第26話 平常心なんか保てるかボケェ!!!!


 二限目終わり。


「新、さっきの授業のことで聞きたいことがあるんだけど」

「ん? どれだ?」

「ここ。よくわからなくてさ」

「それは、ここをこうして――」

「あ、そっか! なるほど……って、何で私の顔、そんな見てるの?」

「頑張ってるところも可愛いなと思って」

「びゃっ!?」

 


 ◆



 昼休み。


「来栖、飯にしようか」

「う、うん。そうだね」

「今日はオムライスだぞ。仕上げにケチャップで絵を描いて、っと」

「わぁー……! 可愛いー……!」

「だろ。まあ、来栖の来栖の可愛さにはおよばないけど」

「びゃぁああ!?」




 ◆



 放課後。


「じゃ、じゃあ私、今日は一人で帰るね」

「今から仕事だろ? 俺も一緒に行くよ」

「だ、大丈夫。新、お休みでいいからっ」

「……俺、何かヘマした?」

「違う違う! ほ、ほら、テスト近いし! 新にはちゃんと勉強して欲しいの。あとで私に教えるためにも」

「そういうことか。わかった、ありがとう。来栖は仕事もして、俺のことも気遣って、本当に尊敬するよ。しかもすごく可愛いし」

「びゃぁああああああ!?」




 ◆



 その日、なぜか天城さんは一人で仕事場に来た。

 こういうことは珍しく、彼女の顔もどこかゲッソリとしており、あたしは心配になって肩を叩いた。


「だ、大丈夫? もしかして、折村くんと何かあった?」


 ドル箱の天城さんと、その宝物庫の鍵を持つ折村くん。

 あたしのブルジョアライフのために、二人の仲に何かあっては困る。


「新が……」

「お、折村くんが……?」

「……私に、可愛いって言うから……」

「……ん?」


 えっ、のろけ?

 てか折村くん、ちゃんと天城さんを攻略しようと頑張ってるんだ! 偉い偉い!


「顔合わすたびに、私が何かするたびに、ひと前で何回も何回も……! 嬉しいけど恥ずかしくて、頭の中がぐちゃぐちゃになる……!」


 あぁー、な、なるほどー……。

 

 おそらく可愛いと褒めた時、天城さんが喜んだのだろう。

 元より、天城さんのためなら滝つぼに身を投げ込むのもいとわないような男だ。彼女を喜ばせたい一心で、全力で想いを伝えまくっているに違いない。


 しかし天城さんからすれば、突然想い人から褒められまくり訳がわからないわけで。その上ひと前というのが、羞恥心を加速させているのだろう。


「それに新……も、もしかしたら、私のこと好きっぽくて……」


 うん、そうだよ。

 ――と言いたいところだが、黙っておく。


 あたしがリスクを冒すわけにはいかない。


「好かれてたらって思ったら余計に恥ずかしくて……き、嫌われたくないから普通にしてたいのに、可愛いって褒めるからできなくて……! 私、いっぱい変なリアクションしちゃったし、嫌われてないかな……?」

「折村くんの気持ちはわからないけど、あたしが男だったら、そんなことで嫌ったりはしないよ。そこは安心していいと思うけど」

「そ、そうかなぁ? うーん……」


 そもそも、どんなリアクションしたんだ?

 奇声あげまくった、とかじゃないよね。流石に。


「ていうか新って私のこと、本当にどう思ってるんだろ……」

「可愛いって褒めてくれるってことは、そういうことなんじゃない?」

「……昨日、可愛いって言えって頼んだんだよね。それで私が喜んだから、ただ繰り返してるだけの可能性も……」


 何てことを要求しとんじゃこの子はぁああああ!!

 それだと天城さん目線、折村くんが本心で言ってるかどうかわかんないじゃん!?


「でも、私がそう頼む前にも一回可愛いって言ってくれてて……もうわからない、何がなんだかわからないよ……!!」


 ふーむ……。

 本心から言われた経験もあるから、天城さんの中で余計にわけがわからなくなってるのか。こじれてるなぁ……。


 くっそぉー、言いてぇ……!!

 その男、お前にゾッコンだぞって言いてえよぉ……!!


