4 警察官と自警団
「……その前に、あなたがここで暮らすにあたって、取り急ぎ必要なものを洗い出しておきましょうか」
「今取り急ぎ欲しいのは情報なんだけど……」
「それは夕食を取りながらでも話せるでしょう。よほどの緊急事態……そうね、ここがあなたの家と同じように爆破されるとか、そういうことがない限り、あなたはしばらく外には出られない。そもそも、私の家にいるという情報が誰かに漏れた時点で、あなたの命は終わりなの。それはさっき理解してもらえたとばかり、思っていたのだけど」
「分かった……分かったよ」
どうやら数日分の着替えはあるようだったので、それ以外の日用品でこれがあれば人間らしい生活が送れるだろう、と考えて思いついたものを挙げる。三笠がネットショッピングでためらいもなくそれらを注文し、その時間はすぐに終わった。
「外に出て買い物はしないんだな。……まあそりゃ、面倒だけど」
「それもあるけれど、私も一応追われている身なのよ。今はなるべく、外に出る機会を減らしたい。特にあなたを匿っている分、余計にね」
「追われている?」
「あなたを殺そうとしていたあの自警団は、警察官も対象にしているの。まだはっきりしたことは分かっていないけれど、おそらく『能力狩り』が目的だということは、突き止めているわ」
「そのままの意味か。能力を奪うとか、危険な能力を持ってる人を消しておくとか」
「ええ。私の能力のどこが危ないのか分からないけれど、解釈次第でどうにでも応用できることを考えれば、手広く対応できそうな私の能力は『危険分子』ということになるんでしょう」
当然、警察官は三笠の他にもたくさんいるが、みな連絡が取れなくなり、単独行動をするしか手がないという。給料も振り込まれてはいるが、いつ止まるか分からない。そもそも身の回りの安全を確保するので精一杯で、街の治安維持に力を注げていない以上、仕事をしていないとみなされても反論できない。三笠はそう言葉を続けた。
「彼女たちはすでに殺されているのかもしれない。捕まって自警団として働かされているのかもしれないし、どこかに監禁されているのかもしれない。情報が入ってこないから、現状全ての可能性が考えられるの。あなたのように、協力してもらえると分かってる人間を引き込むことは、すごく重要だと思ってるわ。たとえどんな能力か分からなくてもね」
「……そうだな」
反論することはいったん諦める。人の気持ちを思いやる、みたいな視点が三笠から抜け落ちているような気がしなくもないが、そんなことを言っている場合ではない。二人で行動しないことには、何の情報も得られないのだから。
「ただ、警察官がいなくて府警が事実上機能していなくても、治安はそれほど悪化していない。自警団が狙っているのが凶悪な能力の持ち主なのか、はたまた別の理由があるのか……」
「それって、俺の能力も凶悪ってことにならないか」
「そもそも自分が能力を持っているかどうかすら分からないなんて、危険分子以外の何者でもないでしょう。自分でも分からない条件で暴走することもある、って言っているのと同じなんだから」
「……確かに、そう言われればだけど」
「とはいえ、どうしてあれだけがっちりしたシステムがあるこの街で、そんなことが起こるのかには興味があるわ……あなたの周囲を洗えば、何か面白いことが分かるのかもしれないわね」
「まるで研究対象みたいに言うな」
三笠の能力を見せてもらったはいいものの、他のサンプルをいろいろと見てみないことには分からないことも多い。三笠の能力がどれくらいの危険度なのかを判断する基準が全くない。
「……そういえば、同僚の警察官とは本当にみんな連絡が取れないのか? みんながみんな、失踪したとか死んだとか、そんなことにはならないだろ」
「残念ながら、私の知り合い――先輩、上司、後輩、同僚にはすでに連絡しているわ。そのうえで、誰からも反応がなかった。私の交流範囲が狭いと
「いや、そんなつもりは」
「いいのよ。交友関係が狭いのは事実だし……分かるでしょう? 私、前向きな思考は合わないから。雰囲気の明るい人間とは正直、あまりお近づきになれない。昔はまるでタイプの違う後輩によく手を焼いたものだわ」
変に傷をえぐってしまったな、と反省して黙る。ただ、三笠も三笠で考えすぎというか、本人の言う通りネガティブ思考寄りなんだろうなとも思った。うかつな発言をしないよう気をつけないといけない。その昔、大学時代にいた彼女もそういうきらいがあって、よく怒らせていた。
「……さて。どうしたものかしらね」
「これからどうするかってことか」
「そう。自警団が回り回って治安維持に貢献しているとしても、警察官が指をくわえて見ているわけにはいかないでしょう……何とかしようって動いてくれる警察官を待つのは望み薄でしょうし」
三笠がため息混じりに言ったその時。彼女のスマホが鳴った。彼女は少し驚いた様子で画面を見た後、スマホを十分耳元から離して通話ボタンを押した。
「ちょっとアンタ! どういうこと!?」
「何がよ……それに、また声が大きい」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ。また戒厳令が出てるわよ、アンタの仕業じゃないの?」
「内容によるのだけど」
「ニガタユウスケ? だかなんだか、イイ顔した男がバンバンテレビに映ってるのよ、死刑執行対象だか知らないけど。またアンタが匿ったんじゃないかと思って、連絡してあげてるのよ」
「人聞きの悪い……」
「アンタねえ。イイ歳したオンナなんだから、そういうヤンチャはやめなさいって何度も言ってるでしょ? しかも女ならまだしも、ついに男を匿うだなんて……アタシはアンタが心配で言ってるのよ?」
「いいから、そういうの……それに彼とそんなに話がしたいなら、今代わってあげるから」
電話の相手がこちらにも聞こえるほどの大きな声でまくしたてた。女言葉だが、その声ははっきりと野太い。俺よりも低いのではないか。テレビでマルチな才能を発揮して活躍するオネエタレントの顔がぼんやりと頭に浮かぶ。
「はぁ!?」
「ほら……あなたが話し相手になってあげて」
「ちょっと、アタシを厄介者扱いするんじゃないわよ!」
「あ、あの……すみません。
「ん”ん”っ……アンタが仁方
「はい」
「今そっちに行ってあげるから、二人とも待ってなさい。自己紹介はその時にするわ」
「ちょ……ちょっと、私はいいって言って……」
三笠の抵抗もむなしく、あっさりと電話を切られてしまった。えらく濃いキャラだな、と思いつつ彼女の方を見ると、はぁ、と心底めんどくさそうなため息をついてから口を開いてくれた。
「
「元警察官……」
「言いそびれたわね。実は
彼と三笠はそれなりに仲がいいようで、どうせ三人でご飯を食べることになるでしょう、と諦めに満ちた声色で三笠が支度を始めた。俺が米を炊き、お皿に野菜を敷き詰めている間に三笠が豚肉を茹でる。そろそろ冷しゃぶの用意ができるかな、というところで、インターホンが鳴った。巷で人気のオネエタレントよりもっと濃い顔のオッサンが、画面に映っていた。
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