第24話 ずっと一緒
……ギシッ。
来栖が四つん這いで床を移動し、テーブルの向こう側からこちらへ来る音。
揺れる星を編んだような銀の髪。どこか気だるげな、しかし誰もを魅了する輝きを放つ灰色の双眸。
普段の中性的な見てくれとはまるで違う、全力で異性をアピールするメイクや服装。
彼女を構成する全てが、俺にとっては劇物で。
それでいて、わたあめのようにふわふわとした甘さを放っており、無意識のうちに手を伸ばしてしまう。
「――――っ!!」
出かけた右手を、寸前のところで左手で抑えた。
……あ、危ねえ。
今触ってたら、たぶん抑えが効かなくなってた。
来栖に頼まれたからとかじゃなく、本能で触ろうとしていた。
一旦落ち着こう。深呼吸。
来栖の家のボディガードも言ってただろ、いつ何時も冷静でいるのが大切だって。
彼女は何も、俺とイチャつきたくて甘えたがっているわけではない。
要はストレス発散。犬や猫を愛でるような、そういう感覚。
これもまた、付き人の仕事だ。
頼まれたからには、きっちりとやり遂げなければ。
「じゃあ……い、いくぞ」
「……んっ」
男性と女性ではどうしてこうも髪質が違うのかと、触るたびに思う。
特に来栖のは、本当に人間のものか怪しいくらい。
なめらかで、さらさらで、しっとりしていて。
指を通せば僅かに帯びた熱が心地よく、容易くほどけて指から抜けてゆく。
「……へへっ」
床にぺたんと座って顔を伏せたまま、小さく笑みを零した。
惜しくも表情はわからないが、その甘い声に俺の心臓は跳ねる。
「可愛い……」
自然と口から出た言葉。
来栖はパッと視線だけを上げて、嬉しそうに目尻を下げる。
「もっと言って……もっと……私、可愛い……?」
「……あぁ、可愛いよ。すごく可愛い」
「どれくらい?」
「……世界一、かなぁ」
「……嘘にしては嬉しいこと言うじゃん」
嘘じゃないんだけどな。
あぁ、もどかしい……。
こうして恋人同士みたいに触れ合っても、恋人同士みたいな言葉を交わしても、これはただのストレス発散なわけでどこか虚しい気持ちになる。
「新、撫でるのうまぁーい……えへへー……」
それなのにここまでドキドキしてしまうのだから、俺はどうしようもなく彼女に惚れてしまっているのだろう。
「世界一可愛い私を撫でて、どう思った……?」
「どうって……髪、触り心地いいなぁ、とか?」
「それだけかよぉー」
好き過ぎて心臓が痛いです、とかストレートに言えるわけないだろ。
「……私は撫でられて、すごく嬉しいよ……?」
「そ、そりゃよかったな」
「でもこれは……あ、新だから、そう思うんだよ……?」
「……おう」
「新は特別だから……ずっとずっと、特別だから……」
撫でていた俺の手を両手でとって、おでこに押し当て、次いで鼻に当て。
最期に頬に当てて、こちらも優しく撫でるよう目で催促する。
「……新にとっても、私って特別?」
「そりゃまあ親友だし……こんなことするの、来栖以外にいないしな」
「ほ、他の子に、しちゃだめだよっ」
「仕事で悩んでるから甘やかせって、来栖以外からも頼まれるとかあり得ないだろ」
「そういうことじゃなくてっ!」
声を荒げたかと思ったら、突然両手で俺を床に押し倒した。
腰の上に跨って、俺の顔を見下ろす。香水なのか体臭なのか、頭がどうにかなりそうなほどの甘い香りが降ってくる。
「他の子に、さ、触らないで欲しいの……」
「……」
「私以外に……可愛いって、言わないで欲しいのっ」
「俺、来栖以外にそんなこと言う機会ないけど……」
「宵奈ちゃんにも言うじゃんかよぉー!」
五歳の子供だぞ、許してくれよ。
……い、いや、これはストレス発散。
