第22話 対新専用特別クッキー


 私の居候先のぼたん宅。

 彼女には一泊二日の旅行をプレゼントし、一日家を空けてもらった。


 何のためにって?

 それは当然、今日、この家に来る新を迎え撃つためだ。


「うへっ、うへへへっ!! いーひっひっひっ!!」


 ……できた。

 ついにできたぞ……!!


 前回使用したが結局私が全部飲んでしまった媚薬、メチャホレールEX!!

 同じサイトで売っていた男性機能爆上がり間違いなしの精力剤、赤マムシGIGAマックス!!

 これまた同じサイトで購入した興奮絶対不可避の催淫剤、コンヤネカセナーイ!!


 それら全てを掛け合わせて完成した、対新専用特別クッキー!!!!


 今日新は、私に期末試験対策を施すため家に来る。

 そこでおやつとしてこのクッキーを出せば……ぐへへっ、もう正気じゃあいられねぇよなぁ!!


「クッキーよし! メイクよし! 服装よーし! さぁ、どんとこい新ぁ!!」

 

 前回のデート同様、可愛い系のメイク。

 そして、ミニスカートに肩出しニットとあざと可愛い服。

 通常の状態の新なら中々褒めてはくれないが、このクッキーを食べればあら不思議、可愛いとべた褒めして堪らず迫って来るに違いない!


 我ながら、完璧な布陣。

 孔明も失神失禁失踪モノの策士ぶり。

 まったく欠片も穴が無くて、自分の頭脳に惚れ惚れしてしまう。


 今日こそ私の勝ちだなっ!!

 ガッハッハーッ!!


 ――ピンポーン。


 チャイムが鳴り、インターホンを覗くと新がいた。

 手早くロックを解除し、玄関に入ってもらう。


「いらっしゃ――」


 言いかけて、続く言葉を飲み込む。


 ……ん? ちょ、ちょっと待って。

 何か今日の新、やけに輝いてない……?


 白のパンツにデニムジャケットシャツ、白のTシャツ。

 自然な感じにセットされた髪。

 気合いを入れ過ぎていない、しかし的確に大切なポイントを抑えた仕上がり。


 前回はデートだったから、新なりに私を気遣って身綺麗にしてきたのだと思うが、今回はただの勉強の日。彼がオシャレをする理由などどこにもない。


「何だよ、俺の顔見て。米粒でも付いてるか?」

「い、いや……何でもないよ。さあ、入って」


 か、かっちょぇえ……。

 マジでかっちょよ過ぎて、五秒くらい見つめたまま固まっちゃったよ。


 ダメダメ! 今日は新が、私に夢中になる日なんだから!

 あのクッキーを一口かじれば、私を可愛いと褒めちぎってめくるめくR18禁ワールドに早変わり! 楽しみだなぁー!


「く、来栖っ」


 廊下とリビングを隔てる扉のノブに手をかけた時、新から声をかけられた。

 振り返ると、なぜか彼は恥ずかしそうに頬を掻いており、


「あー……えーっと、その……」

「なに? どうしたの?」

「来栖は今日も可愛いなって、そう思って……」

「…………」

「あとその服、よく似合ってる。すごく可愛いよ」


 ふぁっっっっっっっっっっっっっっ!!??




 ◆




 あたし――泉ぼたんは、弱小モデル事務所の社長だ。


 元はもうちょっと立派な会社だったのだが、あたしの親父で先代社長が、天城さんで稼いだ分のお金で商売の幅を広げた結果大爆死。負債だけ残して夜逃げし、なし崩し的に娘のあたしがあとを継ぐことになった。


 あたしの目的は、ただ一つ。

 逃げ腐ったバカ親父よりも会社を大きくし、贅沢の限りを尽くすこと。


 そのためには、天城さんの協力が必須。

 あたしもこの業界には何だかんだ長い方だが、彼女ほどのスター性を持った子は見たことがない。


 見た目の良さは当然のこと、特筆すべきはあのオーラ。

 王子と呼ばれるに相応しい高貴さと、近寄り難くも手を伸ばしたくなるミステリアスさは、後天的に身につけられるものではない。日本を飛び出し、確実に世界でも通用する逸材だ。


 でも……!!

 当の本人に、まったくやる気がない……!!


 元より、折村くん一人を養うために始めた芸能活動。

 仕事でプライベートを犠牲にすることは絶対にしない。


 しかも、実家は超が付く金持ち。

 そのせいで、のし上がってやろう、というこの業界において最も重要な欲求が欠けている。


 だからあたしは、徹底的に天城さんのご機嫌をとってきた。

 一つでも多く仕事をしてもらうために、一つでも大きな案件をこなしてもらうために。


 そのために欠かせないパーツが、折村くんだ。


 天城さんがゾッコンの、高身長で秀才で万能なイケメン青年。

 彼との仲が破局すれば必然的に天城さんは芸能界を引退してしまうし、逆に結ばれれば彼にいい暮らしをさせようとよりいっそう仕事に取り組むかもしれない。


 だから、二人には早くくっついて欲しい。

 くっついて欲しい……のだが。


「俺……来栖の付き人、辞めようかと思って……」


 天城さんからプレゼントされた旅行へ行く前日。

 珍しく折村くんから相談を持ち掛けられ聞きに行くと、彼は開口一番にそう言った。


 ……はい?

