18 能力の起源
「……私も、誰かの能力を埋め込まれた結果、ということ?」
「だろうね。これに関しては、例外はないよ」
莱がいったんプラネタリウムの外に出て、両腕で抱えられるサイズのホワイトボードを持ち込んだ。さらさらと説明するための文字列を書き込む。
「もともとこの世界に異能力なんてものはなかった。けれど、ごく稀に自然発生、他の世界の力を借りずに芽生えた能力も存在する。ほとんどは転生者が持ち込んできた能力が由来になっていて、転生者がオリジナルの能力を持ったままこの街に住んでいるパターンもあるし、さっきいた工場で能力を引っこ抜かれて、埋め込まれて覚醒したパターンもあるよ」
「基本的にその3パターンと考えていいのかしら?」
「うん。厳密に分類すれば、埋め込まれた人の出自で分かれるけど……新しく能力を埋め込まれた人がこの世界出身なこともあれば、その人も転生者って場合もあるだろうし」
「転生者は元から能力を持ってるんじゃなかったの?」
「もちろん、持ってないこともあるよ。私たちの世界に近しいところの出身だと、それもあり得る。今のところ、片手で数えられるくらいしか見たことがないんだけど」
確かに、まだサンプル数は少ないものの、人の名前を冠した能力はどれも強力だった。
「実は三笠さんと浩次さんは、あえて私たちの保護対象から外していたの」
「あえて?」
「あなたたちなら、いずれ裏鬼門会の存在にたどり着くはずと思ってね。でもヤシロが世話を焼きたいって、言うことを聞いてくれなくて」
「遅かれ早かれ俺たちに
「私は怒ってないよ。ヤシロのことは、可愛い部下だと思ってるだけ」
「なッ」
「三笠さんのちょっと影があるところが好きなんだよね?」
「おひい様……!」
目に見えてヤシロが動揺する。高慢な態度ばかりだった彼がそんなところを見せるとは、思ってもみなかった。三笠は客観的に見ても美人だし、たまたま俺のタイプではなかったが、普段の生活を見ているとちょっと無防備すぎると思うくらいには魅力的だ。それをこんなに年下の女の子に茶化されている。なんだか面白くて、久しぶりに心から笑いが出た。
「……影がある? 私が?」
「やめときなさい、こんな女ロクでもないわよ。この女はね……」
「……あなたは黙ってて。私の本当にプライベートなところを知っているでしょう」
「せっかく仁方クンが楽しそうにしてるっていうのに……肝心なところでつまらない女ね」
「……私をダシにして他人を楽しませるのはやめて」
そこでヤシロがわざとらしく咳払いをした。
「とにかく、俺にそのような感情は一切ない。俺はあくまで、電磁誘導の将来性に期待しているだけだ」
「……ただ物を引き寄せるだけなのに?」
「俺はそれだけではない、もっと応用力のある能力だと踏んでいる。そうでなければ、お前が能力を持った転生者でありながらそれを奪われず、野放しにされていることの理屈が通らないからな」
「えっ」
しれっと明かされてスルーしかけたが、ギリギリ驚きの声を上げることができた。他の世界での記憶を持ったままこの世界に生まれてくるという意味がいまいちよく分かっていなかったが、当事者がこんなに近くにいたとは。
「アンタ、そっちの人だったわけ?」
「……『そっちの人』に言われたくないわね」
「失礼ね、アタシはこの話し方が親しみやすいと思ってやってるのよ」
「……まさか、そこまで情報をつかまれているとはね」
「さっきも似たようなことを言ったが、警察官は俺たちにとって最も出自を把握しやすい職業の一つだ。能力形成の背景に当たる前世の情報も、記録が残っている」
「……っ!? それは、」
「心配するな、俺からその情報を読み上げるつもりはない。ただ……」
「へえ、なるほど……あぁ、これはいけませんねぇ……」
「……
「なんだ? そんなにやましいことが?」
ヤシロが表情一つ変えずに情報を秘匿する約束をし、三笠の前世の情報が載った書類をヤシロの腕から盗み見た莱がニヤニヤする。いったい何があったのかと気になって、俺は問い返してしまった。
「……別に。その……よくある、勇者パーティーの、聖女をやっていた、だけよ」
「なんか歯切れ悪いな」
「三笠さんはね、魔王軍の大幹部として、勇者に色仕掛けをして正ヒロインからねと……」
「玖珂さん」
「露出度の高い衣装で……あの手この手で……」
「玖珂さん!」
「魔族として何人もの勇者を手玉に取って、子どもをたくさん産むことで魔王軍の戦力増強にも……」
「玖珂さん……」
へなへなと三笠がその場にくずおれる。なるほど、断片を聞くだけでもあまりに今の三笠と違いすぎる。というか、ちょっと刺激が強すぎる。あまり興味本位で聞いてやるべきじゃなかったなと、俺は反省した。
「……まさか、そこまで把握されているなんて……」
「まあ……そういうことだ。とにかく、能力を他人に植え替えられることなく今生きているということは、おそらく『物を引き寄せる』ことが能力の本質ではない。それではあまりに弱すぎるからだ」
「どんなものでも自在に引き寄せられるなんて、十分強いと思うけど?」
「これから暴走する能力者たちと対峙してゆけば、その認識も改まるはずだ」
「ところで」
急に真面目くさった顔に戻った莱が、俺たちに声をかけた。
「残り三人の警察官の消息をたどるのはいいんだけど、その前に。
そう言って、莱は天井の星空の西を指差した。そこはまるで最初から星空が存在していないかのように、ぽっかりと空洞になっていた。星の見えない夜空というわけではない。「何もない」空間が、そこに存在していた。
「能力のマッピングは結構均等にされるのが自然で、こんな感じでぽっかり穴が開くなんて論理的じゃないの。ここにもきっと、私たちがまだ回収できていない危険な能力がたくさんあるはずで……。心当たりは、ない?」
部屋に入った時はきれいな星空だなとしか思わなかったが、不自然な点を指摘され、心当たりがあるかと問われて初めて、思い出せるものが一つあった。
「鳩宮さんに会いに行く手前……リフトで下りる時、こういう星空が」
「やっぱり、そっちにもあるんだね。鳩宮さんが別で管理してたのか、それとも……」
莱が立ち上がり、俺たちのことを置いて行こうとする。
「おい、」
「あぁ、行くよ。目的地は、万博記念公園駅の地下だ」
もう一つの地中の星空の中へ、俺たちは再び向かう。
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