おそらくは、そういうゴッコ遊びなのだろう。
まさか本気で、子ども相手に怒っているとは思えない。
というか、思いたくない。
「……わかった。俺の可愛いは、来栖だけに使うよ」
「本当……?」
「俺が嘘ついたことあるか?」
「…………わりとある、気がする」
「例えばいつだよ」
ふっと視線を逸らして数秒考え込み、
「小学生の頃、私が風邪で休んだ時に給食のプリン余ったとか言って持ってきたけど……あれ、新が自分の分食べずに残してたやつだったの知ってるんだからね」
「そんなのよく覚えてるな……」
「あと……怖い先生の授業で私が教科書忘れた時、新も都合よく忘れてて一緒に怒られたけど、あれ忘れたフリだったでしょ」
「あー……あったっけ、そんなこと」
「ほら、嘘ついたことあるじゃん」
「来栖のための嘘はノーカンにしてくれよ」
俺が苦笑すると、来栖は仕方ないなぁと言いたげに鼻を鳴らした。
「じゃあ……これからもし新に彼女ができても、褒めてあげられなくなっちゃうね」
「そんなの作る予定もないから、心配しなくていいぞ」
「……彼女、いらないの……?」
「いらないっていうか……」
欲しい。
今、目の前にいるひとが。
だがそう簡単に口は動かず、ただ黙ったまま見つめ合う。
まばたきをして、視線を絡めて、瞳にお互いを映す。
無意識に手が動き、気づくと来栖の頭を撫でていた。
彼女はくすぐったそうに、それでいて気持ちよさそうに目を細めて、背を丸めて俺の肩に顎を置く。
俺は片方の手を彼女の背中に回し、もう片方の手をそっと後頭部に添える。
「……私はね」
「ん?」
「私は……新がいてくれたら、他には何もいらないよ。この先も、ずーっと先も」
「……」
「だから、どこにも行かないでね? ずっとずっと、一緒にいて……?」
「……当たり前だろ」
体勢の問題で、彼女は顔は見えないが。
それでも耳元を揺らす吐息から、笑ってくれていることはわかった。
……ダメだこいつ。
可愛すぎて……俺、死ぬかも……。
◆
「ふぅー、ありがと。ちょっと落ち着いた」
「……ど、どういたしまして」
どちゃくそに甘やかしてもらったおかげか、随分と身体が軽くなった。
よかった、これで新に襲い掛かることはないだろう。
抱き締められながら、新が妙な気を起こすことを期待していたのだが、そう簡単にはいかなかった。
やはり匂いでは、可愛いと言うのが関の山。私はずっと作っていたから効果が強く出たが、新はそうでもないらしい。
あと彼の場合、そもそも私のことが好きではない。それも効果が上手く出ない原因だろう。
「じゃあ、勉強再開する?」
「ちょ……ちょっと、待ってくれ……」
「えっ、あ、新!?」
ゴロンと横に倒れた新。
どういうわけか、真っ白に燃え尽きている。
「どうしたの? 具合悪い?」
「いや……俺も疲れたというか、何というか……」
「じゃあ、今度は私が撫でてあげよっか?」
「それはいい!!」
「……何でそんなに嫌がるの? 私に触られたくない?」
「そういうことじゃなくて……! あ、えっと……わ、わかった。撫でてもらおう、かな……」
「最初からそう言いなよ。素直じゃないな」
ということで、今度は私が癒す側に回った。
この手のひらから、勝手に惚れてくれる粉とか出ればいいのになー。
「ほらほら、どう? 私も上手い?」
「う゛っ……うぅう……」
「声出しちゃって、そんなにいいの? もっとしてあげるよ」
「う゛お゛お゛ぉ……!」
あーあ。
このまま惚れないかなー。
――――――――――――――――――
新君のライフはもうゼロです。
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