8 異能製造工場

 特殊技術研究都市。


 俺の知らないうちに、吹田市は「特研都市」と名づけられ、日本政府に隠れて超能力の研究を進めていたらしい。いったん落ち着き、経緯を話し始めた鳩宮さんが最初に語ったのはそんな話だった。


「超能力の研究……って、いったい何のために」

『人類の科学力の限界を打ち破るため……フラスコを振ったり、もくもくと煙を出すプラントを動かしたりの繰り返しでは、いずれ科学の発展はなくなってしまう。だから、今から種をまいて将来花咲かせるために、使える場所をここに限定して超能力を研究し始めた』

「それが予定よりも早く花咲いた、ってアンタは言いたいわけ?」

『今この状態が花咲いていると呼べるのかは分からない……地上では超能力をめぐって、まるで中世のような野蛮な戦いが日常になっている。そうでしょう?』

「その通りよ。閑静なベッドタウンだったはずのこの街で、まさかこれほど治安を心配しなきゃいけないなんて、外の人間が知ったらびっくりでしょうね」


 本当に治安を悪化させているのは、自警団なのかはたまた別の存在なのか。自警団に家を木っ端みじんにされ殺されかけた俺としては、本当に自「警」団と名乗らせていいものかと思っているのだが。


『その人その人に合った、言うなれば身の丈に合った能力が付与されていたらよかった……けれど、現実はそうならなかったの』

「能力の付与って……鳩宮さん、あなたはどこまで知っているの」

『能力が与えられるシステムまでは、調べがついていない……神様のような、何らかのシステムが存在するところまでは突き止められたけれど、そこから先は』


 ざざっ、とテレビの砂嵐に似た音がした。鳩宮さんの足が消えかかっていた。足そのものが消えようとしているのではなく、やはり視界が歪み、存在そのものが最初からなかったかのように見せられている、と言うべきだったが。


『ダメか……おそらく、言ってはいけないことを言うと、私の消滅が早まってしまう』

「言ってはいけないこと? アンタ、何を隠してるわけ」

『私が隠してるんじゃない……この街の異能力まわりには、私が知ってはならないことがたくさんあった……それを墓場まで持って行けと、言われてるのかも』


 ガラスの向こうから、鳩宮さんが手を伸ばしてきた。首から下は死んでいるはずなのに、いったい何がそこを動かしているのか?鳩宮さん以外の何かだとしたら、という可能性が、頭に浮かぶ。今いるこの場所が、誰かに監視されているとしたら。


『私からのお願いは、ひとつ……今も新しく能力者を作り続ける“工場”を、止めてほしい……』

「そんなもの、どこにあるというの」

『地下にあることまでは、突き止めた……あとは、頼みました。そこに、私と同じように、工場の電源にされている人がいるはず……』


 情報が頭の中に流れ込んでくる。鳩宮さんが何者かに捕まった時、能力を上書きされ、「異能製造工場」の電源にされてしまった。『新能力電池プロキオン・バッテリー』――それが、鳩宮さんの力。こぐま座の一等星の名を冠したことに意味があるのか、それすら分からなくさせるあたりが冒涜的だ。鳩宮さんという人間が、電池として使えるかどうかしか見られていないかのような。


 そうやって言葉にせず情報を伝えた代償か、鳩宮さんの体がさらに消えかかる。ケージの中に満たされた液体に、体が溶けてゆくように見えた。


「工場の、電源に……」

『助けてあげなければ、私のように消耗させられて、命が削られる……それはもう、私だけでいいから』


 崩壊が顔の方まで迫った状態でなお、鳩宮さんは何かを伝えようとする。液体で満たされているのに、その目が涙で腫れているように見えた。この街で生きることそのものの危険さを訴えかけるかのように。


『……主電源の私が消えたその瞬間から、工場は“予備電源”に切り替わる……タイムリミットは、少ないかも、しれない』

「鳩宮さん、工場の場所は本当に分からないの」

『この街に地下空間は少ない……片っ端から、当たってもそう時間は』


 鳩宮さんの体が、完全に消えた。それが最期の言葉になった。あまりにも唐突で、一瞬目の前で何が起こったのかが理解できなかった。人が一人目の前で亡くなったという事実が、ありのまま受け入れられていなかった。


「鳩宮……」

「……行きましょう」

「どこに」

「鳩宮さんは片っ端から地下を当たれば、いずれ『異能製造工場』とやらにたどり着くと言っていた……早く行かないと、今電源にされ始めてしまった人も、失うことになる」

「……なんでそんなに、あっさりしてるんだよ」

「……?」

「同僚だったんだろ? いくらケージの中に入れられてて助けられなかったとしても、……薄情すぎるんじゃないのか」

「だったら、悲しめばよかったの? 涙を流せば? それとも、悼む方法が他に?」


 問い詰めるような口ぶりで突っかかってくるとは思わなかった。俺はぎょっとして、一歩引いてしまった。それは鳩宮さんだからどうこうと言うより、そもそも人が亡くなった時の悼み方を知らないかのような態度だった。


「……警察官って、みんなそんななのか」

「人の死に触れすぎているのよ。アタシも事件や事故に関わり始めて、最初は胸が詰まる思いばかりだったわ……でも、そのうち気にならなくなった。それは薄情になったんじゃなくて、気にしていたら身がもたないと本能で判断したから。鳩宮だって、失踪してから丸一年……まさかここで生きている、いや生かされているとは、思ってなかった」

「……それでも、もっと思うところがあるんじゃないのか。死んでると思ってたのと、実際に……あんな死に方するのを、目の前で見せられるのとじゃ」

「厳しいことを言うようだけど。それじゃきっと、仁方クンは心を病むわよ」

「……っ!」

「この街で当たり前になってる異能力が、どんな闇を抱えているのかは分からない。けど、一般人が知ってはならない領域に踏み込んで、それでこんな目に遭わされるなんて、どう考えたって異常。アタシたちの知らないところで、もっと凄惨な人死にが出ていても不思議じゃない。それを目撃するたびに深い悲しみに暮れていたら、アタシたちの方が身がもたなくなる。そうじゃない?」

「……そう、ですけど」


 浩次さんの言うことは正しい。正しいと分かるのだが、それで納得してはいけないような気がする。俺がこの中で一人だけ、この街に住み始めて間もないからだろうか。異能力が当たり前だと身にしみて分かった時、これも腑に落ちるのだろうか。

 浩次さんの背後で、相変わらず無表情で空になったケージの方を見つめる三笠のことが、俺はずっと気になっていた。

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