第35話 義理の息子(※確定)
「この前は、本当にすまなかった……」
「あ、頭上げてください! 俺は全然気にしてませんから……!」
あれから一週間。
新くんに謝罪するため、私はこの前と同じ喫茶店に来ていた。
「それより傷、大丈夫ですか……?」
「あぁ、まあ……まだ痛むが、自業自得だ。仕方がない」
頭に巻かれた包帯。左腕を覆うギプス。
謝罪までに一週間もかかったのは、怪我の療養が必要だったからだ。
というのも来栖を海外に連れ出そうとした件、妻には何も相談しておらず……。
娘を不安にさせ、多くの人に迷惑をかけ、その上全て勘違いだったことで妻は空前絶後の大激怒。
結果、私は病院送りにされた。
本気で死ぬかと思った。
「宵奈ちゃんの件に関しては、完全に俺の落ち度です。言葉足らずというか何というか、早く年齢を言っていればこんなことには……」
「い、いや、謝らないでくれ! 早とちりした私が悪いし、きみに頭を下げさせたことが妻にバレたら今度は殺される……!!」
今にも首を垂れそうな新くんを全力で引き留め、ホッと息をついた。
……にしても、本当にいい子だなぁ。
あれだけのことをされて、自分に非があるとか言えないだろ。しかも、この年齢で。
「娘さんのことですが――」
シャンと背筋を正した新くん。
端正な顔立ちをより凛と澄まして、私を一心に見つめる。
「本当にいいんですか? 俺が彼女と付き合っても……」
「どうして今更、そんなことを聞くのかな?」
「い、いや……俺、総一郎さんから嫌われてると思ってて。天城家を険悪にしちゃったのって、間違いなく俺のせいですし……」
不安そうに視線を左右に動かす彼を見て、私は深く息をついた。
「……そうだな。確かに私は、新くんのことが気に入らなかった。娘に付きまとって甘い汁を吸う糞虫だと思っていた」
「く、糞虫……」
「だが、きみはいつだって来栖に対して誠実だった。この十年、あの子が辛い時に一番支えてくれたのは間違いなく新くんだ。私は一人の男としてきみを尊敬するし、あの子の父親としてきみを歓迎する」
これまでの積み重ね。
そして先日の、バイクから飛び移ってまで来栖を取り戻そうとした必死さ。
あの無謀さを手放しで褒めるわけにはいかないが、しかし、男として憧れてしまった。父親として、彼になら来栖を任せても大丈夫だと思った。
「娘をよろしく頼む。私に似て少々……いやかなり不器用だが、きみも知るようにとてもいい子だ。大切にしてあげて欲しい」
「は、はい……!」
「……それと、せっかくの告白をあんな形でさせてしまって申し訳ない。本当に私は、取り返しのつかないことを……っ」
「だ、大丈夫ですよ! 気にしないでください……!」
考えれば考えるほど、自分の行為の愚かしさに死にたくなる。
何の確認もしないまま一人で突っ走り、泉さんのお宅を破壊。困惑する来栖を拉致して、事情を理解していない新くんに告白を強要し……まったくもって私は、一体何がやりたかったのか。
糞虫は私だ。
超絶怒涛の糞だ。
もう二人に迷惑はかけられない。
金輪際、関わらないようにしよう。
きっと新くんも、こんなバカ親父とは二度と話したくないと思っているはず。
「……今日はこのあたりで。もし頼りたいことがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「あっ! ちょっと待ってください!」
立ち上がりかけた、その時。
新くんは足元に置いていた紙袋を取り出し、その中から野球のグローブとボールを取り出した。
「来栖から聞きました。俺とキャッチボールがしたいとか何とか」
「……あ、あぁ」
「うちの父さん、運動はからっきしで……だから、俺も総一郎さんとやりたくて!」
「……っ」
「怪我が治ったら誘ってください! 俺、いつでも時間空けますから!」
紙袋を渡されて、私は会計を済ませ店を出た。
家路につく新くん。
彼の背中が見えなくなったところで、私は頭を抱える。膨大な感動が押し寄せ、身体が小刻みに震える。
「わぁっ……あっ……!」
義理の息子ぉ……!!!!
