23 能力の拡張性

「……さて」


 俺が十分回復するまでの時間がとられ、無事に退院してから、俺たちは公園東口駅近くにある裏鬼門会のアジトに集った。裏鬼門会のことや、そこにアジトがあること、内装まで覚えているというのに、ヤシロのことだけきれいさっぱり忘れてしまったというのが、つくづく不思議だ。人間の記憶にはまだまだ解明されていないことも多いのかもしれない。ちなみに、『流体力学の権威』がどんな能力かは、アジトまでいとも簡単に吹き飛ばされることですぐに理解できた。


「急に『神の残滓ニーチェ』が牙を剥いてきたから、あの時は説明できなかったけど。あの能力は唯一、能力をマッピングして管理する『星空』というシステムそのものを乗っ取って、自我を与え、怪物として操作できる能力なんだよ」

「『星空』って、莱が作ったものなんだろ。その操作ができることに特化した能力なんて、存在していいのか」

「確かに、『星空』を能力の台帳として活用し始めたのは私だけど、作った人はまた別だよ。誰かは分からないけど……その人が、おそらく『神の残滓』も作り上げた。能力を『星空』ごと奪われてしまった時、緊急で奪い返すための策として、ね」

「そうなのか……?」

「私は『星空』そのものは武器じゃない、武器にしちゃいけないと思ってる。あくまで、能力を管理するための舞台とするべき。そう考えたのは、能力の『拡張性』あってのことなの」


 拡張性と聞いて、ピンときた。三笠の能力だ。手をかざして物を引き寄せる能しかないと、自他ともに認めていたのが、結果として『神の残滓』という能力を吸い取り無害化した。あの時は大畠さんが元から死んでいたから、物理的に倒しても結果に変わりはなかったが、もしもこれからも能力だけを吸い取って回収できるのならば、もう人を死なせずに済む。


「能力の拡張性は、その人が『できる』と思った瞬間から発現する。空想でできればいいってものでもなくて、具体的な実現手段を思考回路として結びつけられることが大事。つまり、具体的にどのようなステップを踏んで実現可能か細かに考えつけるなら、世界を丸ごと滅ぼすことだってできてしまう」

「ずいぶん不安定なのね。要はその人の感性に委ねられる、ってことじゃない」

「そう。でもそういう不確定要素に身を任せることで、技術が発展してきたっていう側面もあるからね。私の『電位解析ポテンショメータ』の拡張性も、まさに技術発展そのもの。不可能を可能にする可能性が、まだまだ無限に広がっている」


 つまり三笠もあの怪物と戦う中で、莱の助言を受けて自身の能力が「能力を吸い取ることもできる」と気づいた。そして、そうするための具体的な方法を脳内に思い浮かべられた。裏を返せば、そこまで考えを巡らせるだけの冷静さが、あの時の三笠にはあったことになる。凄まじい胆力だ。警察官だから、と考えていいのだろうか。


「とにかく、人を死なせることなく能力を回収できるようになった。あの時の感覚を三笠さんはまだつかみきれてないかもしれないけど、きっと練習すればすぐに慣れるよ」

「……他人の能力を吸い取る練習なんて、そうそうするものではないと思うけれど」

「それはもちろん。有事の際しか使わないし、使うべきではないからね。能力を使って暴走でもしない限り、生きた人間から能力を奪うのは、尊厳を奪うのに等しい」


 莱が星空を見上げた。ぽっかりと空洞になっていた西の空は、他の方角と同じく星が散りばめられて輝いていた。


「大畠さんは元から亡くなっていたからどうしようもなかったけど、それでも『神の残滓』を回収できたのは大きい。基本的に所持者が死ぬと失われるのが能力だけど、『神の残滓』は例外的に、所持者が死人になっても発動し続ける。数多の能力そのものである星空を取り込むからなのか、それとも単に能力が持っているエネルギーが莫大なのか、あるいは能力自体に自律的に動くシステムみたいなものが埋め込まれているのか。真相は分からないけど、これが心から信頼できる人以外の手に渡っているのはよくない」

「でも、『星空』に合わせて『神の残滓』っていう能力が作られたってことは、大畠さんにその能力を埋め込んだ人間がいる、ってことだよな」

「うん。そしてそれは、あの場所になぜ大畠さんがいたかにもつながってくる」


 大畠さんは裏鬼門会の人間ではない。つまり単独であの地下空間に立ち入ることはできない。誰かと一緒に入ったのか、連行されたのか。鳩宮さんのいた地点よりもさらに地下深く、光がまともに届かない場所で一人亡くなっていた状況を見る限り、無理やり連れてこられた可能性の方が高いと思ってしまうのは、俺だけだろうか。


「確認だけど、自警団の人たちはあそこには入れないんだよな?」

「入れないよ。裏鬼門会から離反した時点で、アクセス権は剥奪したから」

「なら、大畠さんはどうやって」

「もう一人いるでしょ、アクセス権がないはずなのに、あの場にいた人が」

「……鳩宮のこと、言ってるわけ?」


 確かに考え直してみれば、鳩宮さんは裏鬼門会の関係者以外で、あの地下にいた証拠の残っている人物の一人だ。莱はその話しぶりからして、鳩宮さんがアクセス制限を強行突破してあの場にいた、と考えているようだった。


「そう。前々から、鳩宮さんの周辺はしっかり洗わないと、とは思ってたんだけどね」

「鳩宮は確かに、何考えてるか分からないところはあるけど。警察官の地位を悪用する女じゃないわよ」

「ところが、そうとも言い切れない証拠があるんだよ」


 莱がスカートのポケットをまさぐり、ネックレスを取り出してみせた。十字と「卍」の中間に見えるシンボルが輝く、真鍮製のものだった。


「それは……」

「実は私があの工場で拘束される前、ヤシロと二人で万博記念公園駅の地下に行っててね。……というか、地下に行った後、『彼ら』に目をつけられた結果、私も工場の電源として利用するために拘束されたんだと思うけど。そこで拾ったものなの」

「……それを地下のどこで拾ったかによって、話が大きく変わってくると思うのだけれど」

「もちろん、鳩宮さんが収容された『棺』のすぐそばだよ。鳩宮さん自身が誰かに気づいてもらうために、収容される直前に自分の首から引きちぎったんだろうけど、あのあたりは真っ暗だからね。きっと私以外の誰にも見つけてもらえなかった」

「……だとすると、複雑な話になってくるわね」

「アタシたち、鳩宮のほんの一部しか知らなかったってワケ……?」


 そのネックレスのシンボルは、吹田市の南東、阪急正雀駅近くに本部を置く宗教団体「聖域せいいきなき浄界じょうかい」のもの。吹田市周辺、どれだけ広く見積もっても大阪府内でしか信仰されていないごくごく小さな宗教だが、たびたび過激な事件を起こす厄介な新興宗教団体として、知られているところだった。

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