 はいぃいいいい~~~~~~~~~!!??


 待って待って待って!!!!

 何だ何だ何が起こった!? どうしてそうなった!?


 折村くんの付き人辞職……それすなわち、二人の絶交!!

 そうなったら、あたしの夢のブルジョアライフはどうなるの!? この会社、どうやって建て直せばいいのよぉおおおお!!


 ……お、落ち着けっ。

 落ち着くのよ、泉ぼたん! バカ親父が失踪した時だって、すぐに立ち直ったじゃない!


 冷静にならないと正常な判断ができない。

 ここは深呼吸して、冷静な話し合いをしないと……!!


「な、ななっ、何で? 天城さんと何かあった……?」

「いや……そういうのは、特に……」

「お給料に不満とか?」

「特にないです」

「じゃあ、どうして……?」


 その問いかけに、なぜか彼は頬を赤らめて。

 言いにくそうに後頭部を掻き、視線を泳がせる。


「俺……来栖のこと、好きだったみたいで……」

「…………えっ?」


 あたしの幸せへのヴィクトリーロード、もしかして完成しちゃった?


「そう自覚してから、妙に来栖から目が離せなくて。よくないことも想像しちゃって……でも、そういうのってあいつ、嫌がるじゃないですか?」

「あぁー……」


 状況は理解した。


 好きなひとをつい目で追ってしまうのも、そのひとで妄想してしまうのも、いたって普通のこと。

 だからこそ、これまで天城さんは一方的な好意を募らせたひとたちから多大な被害を受けてきた。それを間近で見て、自らの手で対処してきた折村くんだからこそ、自分がそういう目で彼女を見てしまうことが許せないのだろう。


 やっべぇー……。

 この男、誠実さのパラーメーターどうなってんだよ。


 ここまで来ると、一周回って短所だぞ。


「……親友としての付き合いは続けつつ、学校外で会う時間くらいは減らした方がいいかなって。でも安心してください、仕事は辞めないように言うので……!」


 ……いや、意味ないって。

 仮にそれで辞めなかったとしても、モチベーションはだだ下がり。生み出す利益より、抱えるコストの方が高くなってしまう。


 くっそぉ~~!! 言いてぇ~~!!

 その女、お前にゾッコンだぞって言いてえよぉ~~~~!!


 でも、我慢だ。

 この状況でそんなことを言っても折村くんは信じないだろうし、万が一天城さんにバレたら怒るかもしれない。あたしがリスクを冒すわけにはいかない。


「折村くんは、それでいいの? それって天城さんは絶対にへこむし、折村くんのこと嫌いになるかもよ?」

「……っ! き、嫌われたくは、ないです……」

「だったら、その好きって気持ち、忘れちゃえばいいじゃん。そしたら話は丸く収まるよ」

「…………」


 たっぷり悩んで、それは無理だと彼は首を横に振った。


 あ、あっぶねぇ……!

 あんまり黙ってるから、「その手がありましたか!」とか言われるのかと思った。この男なら言いかねないからな……。


「誰かを好きになるのは、全然悪いことじゃないの。まして二人の仲だったら、そういう感情が芽生えたって仕方ないと思うし。天城さんに危害を加えてきたひとたちとは、まったく事情が違うんだよ」

「そう……ですかね……?」

「まずは、天城さんに好かれる努力をすべきじゃないかな。何もせずに諦めるとか、折村くんらしくないよ」

「例えば、どんなことを……?」

「そうだなぁ。うーんっと……可愛いって褒めるとか! 嘘でもいいから、とりあえず沢山――」

「あいつにそんな嘘はつきたくありません」


 あたしの声をピシャリと叩き落として、もごもごと口ごもる。


「つきたくないですけど……何か最近、あいつがやたら可愛く見えちゃって。思ってることを言って喜ぶなら、ちゃんと伝えます」


 カーッ!!

 青春してんなぁオイ!!


「あとは無難に、オシャレするとかかな? それと――」


 と、あれこれと当たり障りのないアドバイスをしていく。

 今更何をしたところで天城さんの好感度は揺るぎないため、ここは恋愛初心者を拗らせてわけのわからないことをしないよう指導しないと。


 まかり間違って、とか思っちゃったら大変だしね!!


 まっ、折村くんはそんなこと、絶対にしないと思うけど。

 あとは天城さんが素直に受け入れて、それでおしまいかな。


 はーっ、よかったよかったー!

 これであたしの将来は安泰だなっ!



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