコンのプロ部門ランキングで9位に入りました。
ファンタジーが圧倒的に強く、ラブコメでの一桁入りはかなり難しいので、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
「面白い」「続きが気になる」という方は、作者&作品フォロー、☆レビューをお願いします。執筆の励みになります。
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