6 怪人二十面相
翌日。
「浩次さん……なんか、様になってますね」
「なに、昨日のアタシがダサかったってわけ?」
「まあ、ありきたりに言えば」
「ならもっとオブラートに包みなさいよ。アンタ、社会人なんでしょ?」
いつもと違う場所で寝ると途端に寝つきが悪くなる俺は、眠たい目をこすりながら浩次さんを迎え入れた。浩次さんが昨日のラフな服からは想像もつかないほどバッチリとスーツで決めてきたのを見て、思わず口が開いてしまったのだ。
「この人はスーツがよく似合うのよ……残念なことにね」
「残念なことにって何!? 一言余計じゃあない!?」
「まあまあ……でも、どうしてスーツなんですか」
またいがみ合い始めた三笠と浩次さんの間に入って尋ねると、浩次さんが俺の耳の近くで声のトーンを落として答えを返してきた。
「……現場ではどういう形のご遺体に対面することになるか、分からないからよ。どんな方であれ、弔いのために礼儀を尽くす。それがアタシの警察官としてのポリシーなの」
「やっぱり……死んでると思ってるんですか」
「当たり前じゃない……三笠はああ言ってるけど、一年も同じ場所でGPSが動いてなけりゃ、普通は別の人間にスマホや何やらが渡ってるのよ。それで誰かになりすましてるってわけ。あの駅に人が住めるようなスペースはないんだし」
「そもそも人が住むスペースは駅にはないのでは? というか……」
昨日から頭の中にあった疑問が、ようやく言葉になって出てくる。それは後輩に対してあまりにあっさりしているということ。単に会社を辞めて別のところで活躍し始めた人ですら、一年くらいは思い出すものではないか。死んだとなれば、衝撃はより深いものになるはずなのに。
「やっぱり、警察官は人の死に慣れてるから、ってことですか」
「考えたこともなかったわね……ただ、三笠が近くにいたせいなのかも」
「……私のせいなの?」
「人の死にさして驚かない人が近くにいれば、それに慣れてしまうものよ」
三笠と浩次さんの後輩だという鳩宮さんは、どんな人なのだろう。二人のことすらまだほとんど分かっていないというのに、俺はそんなことを考える。
「鳩宮は変わった子でね。血が怖くて医者になれず、法律にいちいち疑問を覚えてしまうせいで法曹の道にも進めず。剣道柔道もまともにできないのに、どういうわけか警察官になれてしまったお嬢様なのよ」
「そんな警察官いるんですか?」
「いるんですかってアタシたちに聞かれても、いるんだから仕方ないのよね。普通は警察学校を卒業する前にどこかで弾かれてるはずの人間なんだけど」
「コネ……」
「確かにあの子の父親は、兵庫県知事なのよ……教育にうんと金をかけられて、なるべくしてなった秀才ってやつ。あの子はどこをどう切り取っても、お嬢様のそれだわ」
頭の中では勝手に清純派女優のイメージをぼんやりと作り上げていたが、それがあっさりと崩壊してしまう。アニメやマンガによくいる金髪縦ロールの高飛車お嬢様に占拠されてしまった。考えてみれば、「鳩宮」なんてそんじょそこらではそうそうお見かけしない苗字だ。
「そういえば、俺はどうやって外に出るんですか」
「心配しないで、そのためのアタシよ」
浩次さんが自信ありげにそう言って、俺の顔の前にそっと手をかざした。そのまますうっと上から下に動かし、グーパーを二度繰り返した。
「あの?」
「今ので『施術』は終わりよ。せっかくだし、三笠もやっておきましょうか」
「結構。私の顔がバレたところで……」
「いいから」
三笠にも同じことをする。浩次さんはこの話し方だが外見はめちゃくちゃイケオジなので、何となく影のある三笠相手に同じことをするだけで急にいかがわしくなる。特撮の敵幹部の絡み合いのようだった。
「アタシの能力は『
浩次さんに鏡を見るように促され、自分と向き合ってみる。映ったのは俺ではない誰かだった。めちゃくちゃ濃ゆい、いわゆる醤油顔になっていた。適度に日焼けサロンに通ってますと言って通りそうだ。
