第27話 私を見つめていた


 期末試験一日目の夜。

 明日のために勉強しなければいけないのに、私は机に突っ伏したまままったく集中できていなかった。


「どう、天城さん。勉強は進んでる?」


 コンコンと扉をノックし、飲み物と茶菓子を持って来てくれたぼたん。

 私は机から顔を上げ、ジトッと彼女を見据える。


「な、なに? あたし、何か怒らせるようなことした……?」

「――――ない」

「えっ?」

「新が全然、可愛いって言ってくれない……」

「全然って、具体的にどれくらい?」

「……あれから、一回も」


 可愛い可愛い可愛いと、たった一日で三十回は言われたあの日。


 翌日も覚悟を決めて登校したが……今日も可愛いな、とは言われなかった。

 勉強をしていても、ご飯を食べていても、ちょっと笑ってみても、ただの一度も言ってくれなかった。


 何でもない普段の状態に戻っただけなのだが、好かれているのでは、という期待があったせいで喪失感が尋常ではない。


「私の反応が気持ち悪かったから、たぶん新、私のこと嫌いになったんだよ。そうに決まってる……」

「い、いやいやいや! 一昨日だって、普通に付き人として仕事場に来てたじゃん! 嫌いになったなら、仕事だって辞めるんじゃない?」

「新がそんなことすると思う? 自分の感情殺して、私に従ってるだけなんだよ」

「折村くん、そういう器用なことできない思うけどなぁ。普通に話したりはするんでしょ?」

「それはまあ、そうだけど……」


 露骨に私を避けるとか、そういうことがあるなら話は簡単なのだ。

 だが、可愛いと褒めない以外は普段とまったく一緒で、本当にわけがわからない。あの日は一体何だったのか。


「……ごめん、ぼたん。今は一人にさせて。お茶とお菓子、ありがと。勉強頑張るよ」

「あっ……な、悩みがあったら何でも相談してね! お姉さん、いつでも聞くから!」


 彼女を部屋の外へ追い出し、扉を背にしてふっと息をつく。


 あの日の新は、ただそういう気分だっただけ。そう解釈をすれば、全てが丸く収まる。

 彼に実は好かれているというのも私の勘違いで、本当は関係値なんて微塵も動いていない。そう思ったら、残念がる必要もない。


 何もかも変わっていない。

 何もかも、何一つ。


 落ち込むな、天城来栖。

 この試験が片付いたら、高校生二度目の夏。

 この夏休み中に、また頑張ればいいじゃないか。


「頑張れば……そう、頑張って、いっぱい頑張って……」


 新のことが好きで、付き合いたいのは本当の気持ちで。

 だから、頑張らなくちゃいけないのに。


 今までたくさん頑張ってきたのに、これ以上何をすればいいの?

 ――と、弱気になってしまう自分がいた。




 ◆




 期末試験二日目。

 今日で全てのテストが終わり、明日からは夏休みまでの消化試合。


 一学期最後のテストが片付き、ざわめく教室内。

 そんな中、帰り支度をする私に新が声をかけてきた。


「く、来栖、ちょっといいか?」

「なに? 今日はお仕事休みだよ」

「それはわかってるけど……き、聞いておきたいことがあって」

「……え? あぁ、うん。歩きながら話そ」


 愛想悪いな、今の私。

 勉強の疲れ、テストのストレス……あと、新絡みの不安で最近はまともに寝れてないし。いけないいけない、これじゃ嫌われる。


「期末試験が終わったら誘おうと思ってて……」


 そう言って私に渡したのは、遊園地の招待券だった。

 誰もが知る有名なところだ。私も何度か行ったことがある。


「ど、どうしたのこれ?」

「友達に貰ってさ。来栖、一緒に行かないか?」

「……」


 嬉しい。

 すごく嬉しいけど、新はどんな思いで私を誘ったんだろう。


 親友だから? 付き人だから? 私以外と行ったら怒ると思ったから?

 ……あぁダメだ。頭ぼやけてて、最低なこと考えちゃってるよ。


 ちゃんと、お礼言わなきゃ。


「――私じゃなくて、可愛くて天使な宵奈ちゃんと行ってくればいいじゃん」


 と、この口は勝手にとんでもないことを言い放ってしまった。


 ハッと視線を上げると、新は目を丸くしており。

 猛烈な罪悪感が身体にのしかかり、心臓が冷たい汗をかく。


「ご、ごめん! 私、こんなこと言うつもりじゃ――」

「一応、俺」


 私の言葉を遮って、新は気恥ずかしそうに後頭部を掻く。


「――……デートに誘ってるつもり、何だけど」


 試験終わりで騒がしい学校内。

 ガヤガヤと喧騒の止まない廊下の中、新の凛とした声が響く。


 真っ黒な瞳は私を見つめていて、その双眸には他の誰も映っていない。


「だから、来栖がいいんだ。来栖が一緒じゃなきゃ、行かない」

「……ほぇ?」

「日程はあとで調整するとして、行くのか行かないのか、聞かせてもらっていいか?」

「え? ……あ、じゃあ……行き、ます……っ」

「よかったー! ありがとう、来栖! んじゃ俺、部活の助っ人行ってくるから!」


 元気よく走り去って行った新。

 その背中に手を振って、私は呆然と口を開く。


 …………な、何だ?

 デート? 新ってば、デートって言った!?


 新の口からそんな単語聞いたの初めて何だけどぉ!?


 待て待て待て! 待って! ストップストップ!

 何なのこれ!? どうなってるの!? 意味がわからない!!


 ……さてはお前、本当に私のこと好きなのか!?


 うがぁああああ!! わからん!! 何もわからん!! 


 わからない、けど……――。

 まあ、一旦考えるのやめよう!! 私、バカだから考えたってどうせわかんないし!!


 ひゃっほぉ~~~~~~~~!!!!

 新と遊園地デートだぁ~~~~~~~~!!!!


 まんまと私を誘いやがって、迂闊だったなぁ新!!

 お前はその日、私にメロメロになるんだよぉ!!


 ガッハッハーッ!!


 んじゃ、新しい服買いに行こーっと。

 何がいいかなぁ? 下着はどうしようかなぁー?


 ふっふふーっ♪




 ◆




「デートとか言っちゃったけど、あれでよかったのかなぁ……」


 来栖に招待券を渡して、少し走って。

 廊下の壁に背を預け、俺は大きく息をついた。


「……まぁ広義の意味ではデートだし、何も間違ってないよな。でも調子に乗ってるとか、気持ち悪いとか思われたらどうしよう……。いや、ってか仕方ないよな。何かいきなり宵奈ちゃん出て来るし、俺もああ言うしかなかったわけで……」


 うだうだと誰に対しての言い訳かわからないことを呟いて、もう一度大きく嘆息して、好きになることの面倒くささを改めて実感する。


 前までは、ただ遊びに誘うだけで気合いを入れたりしなかった。

 断られたらそれでいいや、くらいにしか思っていなかった。


 なのに今は、絶対に断られたくないと思っていたし、OKを貰ったことが堪らなく嬉しい。自分の感情なのに、自分のものではないような、奇妙な感覚がある。


「……よしっ」


 パシッと両頬を打ち、勢いよく立ち上がる。


「来栖に楽しかったって言わせたら、俺の勝ちなんだ。いつも通り頑張ろう……!」



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