9 正しかったとしても

『万博公園のシステム障害 依然続く』



 万博記念公園駅の地下で、三笠と浩次さんの同僚である鳩宮さんと遭遇し、彼女の死を見届けてから数日後。「異能製造工場のメインバッテリーが消され、予備電源に切り替わる」――鳩宮さんの遺言とも言えるその言葉の意味は真には分からなかったが、影響はすぐに現れた。万博記念公園駅の入場システムが故障し、復旧のめどが立たなくなったのだ。一見近未来的な改札に見える、能力の適性を見抜き適切な異能をそれぞれの人間に授けるあの装置が、使い物にならなくなり、一からプログラムを組み直す方が早いようだとニュースでは伝えられていた。


「このタイミングで、半永久的な故障ということは……やはり、鳩宮さんの件が関係しているのでしょうね」

「そう見るのが自然ね。あるいはそちらに目を向けさせる罠、という見方もできるけど……」


 三笠は同僚の死に少しも心が動いていないのか、地下に向かう前と何も様子が変わらなかった。一方その場で取り乱してしまった俺を気遣ってか、毎日夕方になると浩次さんが俺たちのもとを訪れて、話をしに来てくれた。もしかすると単に晩飯をたかりに来ているだけなのかもしれないが、それでもいい。思ったことをはっきり言ってくれる存在というのは、思ったよりも頼りになる。何を考えているか表情からは上手く読み取れない三笠が隣にいるから、余計に。


「そちらに目を向けさせる罠って、どういうことですか」

「裏でもっと大きなことが動いてるとか、他の人間に異能製造工場のことを悟らせないようにするとか。ただ、予備電源に切り替わった時点である程度規模は縮小されたでしょうから、むやみに能力を植えつけられた人間がこれまで以上のペースで増えることは、ないでしょうけどね」

「能力を植えつけられた人間って。どうやって区別するんですかね」

「さあ……分かってないことが、多すぎるわね」


 鳩宮さんも元々持っていた能力を上書きされ、異能製造工場のバッテリーとして消耗させられる憂き目に遭った。しかしこの街に入ってくる時点で自動的に適性に合わせて付与されるはずの能力を、誰がどうやって、何のために上書きしたのか。そもそもそんなことができるのか。この街に闇があることだけ教えられて、後は何も分からない。中途半端な情報しか与えられないと逆に不安になるということを思い知らされた。


「いっそのこと、頭に葉っぱでも生えてくれてたら、分かりやすいのにねえ」

「……なんでしたっけ、それ?」

「『ピクミン』?」

「あれって人なんですか? ただの動物というには二本足すぎますけど」

「じゃあ、妖精の一種なんじゃない? ほら、『アンパンマン』だってみんな妖精だって言うじゃない」

「そうなんですか?」


 やっぱり人が死ぬところを間近で見てしまうと、いくら昨日まで知らなかった人であっても気が沈む。それを読み取って、どうでもいい話に持っていくのが上手いんだろうなと、浩次さんを見ていると思う。気遣われているのがありありと分かるが、今はそれくらいがちょうどいい。


「しっかしねえ……ただでさえ自警団で手を焼いてるっていうのに、第三勢力まで出てこられちゃおしまいよ、この街は」

「……自警団とは関係ない、ってことですよね。鳩宮さんを、あんな目に遭わせた奴は」

「ええ。自警団は勝手に民間人を死刑だの何だのって断定して、家ごと燃やして回ってる蛮族だもの。まああれも、元締めが一体どこなのか、まるで分かってないのが気持ち悪いんだけど」


 俺に番が回ってくるまでは、毎日この狭い街のどこかしらで爆破事件が起こるような治安の悪さだった。それが鳩宮さんの一件があってから今日までの数日間、ぴたりと止んでしまった。数日平和だったからといって、すぐ何かがおかしいと疑うのは間違っているのかもしれないが、確かに違和感がある。爆発の音は聞こえないし、報道もされていない。


「浩次さんみたいな元警察官がやってる、ってことはないんですか」

「警察官って顔つきや動きで分かるものでしょ。わざわざ顔や名前が割れるようなことはしないと、アタシは思うんだけど」



 そんな心配や懸念を嘲笑うかのように。地面を揺らす轟音が俺たちの体を直接震わせた。



「なっ、なんだ!?」

「……なんだか質の違う爆発ね」

「こっ、ここ、5階とかだろ?」


 慌てて俺は外を見る。遠くの方で煙が見えた。北千里の方角だ。


「いつもならまた自警団のやらかしでしょうから、具体的な被害状況が分かってからしか行かないのだけど……アタシはよくない予感がするのよね」

「行くんですか」

「仁方クンは大丈夫よ。そもそも警察が動くべき案件で、一般人を巻き込んでる方がおかしいもの。無理をする必要はないわ」

「でも、浩次さんも三笠も、現場に行くんですよね」

「私は行かないわ」

「え?」


 俺より先に、浩次さんが疑問の声を発した。なんでお前は警察官なのにじっとしてるんだ、と言いたげな声色だった。


「そんなに人死にばかり見たって仕方ないでしょう……」

「アンタ、そんなこと言う人だっけ?」

「私は……もううんざりしてるの。このままじゃ、現場に行くたびに鳩宮さんのことを思い出してしまう……」

「それでも治安を良くするために動くのが警察官でしょうが。今さら何を言ってるわけ?」

「行きたければ。……一人で、行けばいい。私は、ここにいてできることをやる。あなたの勇気や責任感、使命感に私を巻き込まないで」

「……分かった。言ってればいいわ。残念ね三笠、アンタには期待してたんだけど」

「別に、手柄だの何だのも貴方が持っていって構わない。そういうことにも、さして興味はないから」


 あくまで強がる三笠を尻目に、浩次さんは一人で出て行ってしまった。三笠が額に手をやり、はあ、とため息をついた。


「いいのかよ、そんなこと言って」

「もとからあの人の情熱にはついて行けなかった。それが少しでも分かってもらえたなら、むしろ本望よ」

「そうは言っても……」

「現場に行ったとて、戦えるわけじゃない。結局あの人はよかれと思ってやっているだけで、片っ端から空回りしていたら意味がない」

「……っ」


 三笠の言うことは、きっと正しいのだろう。しかし正しいからと言って、それがその場における「正解」とは限らない。三笠に言ってもどうにもならないのは分かっているが。


「……ただ。あの人は優秀ではあるから、きっと何か原因は見つけてくるはず。それを待ちましょう」



「おっと、おたくらが言う『原因』ってのは、俺のことじゃねえか?」



 風に乗るように。ごく自然にすう、と窓をすり抜けて知らない男が姿を見せた。ぎょっとして、二人して黙って男の方を見る。


「一人足りないようだが……現場に行ったって犯人はいないんだけどな。『流体力学の権威ベルヌーイ』たる俺がまさにその犯人なんだから」


 男がぽたぽたと滴を垂らしていたキッチンの蛇口から水を引っ張り出して、手のひらの上で透明な、しかし鉄板を簡単に貫きそうな弾を作り出した。


「せっかくなら世間話でもしよう。あのクソみたいな工場を弱体化させてくれた張本人、そして特異点が見つかったんだからな」


 敵なのか、味方なのか。それすら分からないまま、俺たちは男の話を聞くしかなかった。

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