「こう考えたら? 今後も折村くんから可愛いって言われ続けたなら、それはもう好かれてるってことでいいんじゃない?」

「そ、そんな簡単に断定していいの? もし違ったら、私……かなり間抜けじゃない?」

「いくら天城さんが喜んだからって、そう何日も同じこと繰り返すとか普通はしないでしょ。それでも褒めてくるってことは、それは口説こうとしてるってことで間違いないよ。あたしの女の勘もそう言ってるし!」


 二人の仲は、もう付き合う五秒前といった感じ。

 なのに、過ごした時間が長すぎるがゆえに、複雑に絡まり面倒なことになっている。


 天城さんでも折村くんでもいいから、既に相手からの好意は勝ち獲っていると理解すれば、足りない一歩は一瞬で埋まるだろう。早くその足を踏み出して、あたしを金持ちにしてくれ……!!

 

「……わかった。じゃあ、また新に可愛いって言われたら、それはそういうことだって思うことにする」

「うん。頑張って、応援してるから」


 さあ折村くん、状況は整えておいたよ!!

 あとは君が、可愛いって褒めまくるだけだ!!




 ◆




「なぁ折村、今日のは何だったんだ……?」

「ん?」


 オレ――犬飼陽太は、なにげに折村とは中学から一緒だ。

 こいつと王子のことはずっと見て来たし……たぶん、同級生の中で王子の気持ちに一番最初に気づいたのもオレ。それからは密かに、二人の仲を応援してきた。


 それがいいのか悪いのか、今日になって少し変化があった。


「何だって、何が?」

「王子に可愛いって連発してたやつだよ。この土日でダーマ神殿行って、イタリア男にジョブチェンジして来たのかと思ったぞ」

「別にジョブチェンジしなくても、思ったこと言うくらいいいだろ。それにこれ言うと、来栖は喜ぶんだよ」

「あ、あれ喜んでたのか……?」


 オレには……ってか、誰の目から見ても、奇声をあげてるようにしか見えなかったけど。王子、反応に困ってたし。


「よくわかんねぇけど、可愛いとかそういうの、あんな挨拶みたいにポンポン言うもんじゃねえぞ。そのうち王子も慣れてくるだろうし」

「な、慣れる……?」

「実際王子、カッコいいとか言われても今更何も感じてねぇだろ。そうやって何にでも可愛いって言ってたら、お前もそのうち“あーはいはい”みたいな反応されるんじゃね」

「……それは困るな」

「ちょっと女子にも聞いてみろよ。なあ、どう思う?」


 いつもの三人を呼ぶと、彼女たちも一言いいたかったのかスタスタとやって来た。


「可愛いは嬉しいよ! 嬉しいけど……でも折村くん、あれはやり過ぎ!」

「ひと前でも言いまくるのは、ちょっとねー」

「品とか雰囲気とか、もう少し考えたら?」

「……は、はい」

「一回美味しいって言ったお菓子無限に買って来ちゃう、うちのお婆ちゃんみたい」

「同じことしか言わないし、何か適当に感じちゃうな」

「普通に頭悪いのかと思った」

「ご、ごめんなさい……」


 オレが思っていたよりもずっとボコボコにされ、折村は意気消沈。

 三人はスタスタと帰って行き、教室にはオレと折村だけが残された。


「……なぁ、折村」

「ん?」

「もしかしてだけど……お前、王子の気を引こうとして褒めまくってたのか……?」


 こいつが王子を、あそこまで執拗に褒めているところを見たのは初めてだった。

 どうしてそんなことを――と考えた時、出た答えは一つ。折村が王子を好きになった以外に考えられない。


 でも、まさか。

 今更こいつがそんなこと。


 と、オレは半信半疑だったのだが、


「まぁ、その……うん。何か俺、来栖のこと……好きだったぽくて……」

「…………マジか」


 それで出た結論が、可愛いって言いまくって気を引こうとかアホなのか? 中学生でももうちょっとマシな作戦思いつくぞ。


 しかも当の王子は、とっくの前からベタ惚れなのに。


 ……まあでも、折村なりにどうにかしようって考えた上での行動だったんだな。


「本当は彼女誘う予定だったんだけど……んっ、これやるよ。期末試験終わったら王子と行ってこい」

「えっ……これ、遊園地の招待券!? こ、こんなの受け取れないって!!」

「お前には散々世話になってるし、何か余計なこと聞いちゃったし、その責任は取らないとな。おっと、返してもらっても困るぞ。受け取ってくれないなら捨てるから」

「い、いやいや!! そんなこと言われても――」

「んじゃオレ、バイトあるから! また明日なー!」


 素っ頓狂な声をあげる折村を置いて、オレは教室から飛び出した。

 これであとは、放っといても上手くいくだろ。


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