「あの……全然違うじゃないですか」
「あまり好きじゃない? でも全然違う方が、変装としては成功なのよ」
「そりゃ、そうですけど」
「ちなみに好みも大いに入ってるわよ。ほら、阿部寛とか沢村一樹とか。アタシああいう顔の俳優が好みなのよねえ」
「やっぱり」
やけにその手の俳優に顔が寄っていると直感したのは、間違いではなかったらしい。人の顔で遊ぶのはやめてほしい。
「あの……私の顔はどういうコンセプト?」
「仁方クンよりバレちゃいけないのがアンタなの。だから可能な限り、郡家三笠の顔とは真逆にしたわ」
「それは逆にバレそうなものだけれど」
「大丈夫よ。アンタを見て郡家三笠だと看破する人は、まずいないでしょう」
どこで誰に監視されているか分からない。しかしそれを意識し出すと、せっかく顔を変えてもらったのに挙動不審でバレてしまいそうだったので、なるべく堂々とすることを意識した。
万博記念公園駅まではそれほど遠くない。モノレール駅にしてはずいぶん大きいそこに降り立って、改札を抜ける。吹田市という領域に入るために荷物を持って待つ行列が見えた。
「説明したかもしれないけれど。これはセキュリティチェックであると同時に、能力を持ちうる人間かどうか、持てるならどんな能力かもチェックする場所なの」
「なんで万博記念公園に? というか、吹田に?」
「それが分からないのよ。アタシたち下っ端の警察官には何も知らされてないの」
「浩次さんたちって警部とか警視、ですよね? 結構上の階級なんじゃ」
「もっと、上よ。あるいは警察だけではなくて、何か国家的なプロジェクトが動いてるのかもしれない。そもそもこんなに大々的に能力開発をやりますだなんて、怪しい話でしかないのよね」
「それは確かに」
今吹田市内にいる人間は等しく、何らかの能力を持っている。それを生活に使っている人もいる。それは分かるが、そもそも「何のために」能力を持たされているのかは一切分からない。そして霊感センサーがどうたらということだけで、俺と鳩宮さんが出会えば何かしら起こると考えられるその思考回路もよく分からない。鳩宮さんについて今分かるのは、何か起こってはいけないことが起こりそうな予感がする、ということだけ。
「見当たらない……わね」
『一階見てるけど、鳩宮らしい人はいないわよー』
二手に分かれて探すが、こちらのことを待っていそうな人の姿はなかった。位置情報ではほぼ完全に重なっているというのに。その時、俺が一緒に行動していた三笠に電話がかかってきた。
「鳩宮さん……!」
緊張感が走る。何も知らせていないのに、こちらが来たのを分かっているかのようなタイミング。
「……もしもし」
『そこに、駅員室の扉がありますね。その隣の扉に近づいてください』
三笠がぐっとスマホを握る力を強めた。予想に反して、純朴で可愛げな声が漏れ聞こえてきた。
『今、開けますから。入ったらまっすぐ進んで、三人乗ったのを確認してからリフトを下ろしてください』
「ちょ、ちょっと鳩宮さ……!」
三笠の声は届かず、静かに鳩宮さんの声が途絶える。連絡があったことを浩次さんにも伝えて、三人で何も書かれていない扉に近づく。
がちゃ
ひとりでに解錠された音がして、浩次さんがドアノブに触ったか触らないかくらいでゆっくりとドアが開いた。入ってはいけないと本能が告げている。だが、俺たちのために用意されたその道に背を向けて帰る力の方が働かなかった。
「リフトを下ろす……地下に、鳩宮さんがいるということ……?」
スマホで中を照らしながら、言われた通りにリフトに乗り込み、下階へ向かうボタンを押す。がたん、と音を立てた後、手すりが施されただけの簡単なリフトはゆっくりと降り始めた。
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