7 地中の星空の下に
リフトの速度はゆっくりだったが、地下5階よりはるかに下に向かっていることが分かった。そしてリフトを取り囲む景色も途中で変わり、プラネタリウムの様相を呈してきた。
「キレイね……こんなところがあっただなんて」
「感心するところじゃないでしょう……これじゃ、この先にいかにも怪しいものがありますって言っているようなもの。鳩宮さんはいったい、こんなところで何をやっているのやら……」
すでに位置情報は頼りにならなくなったが、リフトが降り始めた直後の俺たちの位置は鳩宮さんのそれとほぼ同じ地点を指し示していた。確かにこんな場所が地下にあるとなると、何か怪しい施設がこの先にあってもおかしくない。
「もしかして、実験をやってるとか?」
「実験って、何の」
「そりゃ、地下じゃないとバレて大変なことになるやつとか」
「そんなこと、あの子がやるとは思えないのだけれど……」
「分からないわよ? 『例の件』も、鳩宮が失踪してすぐに起こった。当時はそれほど話題に上がらなかったけど、鳩宮の関与を疑うのは自然でしょ」
「そうは言っても……」
「あの。『例の件』っていうのは、いったい」
俺が口を挟むと、浩次さんが軽くうなってから説明してくれた。
「一度、能力者が引き起こしたトラブルが多発した時期があってね。それまでもちらほらと、自分の能力を持て余して爆発やら何やらは起きてたんだけど。それがお上に隠れて能力について調べていた鳩宮の失踪直後に起こったってだけ」
「だけ、なんですかそれは?」
「今アタシはあたかも、鳩宮と『例の件』が関係あるかのように話したのよ。あえてね」
「……」
「本当はただの偶然かもしれない。けれど、黒幕として全ての謎を握っている可能性もある。どちらの可能性も否定できないくらい、鳩宮は何考えてるか分からない子だったのよ」
不意にリフトが衝撃とともに止まる。ずいぶん長い間星空のような空間を降りて、着いたのは不気味な機械室だった。何かしらの装置が稼働しているということは分かるが、それ以上は何も分からない。進むべきはこっちだと教えるように一本道が続いていたので、俺たちはなるべく三人で固まることを意識しながら進んだ。それほど歩かないうちに突き当たりが見え、そこには透明な液体で満たされ、青いライトで照らされたケージがはめ込まれていた。
「……鳩宮さん!」
「鳩宮! こんなところに……」
まるで出来すぎている登場の仕方。ケージの中で浮いている人間がもしかして鳩宮さんなのかと思ってはいたが、本当にそうだとは。
『こんにちは。皆さんお揃いで』
「あなた……どうやってしゃべっているの」
『私を包むこの液体は、人間の意思を仲介できる。脳だけが生きている状態の私は、あなたたちに思い浮かべたことを伝えられる』
「脳だけが……?」
『首から下が元気でも、脳細胞が死んでいればそれは脳死、人の生命は尽きたとみなされる。私の場合は逆……あなたたちにも見えているはずのこの身体は、もはや何の役割をも果たしていない。ただ、ここにあるだけ』
三笠や浩次さんのように、再会に驚く気持ちは俺になかった。だがなぜか、懐かしい気分が俺を襲う。こんな場所に来た覚えはない。リフトに乗っている時に見た星空も、プラネタリウムや水族館に似てはいたが、どちらも小学生の頃に行ったのが最後だ。むしろ暗くて閉塞感のあるこの場所が、初めてながら俺は嫌いだった。
「アンタに聞きたいことが山ほどあるの。なぜ失踪したのか、今までいったい何をやってたのか、能力について何か分かったことはあるのか。アンタもこんな離れた地下から地上まで、アタシたちに接触してきたってことは、アンタがいなくなってからの外の事情だって分かってるんでしょ」
『
「勝手に満足しないで」
強く言ったのは三笠の方だった。白いワンピースのような服を一枚まとい、ケージの中で浮いている鳩宮さんは表情一つ変えず、問答を続ける。
「あなたに話を聞かなければ、あなたの疑いは晴れない。この街で急速に増えている能力者たち、その裏で糸を引いているのはあなたなの? あなたが何も話さなければ、それが事実として広まってしまう」
『それが事実であろうと嘘であろうと、噂話を事実として広めるのはいつも生きた人間……郡家さんは本当に、全てが私の仕業だと広める気がある?』
「……っ」
『郡家さんはいくらかは私が関与しているにしても、全てではないと思っている。だからできれば私の味方をしたい。そうではない?』
「そこまで分かっているなら、どうして……ッ」
『私をここから出すことは簡単。脳味噌だけ取り出すなり何なりして、私をこの鳥かごから解放することはいつでもできる。けれど、それはこの街の崩壊をスタートさせることにもなる』
話が比喩的というわけでもないのに、鳩宮さんの話はその全てが突飛で、頭の中でうまく情報どうしがつながらなかった。一から十まで聞いても、それらが論理的につながった情報でなければ意味がないのだ。
「……どういうこと」
『私はもはや、この街……街という皮をかぶったシステムの一部になってしまっているから。治安維持のためにこの街を犠牲にしてもいい覚悟ができているなら、問題はない』
「この街のシステム……つまり、能力について私たちの知らない何かを知っていると捉えてもいいの?」
『そう。それを話す、時間が許す限り……』
鳩宮さんがそう言った途端、彼女の存在が歪みだした。歪んでいるのは彼女自身ではなく、俺たちの視界の方だった。鳩宮さんが箱に入って目の前にいるという認知そのものに干渉して、事実ごと消し去ろうとしている。
『この世界に、この街に、能力の類は存在してはならない……特に、後天的に作られた人造能力であれば、なおさら』
「……誰かの手によって、能力を持った人間が作られているというの?」
『誰がやっているのかは分からない……能力が次々と生まれることで、この世界が便利になること以外に、誰がどんな得をするのかも……ただ、人間の身の丈に合わない能力を強制的に植えつける、異能製造工場があることは確か』
それは俺が想像していたよりずっと、規模の大きな話だった。
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