25 本丸へ
「……ここね」
「本当に大丈夫なのか、いきなり敵の本丸に殴り込みに行くようなもんだろ、これって」
「それが分かってれば、十分だよ」
「何の慰めにもなってねえ……」
昔ながらの施設や家々が並ぶ通りを歩いた先に、比較的新しいコンクリート造りの建物が姿を見せた。宗教法人「聖域なき浄界」の本部だ。正式には正雀本部という名前で、おそらく今後吹田市外に展開することを見越しての命名なのだろう。
そもそも殺人やテロ事件の数々を起こしておきながら即刻お取り潰しにならないのは、この正雀本部以外の活動拠点がいまだ明らかになっていないからだ。正雀という、吹田市の端も端で活動していることは分かっていて、事件現場に残された武器や証拠の数々から、他の活動拠点や武器の保管庫があってしかるべき、というところまでは分かっているのに、それ以上捜査が先に進んでいない。吹田市自体、それほど広くないといっても、昔から大阪市のベッドタウンとしてあちこちでニュータウンが切り拓かれてきた名残があり、建物一つ一つを調べるとなるとキリがない。しかも莱が囚われていた異能製造工場のように、駅の直下に密かに建造された施設となると公式文書の類にも一切記録がないので、警察でもお手上げというわけだ。
「……と、いうことで、警察はずっと手こずってるのよ。恥ずかしい話だけどね」
「あの工場みたいに、地下施設がある可能性って警察は考えてたんですか」
「もちろん可能性はゼロじゃないとは思ってたけど、じゃあどこの地下にあるのかあたりをつけるなんて、日が暮れるような話よ。施設自体が駅の地下にあっても、入口が近くにあるとは限らないしね」
「入口がとてつもなく離れてるような、地下帝国が作られてるかも、って話ですか」
「まあ、そういうことね」
ひとまず俺たちの身分は隠した状態で、先方の企業を訪問する感じを意識しながら本部へと乗り込む。ごく普通の受付を済ませた後、少し奥に入ったところにある応接室にまとめて通された。しばらく待たされて出てきたのは、鳩宮さんにそっくりの女性だった。違いといえば、髪を後ろでまとめていることと、その髪にところどころ青いメッシュが入っていることくらいだった。
「はじめまして。『聖域なき浄界』正雀本部へようこそ」
「あなたは……」
「会長、兼正雀本部長を務めております。鳩宮つぐみ、と申します」
俺たちが見た鳩宮さんの家族、それも姉くらい関係の近い人だとすぐに分かった。やはり鳩宮さんは教団の関係者だった。想定はしていたが、その中でも最悪の部類に入る予想が当たってしまった。反社会的勢力に、警察官が自らかかわっていた、ということになる。
「当教団にご興味があるとのこと。せっかくですから、ホームページには掲載していないお話もさせていただきたく」
「……『幸福の平等化』」
「ええ。一言でまとめるならばおっしゃる通り。しかし幸福をみなに等しく分配するということは、不幸もまた、みなで痛み分けするということ。個人の力ではどうしようもない不幸が、ある日突然降り注ぐこともありますから」
「その不幸が誰にでも降ってくる可能性がある。だから、不幸も分配すると」
「おっしゃる通り。そして、人によって価値観が異なれば、何を不幸と感じるかも変わってくる。だから、時に明け透けなほどに、対話によって自己開示することを私たちは勧めています」
「自己分析だけでなく、自己開示を?」
「ええ。開示するものの中にも、外から見て簡単に分かるものと、そうでないものがあります。私たちがそれぞれ、『アウタースケール』、『インナースケール』と呼んでいるものです」
「『インナースケール』……本当にごくごくプライベートな部分まで、あなたたちは開示すると言っているのですか」
「そうしなければ、不幸の本質をつかむことは叶いません。当の本人でさえ、自身が何をもって不幸であると感じているのか、勘違いしてしまっているケースも散見されますから」
純粋な気持ちで話を聞いていれば、『聖域なき浄界』の活動はカウンセラーそのものだ。本人ですら解決が難しくなってしまった人生の問題を、寄り添って一緒に考えることで照らし出し、少しでも状態を上向かせる。その行為が光の側面を持っていれば心の拠り所になるし、闇そのものであれば依存先になってしまう。そして本当にカウンセラーのような活動をしているだけなのであれば、多くの人の心の拠り所になっているはず。
「……そして、自身の不幸の正体を暴くことができれば、次に気を強く保つ訓練を重ねます。核心の部分に大きな不幸があれば、それに引き寄せられて小さな、取るに足らない不幸まで寄ってきてしまうもの。そうした小石のような不幸に、まずは悩まされないための気持ちの持ち方を学ぶのです」
「まずはポジティブシンキングから、というわけね」
「代弁していただけて、大変ありがたいです。その通り。無理をして明るく振る舞う必要はない。しかし小さなことでもくよくよしていては、何気ない日常生活にも影響が及びます。日常のほんのささいなことから、どのように思考法を柔軟にしてゆくか。それを、先達の本から一緒に勉強していくプログラムを組んでいます」
最初に人数分のお茶を出してくれたが、その後は基本立ったままずっとしゃべりかけてきていた。もっともらしい言葉を並べられると、よほど確立された持論がない限り、そんなものなのかと納得してしまう。その話が客観的に正しいか正しくないかは関係ない。これが宗教のリーダーなのかと、俺は圧倒されていた。
しかし一通り話し終わったタイミングで、すたすたと彼女が歩き、応接室の扉のカギをがちゃりと締める。彼女の持つ雰囲気が一瞬で豹変したのを感じ取る。一気に心臓が激しく暴れ始めた。
「……さて。建前はここまでとしましょうか。警察の方、ですよね? お名前は把握しています」
三笠と浩次さんがすかさず、携行していた拳銃を構えた。銃口を向けられても彼女は微動だにせず、落ち着き払っていた。
「ちょうど、警察の方とお話したいことはたくさんあったんです。警察の他になぜ
冷や汗が背中を伝うのを、俺は確かに感じた。
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