26 鳩宮家

「大阪府警刑事、鳩宮みのりの親族。合ってるわよね?」

「あらあら。その節は妹が、大変お世話になりました」

「みのりさんを私たちの施設まで運んで、あんな風にして殺したって認識でいい?」

「悪いことは言わないわ。お子様は黙ってなさい。私は今、こちらの大人の方々とお話しているのだから」

「……っ!」


 莱がすぐさま圧力をかけられた。その声色は鋭く、何か一つでも余計なことを言えばその場で刺殺されてもおかしくないと、そう感じてしまうほどの緊張が張り詰める。ここは教団本部。警察が名実ともに機能を失った今、ここで一人や二人殺されたところで、助けてくれる公権力は存在しないと言っていい。


「せっかく私たちに共感いただいたと、思ったのですが。銃口まで向けられてしまっては、穏やかではいられませんね」

「警察官が押しかけてきた時点で、ただの入信でないことくらい、あなたも分かっていたでしょう」

「ええ、もちろん。しかし教えに殉じた私の妹を弔いにいらっしゃったのかと、そう思ったのも本当ですよ?」

「教えに殉じた? 違う、アンタたちが殺したのよ」

「人聞きの悪い。警察官がハナからそんな決めつけをしてよいのですか? そんなことだから、冤罪が絶えないのですよ」

「警察官になってまだ歴の浅かったあの子が、アンタたちの他に誰の恨みを買うっていうのよ」


 互いに一歩も引かなかった。純粋に浩次さんたちの言っていることの意味が分からないといった態度をとる彼女が、途端に恐ろしく見える。その態度が偽りであるということも、見え隠れしている。


「私たちの教えを信じる者たちが、妹に何らかの恨みを持つことなどあり得ませんよ。初代の会長をそのようにそしる者が、教団にのさばるなどあってはならないことですから。即座に追放し、永遠に名を消していただくのがふさわしい」

「初代会長……やっぱりあの子は、関係者どころの騒ぎじゃなかったってことね」

「『聖域なき浄界』は、私と妹が共同で設立した宗教法人ですよ。私が二代目会長を務めています。……それくらいのことは、想定しておられましたよね?」

「じゃああの子は、正体を隠してそれらしく自分の家を捜査してたってわけ?」

「妹が警察官として、どのような功績を残したかは私のあずかり知るところではありませんが。妹は優秀で、教団のためにもよく尽くしてくれましたよ。父を傀儡人形とした兵庫県庁の掌握も、吹田市の能力開発システムの協賛も。今の私たちの根幹をなすものは全て、みのりの功績です」

「それなのに、アンタたちはあの子の死をそんなふうに簡単に片づけるのね」

「会長といえど、その死を特別視するなど思い違いも甚だしい。そんなことは三流の宗教法人がやる悪習ですよ。いまだ救われぬ同志たちと何ら変わらない、ただの人間の死をどうしてそこまで大仰に、腫れ物に触るように扱わねばならないのか。理解に苦しみます。あなたたちだってそうでしょう」

「アンタたち犯罪集団とは、一緒にしないでほしいわね」

「先ほどから言わせておけば、私たちをとかく凶悪なテロリストに仕立て上げたいようですね。警察官という職業は尊ぶべきものと教えられ育ちましたが、ここまで来ればその考えも改めねばなりませんか」


 言い争いのように見えて、拮抗すらしていない。浩次さんの追及をただのらりくらりとかわし、あまつさえ挑発してくる。何がそこまで、自信をつけさせているのか。警察官に踏み込まれた時点で、ほとんど詰みというのが一般人の感覚なのに。


「……アンタ、追い込まれてるのは自分の方だって、自覚はあるわけ?」

「追い込まれている? いったいどこが? もしや、もはや名ばかりとなった警察官数人が和やかに上がり込んできたことを、追い込まれていると世間では表現するのでしょうか」

「挑発するのもいい加減にしなさい……!」

「追い込まれているのはあなたたちの方ですよ」


 瞬間、ばたんと音がして、浩次さんを含む俺たち全員がその場に伏せった。自らの意思ではない。上から凄まじい力がかかって、床に押さえつけられたと表現するのが正しい。その場の誰も一歩も動いていないのに、突然状況が動いた。


「さっき言いましたよ。私たちはこの街の能力開発における最大規模のスポンサーです。この街の発展のためならば、どのような尽力も惜しまない。大いなる協賛の見返りに、あらゆる異能力を操作する権限を持っています。もちろん、異能力を新たに『創り出す』権限もね」