最高かよぉ……!!!!
◆
この一週間、色々なことがあった。
後日改めて宵奈ちゃんを紹介したり、早速宵奈ちゃんが来栖に懐いたり。うちの両親に交際を始めたことを報告したり、来栖のお母さんに会いに行ったり。
ただ、一番の出来事といったら、
「おかえり、新。お父様、何か言ってた?」
「ただいま。めちゃくちゃ申し訳なさそうにしてたよ」
帰宅した俺を、来栖が出迎えてくれた。
廊下には引っ越しの段ボールが積み上がり、空き部屋だった一室はすっかり彼女の家具で埋まっている。
――そう。今日から同棲が始まるのだ。
ストーカーの一件で、新居を探しながら泉さんの家で居候していた来栖。
しかし中々いいところが見つからず、つい先日、いっそ二人で住めばと来栖のお母さんに助言され現在に至る。
父さんは新しい母さんの家だし、二人が籍を入れた暁にはこの家は手放す予定だったので、色々とタイミングがよかった。肝心のセキュリティだが、天城家全面協力で近々工事が入るらしく、それなら問題はないだろう。
「帰ってきて早々に悪いんだけど、荷解き手伝ってくれる? 私だけだと終わりそうになくて」
「言われなくてもやるよ。こういうのも付き人の仕事だし」
そう言いつつ、手近な段ボールに手を伸ばした。
手を動かしながら、チラリと来栖を一瞥する。荷解きは大切な業務だが、もう一つ、今日俺には絶対にやらないといけないことがある。
総一郎さんの勘違いで、意図せずしてしまった告白。
もう必要ないかもしれないが、俺は今日、改めて……。
――彼女に、好きだと伝えたい。
◆
新が帰宅する少し前。
「カッター……うーん、どこだろ……」
私は荷解きのため、新の部屋にお邪魔してカッターを探していた。
連絡すれば早いのだが、ちょうど今はお父様とお話し中。会話を中断させて聞くようなことでもない。
「ここかなー?」
机の引き出しを開けた、その瞬間――。
そこに入っていたものに、私の思考はピシッと硬直した。
「……こ、これ……」
コンドームだ。
他の何でもない、まぎれもなくコンドームだ。
しかもこれ……前に新が落としたやつと似てない? 確かこんな感じの色だったよね……?
「ま、まさか……!?」
――新は私のことが好き。
ということはあの日も、実は私の身体を狙っていたんじゃ!?
交際も同棲も始まった今、新を止めるものは何もない。彼はもう、枷の外れた青春の獣。ってことは私、今夜大人になっちゃうって……ことぉ……!?
……はぁ。仕方ないなぁ、新は。
男の子ってば、本当にお猿さんなんだから。
私は全然興味ないけどね? 清楚可憐がウリの来栖ちゃんは、性欲とか微塵もないけどね? むしろ嫌悪感持ってるまであるけどね?
でも、彼氏が求めてくるなら仕方ないよなー。
うんうん。こればっかりはどうしようもないよー。生理現象だもんなー。
やれやれ、まったく。
「…………ふへへっ」
ッシャァオラァ!!
あいつが帰るまでにシャワー浴びとくぜぇ!!
――――――――――――――――――
第一章はあともうちょい続きますが、ここ三ヶ月ほぼ毎日書いて流石に疲れたので、申し訳ないのですが明日の更新はお休みします。
さて、今回で10万字に到達したので、無事カクヨムコンの選考対象になりました。
去年に続き、今年も受賞したい……!
コミカライズして、ちいかわ化する天城親子とか見たいです……!
「面白い」「続きが気になる」という方は、作者&作品フォロー、☆レビューをお願いします。
それと現在、文章付きのレビューをすると抽選で図書カードが当たるキャンペーン中なので、よろしければぜひ。
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