20 電位の支配者

 黒い怪物は明らかに自我を持っていた。俺たちを認識した上で、自分を倒そうとする敵だと判別し、腕を振り回してくる。いくら元になった星空がさまざまな能力を管理していると言っても、こんなエネルギーがいったいどこから出てくるのか。そして、そのエネルギーの使い方があまりにも雑すぎやしないか。


「全ての能力には、エネルギーが宿ってるの。元の持ち主が持っていた生命力が、その源」

「それが、あいつの力にそのままなってるってことか」

「そう。それは人の死、犠牲の上に成り立つ負のエネルギー。対策は正のエネルギー、すなわち生きている人間の能力が発するエネルギーをぶつけること」


 怪物は確かに莱の言う通り、電撃でしびれたように動きを止めていた。明確に生まれた隙に、莱がもう片方の手で怪物の腹に別の電撃を叩き入れる。


「ーー〜ッ、〜〜〜ーーッッ」


 言語化できないうめき声を上げ、怪物がもだえる。莱の攻撃が効いている。


電位解析ポテンショメータ。それが私の能力。電気エネルギーに分類できるものなら、どんなものでも使いこなせる」

「……本当にそれだけか?」

「鋭いね。でも今は、それしかできないと思ってくれていいよ」


 俺が直感的にそう問い直したのは、その程度では能力を管理する団体のナンバー2になんてなれないだろうと思ったから。飄々としているが、絶対に何か隠している。そう思わずにはいられなかった。


「知ってるけど、まだ言ってないこともたくさんある。でも確実にそうだと分かってから言った方がいいこともあるし、他に優先してやらなきゃいけないこともある。たとえば……この星空の奪還、みたいにね」


 単にそのでかい図体がしびれるだけの電撃では、いずれ対策される。無効化するか弱められる能力を星空の中から探し当ててきたのか、怪物が電撃から解放され、再び腕を振り回してきた。


「体の力を抜け……!」


 ヤシロの命令に従って肩の力を意識的に抜くと、ふわりと体が浮かび上がった。気体のように不安定になった体は、どんな角度で、どんな勢いでやってきた怪物の拳もすり抜け、無効化された。


「これでお前たちが傷つくことはない。あとは――おひい様の頑張り次第だ」

「言ってくれるねヤシロ、ちょっとは戦うことを覚えた方がいいよっ……!」

「あいにく俺は三人分の流体操作で忙しい、俺自身にダメージが入れば、三人もまとめて同じだけ食らうことを知っているだろ」

「そうなんだけど、ね……!」


 莱もいったん攻撃の回避に集中していた。どうすれば怪物の動きを止められるのか?エネルギーを全て使い果たすのを待つか?そもそもエネルギーは尽きるものなのか?


「三笠さん!」

「……っ!?」


 その時、意を決したように莱が叫んだ。三笠を呼ぶその声に、怪物も反応してしまう。手のような何かを怪物が伸ばしてきたが、莱の次の声が届く方が先だった。


「能力を、吸い込むんだ!」


 三笠が考える、手でものを吸い込む方法。それはごく普通に思いつくような、能力を持っている怪物に向かって両の手をかざすものだった。三笠が何を考えていたのかは分からないが、瘴気のような煙が怪物から漂い、三笠の手の中に吸い込まれ始める。十秒ともう少しそれが続いた後、怪物の背丈は見違えるほど小さくなっていた。


「まさか、本当に……」


 俺がやっとそう口にした瞬間。ばちんと大きな音がして、その場で衝撃が起こった。火を伴う爆発というより、感電して反発力を食らうと言った方が正しいか。俺たちは防ぐ暇もなく、一斉に弾き飛ばされた。


「…………っ」


 受けた衝撃は強かったが、ギリギリ意識を飛ばすことはなかった。本当にゆらゆらとあちこちで立っていた煙の隙間から、みんなの姿が見えた。


「み……三笠、大丈夫かっ」

「……平気よ……なんとか……」

「浩次さんは」

「アタシも問題ないわ……」


 そこでようやく、ヤシロの能力あって実現していた空中浮遊が、今やできていないことに気づいた。ヤシロも衝撃で吹き飛ばされていた。そちらの方へ駆け寄ると、ヤシロは意識を失っていた。いや。


「……っ!」


 直接触れなくても分かる違い。ただ意識を失っているだけの人間と、あの世へ行ってしまった人間の差。その現実を受け入れてから、俺は体の震えがだんだん激しくなってゆくのを自覚した。


「……由介さん、?」


 戸惑うような莱の声が最後に聞こえた。それから俺がどうしていたのか、全く記憶にない。



 まるで誰かに、意図的に記憶を抜き取られたかのように。




 分からない。俺は、あの時、何をしていたんだ?

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