17 自警団

「裏鬼門会の『アジト』って……やっぱり怪しい団体なんじゃないか?」

「やっぱりこの呼び方、やめた方がいいのかなぁ」

「俺はまだ、半信半疑だからな……」


 向かったのは公園東口駅。吹田市の境界線を越える時に必ず通る万博記念公園駅の隣で、吹田市ギリギリの位置にある。もちろん自警団に見つかるリスクがあるということで、ヤシロの能力を使ってほとんど瞬間移動で到着した。


「え、ここ……」

「どうしたの? あぁ、廃墟みたいな建物は苦手?」

「こんなところに……いや、アジトを構えるならこういうところの方がいいのか」

「一応今までは、非公式の治安部隊だったからねぇ。場所も地下に作らせてもらったし」


 非常扉とほとんど見分けのつかないドアの先、階段を下りてゆくとアジトはあった。と言っても、最初に非常扉があること以外は、地下にあるおしゃれなバーのような雰囲気だった。俺は安心してほっと息をつく。


「それにしても……あなたたちに警察の代わりが務まるなんて、正気?」

「いろいろ知りたいことがあるだろうし、見せられるものは見せていくね。まずは……」


 そう言って、莱がアジトの奥の小部屋に俺たちを案内した。そこはプラネタリウムのように暗く、天井には星空が浮かび上がっていた。子どもながらにその美しさに感動した昔の記憶が蘇る。


「能力の管理について話したけど、ここがその場所。私と、管理を主に任せているヤシロには、あと何の能力が足りないのか、マップみたいに分かるようになってるの」

「俺たちにはただの星空にしか見えないけど……」

「星空に見えるっていうのが重要なの。一つ一つが能力を表していて、色が青白に近いほど能力としての危険度が高くて、輝きが強いものは未回収とか、私たちが管理できていない能力。一等星以上に輝きの強い星は、時に他の星をかき消してしまう……だから、どんな星でもまんべんなく見える、きれいな夜空を作り出すことが理想。真の意味で能力を上手く活用した社会を実現するためには、適切な管理が必要不可欠なの」

「……そう見ると、青白くて輝きの強い星はまだまだあるのね?」

「うん、残念ながらね。『ミカエリス』を回収できたのは大きいんだけど……」


 莱の言葉に、三笠が黙ってうつむいた。薫子かおるこさんは元警察官。他にも同じように能力に取り憑かれ、道を外れてしまった警察官がいてもおかしくない。かつて持っていただろう正義感や良心が、薫子さんのように能力で上書きされ、塗りつぶされていたとしたら。そういう人たちに対峙し続けて、俺たちはいったいいつまで正気を保てるだろうか。


「ヤシロとかかわりを持ってくれたことで、三笠さんと浩次さんの消息もたどれた。あと行方が分かっていない警察官は……1、2、3人だね」


 警察から治安維持の役割を引き継いだ組織らしく、調査書の要領で各警察官の消息がまとめられていた。行方不明の警察官は三人。だがそれ以上に、死亡が確定した警察官がほとんどという事実に驚く。死亡が確認された警察官は、当然ながらそこで調査終了、ということになっていた。


「……先輩も、係長も……こんなに」

「警察官だけが、こういう憂き目に遭っているわけじゃないのよね?」

「ううん。残念だけど、それは警察官に特異的な現象だよ」

「……っ!」

「その人の体力や屈強さと、埋め込まれた後の能力の強さには、ある程度正の相関があることが分かってるの。強い能力を持つと、能力者狩りをしている自警団に狙われる。それで命を落とした警察官が、たくさんいる」

「自警団がどれくらい能力に詳しいのか知らないけど。そんな素人集団にられるほど、警察官はヤワじゃないわよ」

「予告もなく家ごと爆破する連中に、生身で勝てるならその威勢でもいいよ」

「ぐっ……」


 浩次さんが唇を噛んで押し黙った。


「浩次さん、あなたの先輩が自警団に殺されたことは知ってる。昨日まで一緒に笑い合ってた仲間が、次の日には襲撃されて帰らぬ人になる。そのやりきれなさは理解してるつもりだし、私たちも組織を裏切った人たちとして、彼らの落とし前はきちんとつけてあげないといけないと思ってる」

「……組織を裏切った?」

「もともと自警団は、私たち裏鬼門会の一部隊だったの。主に実力行使を担っていて、能力者が死ぬと持っていた能力を回収できること、能力を自ら捧げても命を落とすことを見出したのも彼ら。私たちはあくまで穏便に、能力を回収する方法を模索していたけれど、一番手っ取り早いのは能力者を殺すことだから。その方針に賛同した人たちは、今自警団にいるよ」

「『ミカエリス』も『ガウディ』も、命と引き換えに回収できたってことは。その穏便に回収する方法っていうのは、見つかってないんだよな」

「残念ながら、ね。だから現状は、自警団と一緒にされても私たちは文句を言えない。もともと仲間だったのもあるけど……」


 俺は目の前で自宅を爆破されたあの光景を思い出す。事前に怪しい封筒を寄越してきたとはいえ、あまりにも強引で物騒なやり方だ。俺を殺すにも、路地裏に呼びつけるとか、誘拐するとかいろいろやり方はあるだろうに。


「ん? さっき、予告もなくって、言ったよな」

「当然だよ、今から殺しに行くって人にわざわざ予告状なんて送らないよ。果たし合いじゃないんだし」

「いや、俺は怪しい封筒が来たんだ。確か、」

「『死刑執行宣告』?」

「それだ」

「それは最近彼らが始めたとか、始めてないとかって話だね。もしかしたらそれほど脅威じゃない能力の持ち主には一度投降するように促してる、とか? いやでも、そんなに素直なこと、彼らがしそうにはないし……」

「じゃあやっぱり俺の能力は、大したことないのか」

「かもしれない。周りの人間も、自分自身すらどんな能力なのか分からないなんてパターンは初めてだし……。もしかして、由介さんは『転生者』本人なのかな……」

「『転生者』……俺が?」

「今までずっと工場が動いてたわけだし、『転生者』が『転生者』のまま野放しにされるなんて可能性は、すごく低いはずなんだけど。工場も全くエラーを出さないわけじゃないだろうし、たまたま由介さんみたいなパターンも出てきたりするのかも……」

「……他の世界では使えたかもしれないけれど、少なくともここでは使い物にならない能力を、『転生者』ゆえに持っているのかもしれない、ということ?」

「そう。後から埋め込まれた能力なら人の名前がつくし、埋め込まれた瞬間に能力の名前と性状が分かるはずだから。強い能力を埋め込まれた後に、よっぽど強く頭を打って記憶喪失になっちゃったか、弱い能力だけど転生の時の衝撃でよく覚えていないか、たぶんどっちかかな」

「……ちょっと待って」


 後から埋め込まれた能力には、人の名前が付けられる。その話に、三笠が聞き返した。三笠の能力は、『電磁誘導ファラデー』だ。

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