21 意識が戻って

 目が覚めた。


 息苦しくなるくらいの何かが顔に迫っているというのに、感覚としての息苦しさは一切なかった。ふと、俺の顔に酸素吸入器がついているのに気づいた。天井の模様が見慣れたものとは違うということに気づいたのは、その後だった。


「ここは……」

「あ……起きた」


 続いて声がした方を向くと、莱がいた。


「よかったよ、無事に目が覚めて」

「俺は……」

「無理はしなくていいよ。だいぶ体も疲れているだろうし、しばらく休んでなきゃ」


 莱が俺に向かって言葉を発したのを見たのか、三笠と浩次さんも莱の後ろから顔を出してきた。みんな腕や顔に多少ケガの跡はあったものの、立って、歩いて、問題なく会話が交わせる状態だった。


「……何とか、元気そうね。あれだけ派手に――」

「三笠さん」

「……分かったわ。とにかく、無事に目を覚ましてくれてよかった」

「初めて会った時から、若くて体力があるのに任せて、後先考えずに突っ走っちゃうタイプなのかなとは思ってたけど……ここまでとはね。由介クンはアタシたちがちゃんと守ってあげなきゃいけない存在だってこと、改めて認識したわ」

「浩次、さん……」


 どうやら俺は病院にいるらしい。しばらく意識を失っていて、生死の境をさまよっていたのかもしれない。三笠はいつも通りか、ほんの少し心配が表情に表れているような気がしたが、浩次さんはもっと分かりやすく慈愛の気持ちが前面に表れていた。俺のような、何かと無茶をしがちな年下の男には弱いのかもしれない。


「……そういえば」


 莱たちが俺のもとを離れてから、一人つぶやく。病院にいることは分かった。しばらく安静にしないといけないくらいひどいケガを負ったらしい。体の節々が痛むし、それも間違いないだろう。倒れる前に俺はいったい何をしていたのか、記憶をたどる。


「俺は……何をしたんだ」


 順番に思い返してみると、こんなケガを負うようなことをした記憶がまるでないと気づく。星空と大畠さんを取り込んで生まれたあの黒い怪物は、確かに凶暴だったが、三笠が能力を使って怪物を無力化した時、ここまでの状態になるほどの負傷はしていなかったはずだ。あの後何かのきっかけで奈落に落ちて、地面に叩きつけられたのなら話は別だが、そうだとすればこの程度では済まないだろう。寝返りもまともに打てない状態で、何とか見える景色から情報を拾おうとした結果、ベッドの脇に置いてあったスマホが、想定よりも三日後の日付を示しているのに気づいた。


「……三日間」


 三日丸々意識がなかったというと、相当重症だ。怪物を倒したあの後、よほどのことがあったのか。それなのに、まるで覚えていない。三日間が丸々存在しなかったかのように、俺の頭の中には最初から用意されていなかったかのように。そして、知りたいとも思わせない何かが、俺の脳の奥の方に確かに巣食っていた。これだけの空白があっても、空白を空白のまま受け入れるべきだと、ささやかれているかのよう。


「……倒したんだ。いい……いいんだよな?」


 これだけのケガを負ったが、何とか無事に生還した。三笠も浩次さんも、ぴんぴんしている。いいんだ。思い返せば、死にかけたのは別にこれが初めてじゃない。訳が分からないまま自警団に追われた時も、一つ選択を間違えれば死んでいた。三笠に手を引かれなければ木っ端みじんになっていた。勝手に死刑宣告されたあの場面を切り抜けられたのだから、これくらい大したことはない。



 寝て、起きて、時々スマホのニュースで病院の外の状況を知る。それくらいしかできないような体の状態だったから、上半身を起こし、立ち上がり、病院の廊下を歩けるようになるまでにそう時間はかからなかった。


「由介さんが復帰したら、捜索活動を再開しようと思うんだ」

「……残り二人の警察官の?」

「そう。あと二人は、まだどこかで生きているかもしれないから」

「なあ。なんで、そんなことをするんだ?」

「……え」

「転生者から引っこ抜かれて植えつけられた能力が危険だから、回収しなきゃいけないっていうのは分かる。裏鬼門会が能力の管理をしてるってことも、そこから分離した自警団がめちゃくちゃやってるってことも。でも、治安維持まで本当に俺たちがやらなきゃいけないのか? ちょっと能力について知識がある程度で、戦うなんて素人だし、こんな目に遭ってまだ戦場に出ていくって、正気とは思えない」


 三笠と浩次さんは、どんどん回復してゆく俺に対する心配がなくなったのか、ほどなくして見舞いに来なくなった。代わりに莱は、お世話係かのように熱心に俺のもとを訪れてくれた。三笠たちのことを冷たいとは思わない。三日間目を覚まさなかったとはいえ、大したことではないし、日に日に元気になっているのに間違いはないからだ。だがその分、莱と話す機会が増えた。増えた分、莱に思いの丈をぶつけることになった。


「……私はね。結局のところ、ずっと総裁のことを探しているんだ」

「総裁……」

「私はあくまで、裏鬼門会の副総裁。ナンバー2なの。私の上に、もっと能力に詳しいスペシャリストがいる」

「それが、総裁?」

「まだ大人ですらない私を見込んで、副総裁という地位を持たせてくれたのは総裁。それから……転生者を一か所で管理するシステムを作り上げたのも」

「転生者から能力を引き抜いて、別の人に植えつけるシステムか」

「それはまた別の話だよ。総裁がやったのはあくまで、街の混乱を収めるために、転生者を集中管理できるシステムを作ったところまで。分かりやすく言えば、ただの入国審査なの。それをあんな工場に仕立て上げたのは、別の人間」

「……そうなのか」

「でも、総裁は少し前に失踪した。書き置きの一つも残さないまま、ある日突然。それからあんな工場が稼働し始めても、自警団が暴れ始めても、顔を見せてくれることすらなかった」

「だから、総裁の代わりに」

「総裁は、私の育ての親みたいなものなの。私を手塩にかけて育ててくれたんだから、人並みに親心だってあるはず。だから、私が実質的なトップとして、今の混乱を収められれば。総裁は、戻ってきてくれるかもしれない」



「……それは、甘い見立てじゃないか?」



 三笠でも浩次さんでもない、しかし俺たちと親しかったらしい口ぶりで声をかけながら、背の高い男が姿を見せた。その人を視界に認めた瞬間、その人のことだけが、全くもって記憶から抜け落ちていたことに気づいた。自分自身に驚きを隠せないまま、俺はその人の名前を呆然としながらつぶやいた。



「ヤシロ……さん?」

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