Voltage 1→異能製造工場
1 死刑執行宣告
『死刑執行のお知らせ』
『来たる2024年6月4日、被告人
『この判決が不服と思われる場合は、執行までに最寄りの警察署へ出頭ください』
今日も疲れた会社帰り、ポストに入っていた「親展」と大きく朱書きされた封筒。何事かと思って開けてみれば、そんな内容だった。最近の迷惑DMはここまで進化したのか。
「くだらねえな」
訴えられたくなかったら和解金を振り込めとか、ラッキーなあなたに1000万円当選のご案内とかみたいに、分かりやすく嘘臭い内容だからいいものの。それにしてもいきなり死刑とは何ともたちが悪い。死刑になるようなことをしでかしたなら、その前にとっくに俺は会社に行けなくなっているし、こうして冷蔵庫から飲み物を取って呷ることすらできていない。だまされたとしてどうなるのか、誰がどういう得をするのかはいまいちよく分からないが、とにかく心当たりがないのは事実だ。
「さてと、ゲームゲーム」
そんなくだらないDMのことなどすぐに忘れて、俺はPCの電源を入れる。最近流行りのカジュアルなFPSで、そのゲームを通じて仲良くなった友達と通話しながらやるのが退社後の日課になっていた。何とかその日の勝率を6割弱まで持っていき、いつもよりちょっと遅いくらいにベッドに入った頃には、死刑執行と銘打たれた日が三日後であることすら、記憶から薄れていた。
***
「しっかし、この街も変わったよなあ」
「いきなりなんですか」
「仁方君もそう思うだろ」
「自分、この春から来たばっかりなんで……」
「あ、そっか。でもなんか、物騒になったっていうかさ。今じゃ犯罪率も全国トップクラスらしい。昔ってか、ほんの何年か前までそんなことなかったんだよ。少なくとも話題には上らないくらい」
「そうなんですね」
「あとは、物々しい建物がやたら増えた。フィクションでよく出てくる、窓がないビル。息苦しい感じがするんだよ」
「あぁ……それは確かに、自分の地元に比べたらかなり多いかもしれません」
そんなことがあった三日後。新入社員である俺は、教育係をやってくれている四年目の
確かに、ここは俺が想像していたような大阪府吹田市とは違う。梅田や難波の中心部がこんな感じだというのならまだ分かるが、吹田市と言えば、もう少し郊外感があるというか。出ようと思えばすぐ都会に出られる、いい意味での田舎を想像して九州の片田舎から俺は出てきたのだ。田舎育ちの人間の中には上京したい派もいるようだが、俺はそうではなかったらしい。
「だよな。……噂に聞く感じ、僕らみたいな一般人には絶対開示されない、極秘の研究がされてるらしい。あとは地下に研究所があるとか、実は人類総改造計画が裏で進んでるとか」
「そこまでいったら、もう陰謀論じゃないですか?」
「僕もそう思うんだけどな。でも、あながち嘘とも言い切れないような話もあるし」
そういえば、と竹原さんが話題を変えた。たまたま通りかかった自販機で缶コーヒーをおごってくれた。
「最近、身に覚えのない死刑宣告が家に届いたって人、増えてるらしい」
「そうなんですか?」
「なんでも、三日後に執行されるから、不服だとか身に覚えがない場合は出頭しろ、って書いてあるらしい。最近強盗殺人事件がちまちま起こってるの、知ってるか? あれもどうやら、死刑宣告のその話関係らしい」
入社してもう三か月、竹原さんともだいぶ打ち解けてきた。雑談の内容も多岐にわたっていて、芸能ニュースからプライベートで行ってきた旅行の話まで様々。俺と趣味嗜好の傾向が割と違うから、参考になったりためになったりする話は少なくて、聞き流して適当な相槌を打ってしまうことも多い。が、今回の竹原さんの話は聞き流すわけにはいかなかった。話を聞いてふと、俺にもそのお知らせが来ていたのを思い出した。しかも三日後というのが、まさに今日だ。
「そ、それ、他に何かご存知なんですか」
「ん、やけに食いつくな。……うーん、俺が聞いたことあるのは、普通そんな通達は対象者の家に届くはずはないからデマだってこととか、無視した人の家に明らかに警察官じゃない武装をした人間がわんさか来たとか、あとは真面目に出頭した人もそこそこいて、警察も一連の事件が起きていることは把握しているとか。そのあたりだな」
「なるほど……」
「僕の友達は出頭した人しかいないから、何とか無事なんだけど。実際に犠牲になった人もちらほらいるみたいだな」
「犠牲が出てるんですか!? というか……そんなに身近に?」
俺が気になったのは、武装した人間がわんさか家の前に来たという話。つまり竹原さんの話が本当なら、今日俺が帰宅すると同じ状況になっている、ということ。そう考えると、三日前はあんなにくだらないことだと思っていたのに、急にそわそわしてきた。
「物騒な世の中だよ、全く」
「その……お知り合いの方、出頭した後どうなったんですか」
「あぁ、当然警察もそんな死刑宣告を個人宅に送りつけるなんてことはしないから、身柄の保護をして詐欺事件として捜査を進めてるらしい。幸い、死んではないよ」
「な、なるほど」
こんなところで呑気に仕事をしていていいのか。俺はその考えに支配される。しかし時間休を取って早退し、様子を見ることしか俺にはできなかった。
「な、んだ……これ……?」
家の最寄り駅に着く。すでに駅前通りから騒がしかった。が、道ゆく人がみなとどまっているわけではなかった。何事かと気にして通るのだが、スマホで写真を撮影すると興味を失ったのかすうと去ってゆく。数分すらまともにとどまっている人はおらず、目の前に広がる光景に呆然とする俺の方が異常に見えていそうだった。しかし俺はその場で立ち尽くし、感情が全部吹っ飛んだ状態でひたすら鈍い頭を回転させ、状況を理解するのに必死になるしかなかった。――マンションの俺の部屋が爆散し、ごうごうと黒煙を上げていたからだ。
「俺の……俺の、家……?」
「おめえら! マル対だ、見つけたぞ!」
ほどなくして野太い声が聞こえる。声の主は、明らかに俺を見て銃を向ける体格のいい中年の男。ただのサラリーマン、筋トレも大してしていない俺が敵う相手ではないと、一発で分かった。
「はぁっ、はぁっ」
逃げるしかなかった。とても警察のような公共機関の人間とは思えない武装をした男たちが、このあたりの地理には詳しくないことを祈りながら。
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