第32話 裸の付き合い
「あ、あのー……」
「何だ?」
「いや、その……」
毎月の報告会が終了し、無事お土産も渡せた。
あとは帰宅するだけ――と思っていたのだが、なぜか総一郎さんに呼び止められ。
一体何がどういうわけか、俺はサウナに連れて来られた。
「サウナは嫌いかな?」
「嫌いとか、そういうことは……ただ、どうして俺、誘われたのかなと……」
「……新くんとは今一度、しっかりと話しておくべきだと思って」
ムンムンとした熱気が立ち込めるサウナ。
隣に座る強面のムキムキオジさんが、ジロリと俺を睨みつけた。
……え? 俺、もしかして怒られるの?
まさか、このまま殺されたりしないよな? メチャクチャ怖いんだけど……。
「単刀直入に聞くが……」
「は、はいっ」
「新君は……来栖のことを、どう思っている?」
目が怖い。
チビりそうなくらい怖い。
……もしかして、あれか?
俺の来栖への好意がバレてて、これ以上近づくなっていう意味か?
そうだよなぁー……。
総一郎さんからしたら、俺とか邪魔者以外の何者でもないしなぁ……。
今でも思い出す、小学生のあの日のことを。
来栖に誘われ天城家の世話になっていた俺を、総一郎さんは家へ帰そうとした。結果、来栖と総一郎さんは大喧嘩。来栖が芸能界入りを決めた時も喧嘩になり、中学進学の時も喧嘩になり……その中心人物は、いつだって俺。総一郎さん目線、俺を良く思う理由がない。
「た、大切な親友だと……思っています。あと、心の底から尊敬しています。あんなに誰かの心を惹き付けられるひとを、俺は他に知らないので」
好きです、とは言わない。
それを口にすればきっと総一郎さんは激怒し、結果、また来栖と喧嘩になってしまう。
来栖への想いを諦めるつもりはないが、それはさて置き二人の仲にこれ以上の亀裂が入ることは避けたい。
「……大切な親友、か」
「は、はい……!」
「では、質問を変えよう」
俺から視線を外し、ジッと前を見据えた。
ちょうど向かいに座っていた見知らぬオジさんは、「ひっ」と声を漏らしてサウナを出て行く。……俺も一緒に連れて行ってくれ、オジさん。
「来栖を異性として……どう思う?」
「……い、異性として、ですか?」
「ああ。親友でも付き人でもなく、あの子を一人の女性として、きみはどう思うのかな」
……何でこう、絶妙な質問をしてくるんだ。
やっぱり俺の好意、バレてるのか? どうなんだ?
こうなったら正直に話すか。娘さんのことが好きですって、正直に……。
いやいや、それはまずいだろ。
来栖に告白して撃沈するのはいいけど、総一郎さんに話して間接的に撃沈するのは流石に嫌だ。ワガママかもしれないが、せめてこの身体で当たって砕けたい。
「とても魅力的だと思います。俺みたいなのが近くにいていいのかなって、いつも感じています」
機嫌を損ねないよう、当たり障りのないところを並べておいた。
俺の浅知恵が通じたのかどうかはわからないが、総一郎さんは前を向いたまま小さく頷く。
……マジで怖い。
俺、大丈夫だよな? 変なこと言ってないよな?
◆
これまで新くんに対して色々と思うところはあったが、やっぱり彼とは仲良くなりたい。
ということで、サウナに来た。
いきなり背中の流しっこは難しいが、こうして裸の付き合いをすれば縮まる距離もあるだろう。
そして私たち共通の話題といったら、来栖を差し置いて他にない。
これを機に実際はどうなのか聞き出そうとしたが、
「とても魅力的だと思います。俺みたいなのが近くにいていいのかなって、いつも感じています」
……満点の回答だ。
非の打ち所がない、完璧な受け答えだ。
でも、違う……!!
私が聞きたいのは、もっとこう、青い情熱が見え隠れしているやつだ!!
そりゃまあ、父親である私を前に色々言うのは難しいと思うけど、熱みたいなのを出せよ!! まさかお前、ガチのマジで来栖に何の興味もないのか!?
