19 もうひとつの星空
万博記念公園駅に着いても莱の足取りは変わらず、以前鳩宮さんに導かれて入った職員専用に見えるドアの先へ進んでゆく。迷いというものが一切見られなかった。
「ちょっと……って、別に鳩宮がいなくてもこの施設は動くのね……」
「もともとは工場も、こっちの予備電源も私たち裏鬼門会の施設だから。私は副総裁だし、基本何でも自由に動かせるよ」
莱が全員リフトに乗り込んだのを確認して、以前は見つけられなかったパネルを操作すると、ゆっくりと下へと動き始めた。やがて、俺たちが最初に見た星空が襲いかかるようにして見えた。
「アンタ今、予備電源……って言ったわよね?」
「そうだよ。一か所でピンキリな能力の数々を管理するのは難しいから、こっちをスペアにしてるの。第二駐車場、って感じなのかな?」
「鳩宮は、自分が主電源でアンタの方が予備電源だって言ってたんだけど?」
「そうなの? それはないけどね、いくら鳩宮さんの能力が電池向きだったとしても」
「どうしてそう言い切れるわけ?」
「そもそも、能力は移し替えられた時点では、どんなことができるかすら分からない。三笠さんも、最初は『どうやら手をかざせば物を引き寄せられるらしい』くらいの認識から、自分の能力に対する理解を深めていったでしょ? 鳩宮さんも。異能製造工場のバッテリーに使える、なんて解釈は最後の最後に出てくるなら分かるけど、最初からそんなことは考えもしないはずなの」
「確かに……」
「それに、『
空に浮かぶ星の数がどれほどかなんて、分かるはずはない。しかしそれでも、以前来た時よりも心なしか輝きが増しているように感じた。それは『新能力電池』や『
「それにしても……ここに星空のコピーを作る意味なんて、ほとんどないんだけどな……」
「コピー? 足りない部分だけじゃないのか?」
「あのぽっかり空いた場所だけじゃなくて、他の部分もこっちにあるね。鳩宮さんはいったい、何を考えてたのかな……」
「……本当に、鳩宮さんの仕業なの」
「いろいろ知りすぎた結果、こんな地下深くに一年も監禁されてたような人が、本当に潔白だと思う?」
「……」
「鳩宮さんは、裏鬼門会の敵だよ。私たちの能力回収、管理っていう使命を邪魔した以上、明確にね」
莱の声色が変わった。少女のそれというより、一組織の責任ある立場としての重みが、声に乗っかっていた。能力を無理やり植えつけられてしまった人たちから回収することは、治安維持につながる。そうとは分かっていても、まだ信じ切れない。それはこんなに小さな子どもが組織を束ねているという意味を、理解しきれていないからかもしれない。
「……そうとは限らないでしょう、だって――」
「それは他の組織とも対立しているから、そう見えるだけだよ。多方面にケンカを売っちゃった、ただそれだけ。裏鬼門会、自警団、それから工場を稼働させていた連中。全員を何かしらの理由で怒らせてしまった。よっぽど恐ろしいことをしたのかもしれないね」
やがてリフトがひとりでに止まった。前回と同じ最深部に着いたのかと思いきや、そこは明らかにもっと深い場所だった。星空の明るさが変わったことを計算に入れても、周りが暗すぎた。即座に莱が懐中電灯で辺りを照らした。
「さて……」
「……玖珂さん。ここには、星空の回収に来ただけではないの」
「星空には、帰巣本能があるの。コピーされても、一部を奪われても、分離させた人間が命を落とすか手放すかすれば、必ず私たちのもとに戻ってくる。戻らずにここにあるということは、鳩宮さんから誰かに、この星空が引き継がれているってこと」
「最初から、鳩宮さんが管理していなかったって可能性は?」
「本体でも分身でも、”所有者”の能力は星空には映し出されない。その人が死んでもね。本体にも、ここにある分身にも、『新能力電池』はなかったよ」
「……」
「……ただ、ないからといって管理者だったって言い切れるわけでもない。難しいけどね。でも鳩宮さんの場合は、ほぼ間違いなく黒。なぜなら……」
そこで莱がぴたりと足を止めた。それは先に進んでいた浩次さんが一番最初に動きを止めたのにつられてのことだった。浩次さんが注目する先には、一人の男性が体育座りで目を閉じていた。
「
しばらく立ちすくんでいた浩次さんが、その場にしゃがみ、脈を確かめる。すっと手を引き、再び立ち上がった浩次さんの表情は暗かった。
「
「まさか、行方不明って言ってた」
「うん。残り三人の警察官のうちの一人だよ。こんなところで、いったい何を……」
「……ここは、裏鬼門会の人間しか立ち入れないのよね? リフトが動かせないなら、こんなところに来た理由が分からない……」
「可能性はいくつかある。無理やりここに連れてこられた。工場で失敗作の烙印を押されて輸送された。最後の楽園にここを選んだ。……どれも、とてもいい結末とは言えないね」
莱が浩次さんと同様に、大畠さんの前でしゃがみ込み、そっと手をかざす。そこで首を傾げた。
「能力が残ってる……しかも、取り出せない。どういうこと……?」
それは、死ぬと能力は宿主のもとを離れること、能力を奪われると命を落とすことと矛盾する。冷たくなってから長いのに、能力を持っている状態があり得るのか。一番詳しい莱が、その場で最も困惑していた。
「……っ! ヤシロ」
「おひい様?」
「
莱がヤシロへの警告を終えるか終えないかというタイミングだった。ずっと上の方にあったはずの星空が降下して、エイリアンのごとき異形の姿に変わった。星空が堕ちてきた、と言うべきだったかもしれない。その異形は次の行動で大畠さんを取り込み、完全に一体化した。何が起こっているのか、大した理解もできないうちに地面が壊され、経験したことのない浮遊感に襲われた。ヤシロのとっさの判断で、何とかギリギリのところで重力に逆らうことができた。
「これは、いったい……」
「星空は、全ての能力を管轄する……我々ですら、星空という名の偉大な統制者の前には、なすすべもなくひざまずくしかない。しかし唯一、暴れ馬ともとれる星空を手なずけ、支配下に置ける能力が存在する。それが、『神の残滓』だ」
目の前に現れた昏い黒の巨体はもはや、星空でも大畠さんでもない、全く別の「何か」へと成り果てていた。あくびをするかのように異形が両腕を広げると、それだけで地下空間全体が揺れ、あちこちで崩壊が始まった。今さっき下りてくるのに使ったリフトが壊されるのも見えた。
「心配するな。いざとなれば天井でも何でも壊して、俺の能力で脱出できる。問題は脱出させてもらえるかどうかだ」
「こんなの、どうやって――」
「任せて」
一瞬で絶望的な景色に変わったその場所で、勇敢かつ自信ありげに声を上げたのは、莱だった。あたりに三笠とは比にならない強さの電場が満ちる。どこからどこまででも電撃を走らせられるほどの「気」が溜まっていった。
「こういう時の、私の能力だから。副総裁の権力、使わせてもらうよ」
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