「まさか……異能製造工場」

「莱、せっかく役立たずのあなたを工場で使ってあげようと思ったのに、自ら抜け出してくるなんて。恩を仇で返すとは、まさにこのこと」

「電力源として散々な『使い方』しておいて、よく言うよ。私をいったいなんだと思ってるんだか……!」

「どれだけ素晴らしい能力を異世界から誘致しても、どれだけ有望な能力を開発しても、結局それらを使いこなすのは人間。ならば電力源も人間から取るのが自然というもの。そのまま脱走するなんて企てず、大人しくつながれていれば、あなたの将来は約束されていたというのに」

「教団の好きにされるなんて、まっぴらごめんだよ。……育ての親なんて、全くろくなもんじゃない」

「口を慎みなさい」

「あぁ……っ」


 莱だけがさらに強い力で、床に押さえつけられる。華奢な女の子には酷だ。よっぽど非人道的なことをしている。それなのに、俺たちも同様に床に這いつくばったまま動くことすらできなかった。


「莱は知っているようですが、異能製造工場などと呼ばれているあの場所は、私たちの管理下にあります。素晴らしい能力はみなが使えるよう再分配するというのが、全ての人間が等しく幸福になるための近道。得体の知れぬ能力で人知れず『消される』のが嫌とおっしゃるのなら、わたしたちを何らかの罪に問おうとは思わないことですね」

「……そう言って、私たちを殺す気なんでしょう」

「どうしてそこまで殺気立っておられるのか、分かりかねますが。私はあなたたちに誠実な態度を取っていただけるなら、それ相応の待遇でおもてなしいたしますよ」

「……ここはさっきからずっと、死の臭いがする……あなたがこれまでにいったい何人の人を殺して、どれだけの恨みを買ってきたのか、知る由もないけれど」

「おや。後始末と臭い消しは、入念に行ったつもりなのですが」


 今度はその指先がヤシロの方へ向く。その手が軽く横に振られた瞬間、バキンッとそれなりの太さと硬さがあるものが折れる音がした。一拍遅れてヤシロの想像を絶するようなうめき声が聞こえる。どこか重大な骨を折られた音、らしかった。


「それから、社。私はどちらかというと、あなたの方に憤っています。なぜ死んだはずのあなたが、こんなところに来ているのか。どうして私の前にそうやって、のこのこと姿を見せられるのか。対面した時は腰を抜かすかと思いました」

「……能力開発への資源提供、そしてそれに伴う能力という名の恩恵。その一連の流れは、お前たちの、重要なビジネスだと言っていたな……だがもはやそれは終わりだ。工場は止まり、新たな転生者の流入もなくなった。新規の……能力は手に入らなくなり、じきに研究は行き詰まる。そうすれば、この教団も資金難に陥って運営が滞るだろう」

「そうやってシステマティックに仮定ばかり置くから、予想外の事象に全く適応できなくなるのよ。あなたは私といた頃から、何も変わってない。むしろ頑固になって、余計にたちが悪くなったんじゃないかしら」

「なに……?」

「あなたが莱を連れてうちを出奔したその時に、あの工場を狙われる可能性を考えなかったとでも? 確かに新規流入は見込めない、それはあなたの目論見通りよ。けれど、能力は『リサイクル』できる」

「……っ!」

「工場が安定稼働した期間をある程度取れた時点で、能力開発は成功しているの。あとは弱くて使えない能力であれば引き抜いて、別の能力に生まれ変わらせるのを繰り返せばいいだけ。使い物にならない能力は淘汰され、本当にこの街の発展に必要な能力だけが残ってゆく」

「そうはさせないよ。能力は私たちが回収して、厳正な管理をする。三笠さんの『電磁誘導』は、人を死なせずに能力だけを吸い出せるから」

「あなたが工場から脱走すればそうやって、代替案を出してくると思っていたわ。それも、致命的なね。だからこそ、対策も取ってある」


 次の瞬間、ぱちんと指が鳴らされた。俺たちは床が抜けたかのように一瞬宙に浮かび、すぐにコンクリートの床に着地した。そこは漂う空気からして、教団本部とはまるで異なる場所だった。


「ここは……?」


 指鳴らしひとつで移動させられた俺と三笠、浩次さんと莱の誰もが、そもそもどこに行かされたのかを理解できなかった。


『そこは全ての能力にとっての”墓場”』


 示し合わせたかのように、冷徹な二代目会長の声が響く。


『私たちの教えに背いた人間が蔓延るその場所で、あなたたちのことをきっちりと消し去ってあげます。どのようなむくろが出来上がるのか、今から楽しみですね』


 窓のない、暗い、部屋の広ささえまともに分からない建物。ただ一つ分かったのは、そこに閉じ込められたらしいということだけだった。

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