「踏み込んだことを聞くようだが……」
まさか、と私の脳裏をある疑念がよぎった。
「新くんは、その……女の子を見て可愛いなとか、そういう風に思うことはあるのかな?」
性的趣向はひとそれぞれ。
もしかしたら彼は、そもそも女性に興味がないのかもしれない。
だとしたら、もうそれは仕方がない。
もしそうだとしたら、来栖に惹かれないことにも説明がつく。
「可愛い……ですか? そりゃあ、思うことありますよ。普通に」
「そ、そうか」
よかった……!!
来栖!! 新くん、お前のことちゃんと可愛いって思ってるぞ!!
「妹の宵奈ちゃんが、すごく可愛いんですよね」
………………ん?
◆
「新くんは、その……女の子を見て可愛いなとか、そういう風に思うことはあるのかな?」
おそらくこの質問の意図は、“テメェうちの娘に下心持ってんじゃねえだろうな?”だろう。
来栖は可愛い。
本当に可愛い。
世界一可愛い。
――……が、ここでそれを言うのは悪手。
総一郎さんの機嫌を逆撫でしても、俺や来栖には一文の得もない。
「可愛い……ですか? そりゃあ、思うことありますよ。普通に」
「そ、そうか」
「妹の宵奈ちゃんが、すごく可愛いんですよね」
何とかってアイドルが可愛いとか、何とかって女優が素敵とか、下手な嘘をついてボロが出ては大変なので、俺は本当のことを言った。
来栖とはまったく別ベクトルだが、宵奈ちゃんはとても可愛い。
まだ正式に家族になっていないのに、もう俺のことをお兄ちゃんと呼び慕ってくれる宵奈ちゃん。
クレヨンで一生懸命俺の似顔絵を描いてくれたり、おやつをお裾分けしてくれたり、外で手を繋いで歩きたがったり、メチャクチャ可愛いんだよなぁ。
「宵奈ちゃん? 妹とは……?」
「実は、うちの父が再婚することになりまして。相手方の連れ子が宵奈ちゃんです」
「……その子が、そんなに可愛いのか?」
「はい。初めて会った時は、あまりにも可愛くて天使かなって思いました」
「て、天使……っ」
「俺のこともカッコいいって褒めてくれて……お世辞だとは思いますが、嬉しかったですね。付き合ってと告白された時は驚きましたが」
「…………」
ギロリと俺を睨む、総一郎さんの双眸。
え? 俺、何かまずいこと言った……?
「し、しかし、いくら義理でも妹と付き合うのはまずいだろう?」
「そりゃあ、まあ。でも、今にも泣かれそうだったんで、お互いに大人になったら考えようって返しておきました」
「…………」
「今度、娘さんにも紹介しようと思ってまして。宵奈ちゃんと仲良くしてくれたら嬉しいです」
まずいことは何一つ言っていないはずなのに……。
心なしか、総一郎さんの目が血走っていた。
◆
新くんが、異性に対して可愛いと言った。
うちの娘を差し置いて、だ。
そしてその宵奈ちゃんとかいう義理の妹は、話を聞く限りどう考えても彼の恋人の座を狙っている。新くんほど魅力的な男ならば、モテて当然の話。何ら不思議なことはない。
しかも新くん自身満更でもないようで……まさか二人は、既に愛し合っているのか?
もしそうだとしたら、来栖に気がないのは当たり前。
宵奈ちゃんのことが好きなのだから、来栖を好きになるわけがない。
「今度、娘さんにも紹介しようと思ってまして。宵奈ちゃんと仲良くしてくれたら嬉しいですね」
……まずい。
まずいまずいまずい!!
絶対にまずいぞ、これは!!
ぽっと出の女に奪われたとなれば、きっと来栖は立ち直れない。
十年に渡る片想いの結末がそれでは、おそらくあの子は壊れる。
仲良くしてくれなんて紹介されたら、最悪、自殺なんてことも……!!
う、うわぁああああああああああああああああ!!??
そんなのダメだ!! 絶対にダメだ!!
「そ、総一郎さん!? どこへ――」
新くんの声を背に、私は勢いよくサウナを飛び出した。
……何とかしなければ。
父親として、何があっても娘を守らなければ……!!
――――――――――――――――――
蛙の子は蛙ってやつです。
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