5 霊感センサー
「いらっしゃい、よく来たわね」
「何よその歓迎してなさそうな声色は」
「歓迎してないことは見て分かるでしょう……」
もはや勝手知ったるほどに出入りしているのか、男が上がって荷物を隅の方に置く。霊の件もそうだが、彼も含めて「男」を家に上げるのは慣れているのかもしれない。
「今日は冷しゃぶ? 美味しそうね」
「どうせあなたも食べると思って、用意しているから。大人しく座ってなさい」
「仮にも元同僚に対する言葉遣いじゃないわね、まったく……」
わざとらしく男がため息をついたが、それも慣れているのだろう。彼の興味の対象はすぐに俺の方に移った。
「……本物ね」
「本物ですけど……」
「いい男じゃない。いかにも三笠が匿いそうな塩顔」
「……それは関係ないでしょう」
三笠のちょっと尖った声も意に介していない。こういうのを自分の世界を持っている、と言うのだろうか。
「遅くなったわね。アタシは
「警察官もやめて半年経ったなら、時効じゃないの?」
「時効って何よ、人聞きの悪い。……もしかして、機嫌悪いの?」
「悪いわよ、貴方にあらぬ疑いをかけられているんだから」
「あらぬ疑い? あぁ、アンタと仁方由介の仲のこと?」
「……ッ」
「それなら大丈夫よ、アンタが彼とデキるとは思ってないから。ただ、アンタの世話焼きというか、お節介というか。そういうとこを心配してるのよ。誰でも彼でも、困ってそうだから匿うなんてやってたら、アンタの身がもたないでしょ」
そういえば、三笠は今までも俺のような境遇の人間を匿ったことがある、と言っていた。彼らはどうしているのだろうか?
「……三笠は今まで、何人匿ってきたんだ?」
「四人よ。うち三人は死んで、一人は街の外に出した」
「…………えっ」
「仕方ないでしょ、私だって命がけで……」
「だからアンタが匿われてるって分かった時、心配したのよ。アンタも、同じ目に遭うんじゃないかって……」
一つ行動を間違えたら、死ぬかもしれない。さっきまで意識していたはずのことが、急に安心できる場所にやってきたことで、頭の隅の方に追いやられていた。それだけ三笠を信頼できる人間だと、俺は判断しているらしい。
「……で? わざわざ男を見過ごさずに匿ったってことは、この男には『何か』がある……そう思ってるのよね?」
「ええ……
「鳩宮……また、懐かしい名前ね」
「私の能力でなく、霊感に似た何かが、彼との親和性を示してる……こんなことは、今までなかったの」
「……アンタのインチキ霊感センサー、ってやつ?」
「インチキって何よ」
「まあまあまあ」
どうして新参者の俺が仲裁をしないといけないのか。そう思いつつ、夫婦喧嘩のようなやり取りが始まったので慌てて間に入る。
「俺を置いていかないで、どういうことか説明してもらえます? あー……いや、説明してほしいことは、もっとあるんですけど」
「三笠の霊感センサーの話は聞いた? イタコの末裔だから~、っていうのは」
「聞きました」
「そう。鳩宮のことは?」
「それは初耳です」
「鳩宮は警察官よ。三笠とアタシにとって、後輩にあたるわ」
また新しい登場人物だ。このペースで知らない人ばかり出てきたら、いつか大河ドラマのように人物相関図を作らないといけないかもしれない。とりあえず二人の後輩警察官という情報だけ頭に入れるのを意識して、浩次さんの話の続きを聞く。
「『あの時』から一年、いまだ連絡の一つも取れてない上司同僚がほとんどなんだけど……鳩宮だけはね、『反応』があるのよ」
「『反応』?」
意味ありげにその一般名詞を浩次さんが強調したので、それをそっくりそのまま繰り返す。三笠がすっとスマホの画面を見せてきた。
「これは位置情報共有アプリ。この近く……万博記念公園駅に、鳩宮さんの反応があるの。……一年前から、ずっとね」
「位置情報共有アプリって……そんなの、バッテリーさえあれば反応は出るだろ」
「……少しでもこのアイコンが動いていれば、誰かにスマホを盗まれているとか、そういう可能性も考えたでしょうね」
「逆に、一歩も動いていないってことか?」
「ええ。この一年間、1mmたりともね」
いかに位置情報を表示する機能が現代技術の結晶で、座標まで正確に把握できるといっても、建物の中や地下では位置ずれが起こったり、自分自身が動いていなくてもちょこちょことアイコンが動いたりする。それが全く、しかも一年間も動かないなんてことがあり得るのだろうか?
「三笠はお節介だから、鳩宮のもとに行ってあげなきゃって、ずっと言ってるのよ。何かの間違いだって、ずっとアタシは言ってるんだけど」
「あなたは信じてくれる? 鳩宮さんが、ここで生きていて、助けを求めているかもしれないって話を」
つまり、三笠は鳩宮という後輩の地縛霊が万博記念公園駅にいると言っている。霊感センサーが反応しているという言葉の意味はそれだ。普段から霊の存在が身近で、当たり前のように受け入れている三笠にとっては、霊は「生きている」のだ。
「……それは、俺がいるかいないかで変わってくる話なのか」
「ええ。……彼女なら、あなたについて何か知っているのかもしれない。あなたも元『外』の人間なら、あの駅を使わないなんてことはないでしょうから……あの駅自体に、何か仕掛けがあるのかもしれない」
それは三笠の言う通りだった。就職のため、引っ越して初めて吹田市内に入る時、どこから入るかに関わらず一度万博記念公園駅まで運ばれ、手荷物検査を受けた記憶がある。外国要人がしょっちゅう来る大阪だし、来年には万博も開催されるから、確かに一度一か所に集めて検査した方が効率的だよな、とその時は不審には思わなかったのだが。
「しかしねえ……鳩宮と接触できたとして、かつ何か分かったとして。アンタ、何するつもり? まさかシステムにケンカ売るとか、そういうこと考えてるんじゃないでしょうね?」
「その通りよ」
一足先に食事を終えた三笠が、じっと真っすぐ俺たちを見つめてきた。決意に満ちている、覚悟の決まった顔だと思った。
「くだらない能力を次々生み出すこんな制度なんて、ろくなことがない。この制度が治安を乱していると思われる以上、動ける警察官が黙って見ているわけにはいかないでしょう。警察の仕事だと思ったものに迷いなく手を出す程度には、私も使命感があるわ」
ごくっ、とわざとらしく浩次さんが梅肉でさっぱりさせた豚しゃぶを飲み込み、それからため息をついた。
「……変わらないわね、アンタ」
「変わったわよ。……それなりにはね」
三笠の決定は変わらないと諦めたのか、浩次さんはまた明日来ると言って帰っていった。まさしく嵐のような人だった。結局俺は物置と化していた部屋を譲ってもらい、予備の布団を使わせてもらえることになったのだった。
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