第5話 俺、何かやっちゃいました?
天城は人気者ゆえに、時たま妙な人間を呼び寄せてしまう。
眼前の男などいい例。
去年一年間、街中で隠し撮りをして自分の彼女だとネットで自慢したり、体毛や体液付きのラブレターを送りつけてきたりと、お手本のようなストーカームーブをかました。
警察や天城の家の関係者も動いてくれたが解決せず、たまたま俺が捕獲して一時的に事態は収束した。
……でも、奴は今ここにいる。
包丁を持って。
明確な殺意を纏って。
「……何が一緒に死のう、だよ」
俺を救ってくれた、大切な親友。
できることなら俺が代わりに死んでやりたいが、生憎そんなゲームみたいなことはできない。
だから、彼女が望む限りそばにいて、ほんの少しでも多く幸せにしてあげたい。後悔のない最期であって欲しい。
それなのに、何だあいつは……。
奥歯を噛み締め過ぎて、砕けたような音が頭に響く。
爪が手のひらに食い込み、握った拳から血が滴る。
濁流のような怒りが、血管を通って全身を駆け巡る。
「天城の命は、もう長くないんだ!! 残り少ない時間を、誰がお前なんかにくれてやるか!!」
「「え?」」
天城とストーカーの声が重なった。
ちょいちょいと、天城は俺の服の裾を引く。
「何のこと? 私、死ぬの?」
「ん? いやだって、病気なんじゃないのか……?」
「そ、そんなこと、私がいつ言ったのさ!? もし病気だったら、新に真っ先に教えるよ!」
天城の必死そうな表情に、嘘はないと思った。
俺はストーカーと顔を見合わせて、ぱちくりと瞬きをし合い、
「「よかったー……!!」」
不覚にも、同じリアクションをとってしまった。
「な、何でお前まで安心してるんだ! 天城を殺すとか言ってたくせに!」
「僕が殺して一緒に死ぬのはともかく……びょ、病死はなんか違うじゃん!? それはちょっと、悲し過ぎるし……!!」
「お前みたいなストーカーに殺される方が悲しいだろ!!」
「ストーカーじゃない、彼氏だ!!」
「「それは違うっ!!」」
俺と天城の声に、ストーカーは獣のような絶叫を響かせた。
頭を掻きむしり、地団駄を踏み、俺たちを睨む。
「も、もう何だっていい! 僕の彼女から離れろぉおおおお!!」
包丁を振り上げて迫って来るストーカー。
刺されれば死ぬ。
そんなことはわかっている、が――。
俺の身体は、脳が命じるまでもなく大きく一歩前に出た。
◆
「うわ、ひっでぇ……」
「……ゴリラにでも殴られたのか?」
十数分後。
通報を受けて駆けつけた警察官は、ストーカーの有様を見て顔を覆った。
中学の頃からうちの実家に通い詰め、両親のボディーガードに鍛えてもらっていた新にとって、素人ひとりの制圧など造作もないこと。まして私の危機に怒り狂っていた彼の鉄拳は、ストーカーの顔面を一撃で粉砕した。
「泉さん、もうすぐ着くってさ。今日はあのひとの家に泊めてもらってくれ。俺は警察に事情を説明しないといけないから」
「……あ、うん。わかった」
私を助けてくれて、事後処理まで冷静に行って。
付き人としてこの上なく完璧で、どこまでも大好きな親友。
文句のつけどころなど一つもない。
……のだが、どうしたって残念だと思ってしまう。
「結局、何もできなかった……」
今日は私にとって、大切な一日になるはずだった。
なのに、結果はこのざま。
いやまぁ、あのストーカーがいる状態でおっぱじめるという最悪は回避できたから、不幸中の幸いではあるのだけど。
「泉さんが来るまで、マンションの外で待ってよう。立てるか?」
「えっと……あれ? あ、足が……」
膝が震えて上手く立てない。
私は自分が思っているより、あのストーカーに恐怖していたらしい。
……情けない。カッコ悪い。
媚薬まで盛って襲わせようとして、その挙句にこれか。
「天城、ちょっと触るぞ」
「えっ? う、うわっ……!」
ひょいと私をお姫様抱っこ。
そのまま玄関へ向かい、扉を開けて廊下に出る。
「私、重くない……?」
「心配になるくらい軽い。飯、もっと食えよ」
「……うるさい」
うわぁ……わゎっ……!!
この位置から見る新、くっっっっっそかっちょぇえ~~~~!!
何だこれ、国宝か?
さては世界遺産だな……?
私を軽々と抱える腕とか胸板とか、それと助けられた嬉しさがホッとしたことで一気に押し寄せてきて、もう心臓がやばい。
死ぬ。
ドキドキ死しちゃう……!
「……なぁ、天城」
「ん?」
「いや、その……ははっ……」
エレベーターを待ちながら、彼は口を開いた。
しかし何を戸惑っているのか、誤魔化すように笑ったきり一向に話が始まらない。
「……最期の時まで一緒にいるとか、重いこと言ってごめん。ほら、病気だって勘違いしてたから、俺も妙なテンションだったっていうか」
「あぁ……」
「別に俺、天城を束縛したいとか思ってないから。付き人だっていつでもクビにしてくれていいし、ずっと一緒にいる必要もないと思ってる」
「……うん」
「でも、俺にとって天城は掛け替えのない親友だから、お前が困ってたら世界中どこにいたって駆けつける。そこのところ、頭のどっか隅にでも入れといてくれると嬉しい」
そう言って、照れくさそうに笑う新に……。
ものごっつどえれぇほどに興奮した。
どうしてこの男は、そういうことを言っちゃうかなぁ?
何だテメェ、私がお前のこと大好きだってわかってねぇのか? わかってねぇからそんなこと言えるんだろ!! くそぉっ、ふざけやがって!!
好きぃーーー!!
「心配しなくても、新はクビにしないよ。一生私の荷物持ちだから」
「そりゃいいけど、高校卒業したらもうちょっと給料あげてくれよ。じゃないと、仮に結婚でもした時に相手を養うとか無理だから」
「……誰かと結婚する予定、あるの?」
「いやないけど、もしもってことが――」
「卒業後の給料はどんぐり三個ね」
「俺はリスか!?」
「松ぼっくりもつけてあげる」
「いらねぇよ!」
何が結婚だ!
ふざけるな、お前は私の旦那になるんだ!
……はっ!?
そんな心配をするってことは、宵奈ちゃんと結婚する可能性があるの……?
うわぁああああああああ!!
そんなの嫌だ! 絶対に許せない!
次こそは……。
次こそは必ず、既成事実を作ってやる!!
ぽっと出の女なんかには、絶対に渡さない!!
◆
「折村くん、昨日のニュース見たよ! すごいね!」
「腕見せて! 腹筋触らせてーっ!」
「うわすっご!! おほぉ……何か、ドキドキしてきた……!」
――人気モデルの自宅に、包丁を持ったストーカーが侵入。
――しかしそのストーカーは、被害者の友人の高校生が撃退。
といった感じで、昨日の出来事が全国ニュースになった。
結果、朝から俺の周りにはひとが……主に女子が絶えない。
いつもはみんな天城絡みで集まってくるのに、今日は俺に質問したり触ったりと大賑わい。
たくさん褒められるのは嬉しいが、こういうの慣れないからむず痒いな……。
天城はいつも、こんな視線にさらされてるのか。
「…………」
当の天城はというと、今朝からずっと、地獄のように冷え切った視線を俺に向けてくるばかり。
……俺、何かしたか?
――――――――――――――――――
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