15 囚われのお姫様
地下工場の最深部は、呆気にとられるほど単純な構造だった。ボクシングのリングほどのサイズの部屋一つしかなく、その中心には確かに椅子に縛りつけられた少女が一人いた。何人もの遺体を短時間で見てしまったせいで、その少女は逆に生きている人間の温かみがあることを触らずに見抜けてしまった。
「よかった。おひい様は無事のようだ」
「お前……」
「ゆっくりと時間をかけて電力を奪い、この異能製造工場を動かす。おそらく拘束を解けば、すぐにでも目を覚ましてくれるはずだ」
眠り姫は椅子の他に、両腕を蜘蛛の糸を束ねたような白い縄で拘束されていた。その先には怪しい液体で満たされた酸素カプセルのような装置がつながっており、さらにその隣のコンピュータには自動でプログラムが入力されていっていた。この少女から何かしらの力を奪われ、それを電力に変換されていると言われれば、確かにそう解釈できる光景だった。ヤシロが縄を力業で引きちぎると、まるで最初から一本一本脆弱な蜘蛛の糸であったかのようにはらはらと床に落ち、あとは椅子にちょこんと座るだけのお人形さんのような少女がそこにいるだけとなった。
少女の外見を一言で言い表すならば、鳥。金色と黄色の狭間のような髪色は全体的にふわふわとボリューム感に溢れており、冬毛に身を包んだ鳥を思わせる。実際にところどころ、鳥の羽と思しきアクセサリーがあしらわれていて、カナリアのような子だ、という感想を抱いた。まだ一言も発していないのに、不思議とその見た目だけで引き込まれる。そこで初めて、ヤシロが少女を「おひい様」と呼んで敬愛する理由が分かった気がした。
「ん……」
ヤシロの言う通り、二分も経たないうちに少女が口をもごもごとさせつつ、ゆっくりと目を開いた。ぎこちなく首を動かし、ヤシロを含めた全員の姿を認識すると、外見の印象に違わぬのんびりした声で語りかけてきた。
「助けてくれたんだねぇ」
「無事でよかった……!」
「ヤシロ、心配しすぎなんだよぉ」
「おひい様が囚われの身である間に、いったいどれほどの命が奪われたか……!」
「それについては、申し訳ないなぁ……由介さん、三笠さん、それから浩次さん。みんなを巻き込んでしまったし……」
少女はすう、はあ、とゆっくり一度深呼吸をし、それから俺の方に向き直った。
「私の名前は、
「……いきなり変な呼び方を提案するのね」
「初見じゃあんまり下の名前だって分からない人に言われたくないなぁ」
「なんですって……!」
「まあまあ……」
三笠が身を乗り出したのを浩次さんが制止する。マイペースというか、自分のペースにいつの間にか周りを巻き込む才があるというか。
「きっと、この街に今起きてることが知りたくて私を助けてくれたんだと思うけど……何から知りたい?」
「……そうね」
この街には異能力が蔓延っている。人を殺し得る能力もたくさんあるし、実際に俺たちは何人もの死を見てきた。治安維持としてまず出てくる警察はその機能をすっかり失い、毎日どこかで誰かが無惨に殺されている。こんな世界を、街を、いったい誰が望んだのか。誰が何を知っているのか。そして拳の上げ方すら分からないまま立ち上がった俺たちは、これからどうすればいいのか。
「……彼があなたを助ける理由があることは、よく分かったわ。どういう組織なのかは分からないけれど、あなた、彼の上司なのでしょう? でも、彼は私たちにもメリットがあるようなニュアンスで話をしていた。その根拠は?」
「それはね……」
おっとりとした口調で言葉を発したその瞬間、彼女が素早い動きでさっきまでつながれていた糸の先、禍々しい装置に向かって手をかざした。今まさに動こうとしていたそれに電撃が放たれ、バチンッ、と音を立てて黒煙を上げた。
「警察の代わりにこの街の治安を維持する組織が、正式に立ち上がる。それがメリット、ってところかな」
「……警察の代わりが務まる組織なんてそうそうないでしょう、戯言を言わないで」
「その組織が、異能力や超常現象に詳しい、それどころかプロ集団だとしたら?」
「……っ!」
「大阪府警はどこまで行っても、一般的な事件事故を扱うプロでしかない。でも、この街においてはそれ以上の能力が求められる。能力とはどこから来たものなのか。どんな能力があるのか。それぞれの能力の弱点は何か……。マニア的に詳しいとか、ほとんど全ての能力を一元的に管理してるとか、そういうのじゃないと、とても対応なんてできない。そう思わない?」
彼女の言うことに間違いはなかった。実際俺たちは、ヤシロに役に立たないと言われたのもそうだが、『ミカエリス』と『ガウディ』に対して後手に回らされていた。ヤシロとの間に、能力者としての実力の他に、能力そのものの知識の差があるだろう。知識量も含めて、実力なのかもしれない。
「……ということは、一元的に管理している能力マニアの組織がある。そう言いたいの?」
「それがまさに、私たち。そして、私がこの工場から解放されて、意識を取り戻した時点で、この街における警察は正式に機能を失った。代わりに、私たちが大手を振って、治安維持に協力できるというわけなの」
警察が機能不全に陥った。その言葉の重みがどれほどのものか、この少女は理解しているのだろうか。ごく普通の15歳であれば即座にそう訊き返していたところだが、彼女であればそれも織り込み済みだと思わせる凄みがあった。
「今この瞬間から、あなたたちも私たちの仲間。ようこそ、”
踏み入れてはいけない領域に足を突っ込んでしまった。そんな感覚に陥ったのは、俺だけではないはずだ。
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