Voltage 3→聖域なき浄界
27 莱とヤシロ
「……とりあえず、全員無事ではあるみたいね」
ぶつりと二代目会長の声が途絶えて少ししてから、浩次さんがそう切り出した。それがなければさらに沈黙が続いているところだった。浩次さんがいの一番にその沈黙を破ったのは、きっと俺も三笠も思っている通り、黙ったままではいられない事情があるからだ。
「ここは危険だ。脱出する方法を――」
「そんなことより、アンタの口から事情を説明してもらう方が先でしょ。どうせ、ここがどこでどうすれば脱出できるかなんて、当分分かりっこないんだから」
「たとえ俺が、脱出方法を知っていたとしてもか?」
「へえ。何か、アテがあるわけ?」
「どういうわけで俺に突っかかっているのか知らないが。今の俺やおひい様を尋問したところで、大した情報は出てこないぞ。少なくとも、この場を効率的に切り抜けられる方法は、決して出てこない」
浩次さんがヤシロを標的にして、口撃を始める。三笠も声こそ上げなかったが、不満げであることは表情から十分読み取れた。それを見てか、ヤシロが先に話を始めた。
「あの女の言ったことは概ね事実だ。そもそも、俺とおひい様はあの女と関係が深い」
「関係が深い、どころの話じゃないんじゃないの?」
「……鳩宮つぐみは、俺の元妻だ。その妹である鳩宮みのりと関わっていることが分かった時点で、お前たちには目をつけていた」
「最初からそれが目的だったというわけね」
「それも目的の一つだった、という話だ。そしておひい様が養子として、鳩宮家で軟禁されていた過去を持つ以上、おひい様の部下として動く俺は鳩宮つぐみの詮索をしていることを隠す必要があった」
「……ヤシロも、隠し事ができるんだね」
「わざわざ口にしないだけで、おひい様に黙っていることなどまだまだいくらでもある。それはおひい様も同じはずだ」
「それはそうかも。異能製造工場の電源として利用されていたのも、『聖域なき浄界』絡みだってことは言ってなかったからね。それに、ヤシロがすでに人間でないように、私も100%人間とは言い難いし」
「……ちょっと待って。それは聞いてないわよ」
三笠が我慢できないというふうに声を上げた。鳩宮つぐみも言っていない話だ。元夫婦の間柄でさえ、隠していることがまだまだあるらしい。
「つぐみさんの言う能力の『リサイクル』、つまり一度人間に植えつけた能力をもう一度引き抜いて植え直すことで、より強い能力に生まれ変わらせるプロセス。あれは適用する相手が人間で、かつ解釈を変えることで起こる覚醒以外に、強化の方法がない能力であることが前提。私の『
「……それが、あなたが人間でないという証拠だというの?」
「人間でない、までいくとウソになるよ。私はもともと、正真正銘人間として生まれたから。左脳を人工脳に入れ替える手術を受けて、『電位解析』に適応したから。もしも人間の生死の基準が脳にあるというなら、人間としての私はすでに死んでいる、ってこと」
「それを、自分で受け入れたってこと、なのか」
「うん。この件は、つぐみさんも、ヤシロも関係ない。裏鬼門会のナンバー2として、自分で管理できる能力は進んで引き受ける。並の人間には手に余る『電位解析』を誰かに任せず持っておくなら、こうするしかなかった。それが、私の覚悟」
「俺が一度死を受け入れた後、人格と『
能力を扱う、使いこなすのならば、持ち主である人間にもそれ相応の覚悟や責任が伴う。莱もヤシロも、それが言いたいらしかった。
「そうまでして、能力にこだわる理由はなんなんだ。どれだけ犠牲を出しても、誰一人能力そのものをなくそうとは言い出さない……能力の研究を進めれば、そんなにメリットがあるのか?」
「答えは一つ。世界に先立って能力の研究を極めなければ、日本の科学は滅ぶ。転生者というイレギュラーな存在にでも頼らなければ、すでに従来の科学力では後進国に成り下がっていると言い換えてもいい」
「……それが、犠牲を出してもいい理由になるわけ」
「科学に限らない。技術や文明の発展は多かれ少なかれ犠牲を伴う。その犠牲が大量の人間であった時、生き残った人間が過剰に反応する。それだけの話だ」
鳩宮さん――地下でその最期に立ち会った、鳩宮みのりさんの言葉とほとんど同じだった。俺は正直、能力のことなんてあまり分からない。電磁誘導にしろ、流体力学にしろ、勉強した記憶すらない。得体の知れないものを危険だと察知するのは本能だと思うが、それは果たして知識武装で割り切れるものなのだろうか?
「じゃあ、今この瞬間も能力のせいで人が死んでるのを、指くわえて黙って見てろって言うのか」
「運命によるところもあるからね。私たちがどれだけ奔走しても、救えない命もある」
「それでも、救えなくても……駆けつけて力を貸すのが、俺たちの仕事じゃないのか?」
「勘違いしちゃダメだよ。私たちは正義のヒーローじゃない。ヒーローぶってもいけない。この世界の住人である限り、私たちは無意識のうちに見返りを求めていることになる。命の保証、名誉、あるいはお金。どうあがいても、無償の愛を見知らぬ他人にありったけ捧げられるほどのお人好しにはなれないように、できてるんだよ」
「……っ」
「正義のヒーローになる資格があるのは、別の世界から来た、この世界になんの縁もゆかりもない人だけ。もしそうでないなら、粛々と現実を、目の前で起こったことを受け入れるしかない。もしくは、能力を使わずに素手で立ち向かう気なんだとしたら、最後にヒーローを名乗ったっていいよ」
「……分からない」
どうして人の死をそんなに割り切って考えられるのか。ゲームの中と現実では、人の死の重みがまるで違う。ボタン一つ押せばいくらでもリスポーンできるゲームとは違う。名前と功績が一定期間残る代わりに、現実世界ではその人の存在は永遠に失われる。ゲームの中と同じように考えればいいと言っているわけではないことも分かる。それでも、思考の転換が俺にはどうしてもできなかった。
「……ただ、能力開発の方向性を変えることなら、今からでもできる」
「方向性……?」
「あの女の言う通り、転生者を招き入れ、異世界の能力を集結させ、厳選するフェーズはすでに終わっている。異能製造工場を潰したのも、おひい様を助けられたこと以外に収穫は特にない。だが、さらなる能力厳選――すなわち、『リサイクル』による二次災害は回避できる。その方法こそが、俺たちのやっている能力の回収と厳正な管理だ」
「……本当にそんなこと、できるのか」
「やってみなければ分からん。だが、これが最も確度の高い方法だ。『聖域なき浄界』がそれで潰れたとして、協賛先の外部機関とやらがどう出てくるかも、賭けだ」
それと、とヤシロがさらに話をつづけた。
「鳩宮つぐみを牽制すること以外にもう一つ、俺がここにいる意味がある」
「ここにいる、意味」
「俺の記憶が正しければ、ここは『聖域なき浄界』配下の兵隊が暮らす宿舎だ。宿舎と言っても、訓練設備や礼拝堂を兼ねているような、想像よりも物騒な場所だが……ここには宿舎長、『聖域なき浄界』のナンバー2がいるはずだ」
「ヤシロ……」
一呼吸おいてから、ヤシロがその名前を口にした。
「名前は鳩宮
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