29 ノーサイド
「教誨師……」
それは死刑執行を前にした囚人が、自らの悪を悔い、死をもって正しい道へと進むにあたって、その道を示す先導者。そう名乗れる根拠はどこにもないというのに、そううそぶくだけの風格は確かにそこにあった。
「ここはボクの庭だ。道を踏み外した信者たちは、みなこの『宿舎』に行き着く。といっても、あの人に付き従って敬虔な信者を続けるのか、あるいはここでただひたすらに死を待つのか、どちらが幸せかは人によるだろうけどね」
「ひたすらに死を待つって……お前が、殺してるだけじゃないのか」
「よく分かったね。そろそろ、アナタも『死のにおい』とやらを感じ取れるようになってきたかな?」
「どういうことだ」
「ある程度の期間一緒にいた人の能力は、若干ではあるけど伝染するようにできている。ボクにとっては、ここが『死のにおい』で満ちた場所であるとアナタたちに認識してもらった方が、話が早いと思ってね」
確かに、それとなく分かる。生と死、その雰囲気をそれとなく感じ取る力は、もはや三笠の専売特許ではない。どれだけの人がここで苦しみ、死んでいったのか。ここは宿舎ではない。強制収容所なのだ。
「初めに言っておくけど、ボクには勝てないよ。ボクか、あるいはあの人を倒せば『聖域なき浄界』は崩壊し、能力開発が滞ると思っているかもしれないけど、それでは何の解決にもならない。それより先に、裏鬼門会がお取り潰しになる可能性の方が高いね」
「私は裏鬼門会の副総裁だよ。そうやすやすとは、潰させない」
「年端も行かない女の子一人ではどうにもならない、政治的な力が働くとしても?」
「……っ」
「能力開発を滞らせることはできないけど、滞らせようとしたっていう履歴は残る。その影響がどんなものか想像できないほど、キミが愚かだとは思わないけどね」
「何が、目的なの。蓬」
「それはこっちから問いたかったな。キミたちこそ、何のために能力を集めて回ってるのかな。集めたところで、それらを使いこなせるようになるわけでもないのに」
「それは、能力の適切な管理のために……」
「裏鬼門会の活動理念はそうかもしれないけど、玖珂莱という、個人の目的は?」
「……」
飄々としていて、しかし核心をついてくる。能力を集めた先に、何があるのか?莱は総裁を探している、やがて大部分の能力を手中に収め管理できるようになれば、総裁につながる手がかりが得られるかもしれないと言っていたが、本当にそうなのだろうか。
「いざ聞かれると分からない。総裁にもう一度会いたいだなんて目的も、結局裏鬼門会の目的だからだ。トップ不在の組織はそう長くは続かない。そうなるように仕向けたのは、他ならぬボクだ」
「アンタが……?」
「種明かしをしよう。ボクの能力は『
ふわり、と俺の体が浮き上がるような感覚に陥った。抗うとか受け入れるとか、そういう次元にない感覚で、気づけば従っているふうだった。そして次の瞬間には、俺は蓬の隣に立っていた。
「どういう、こと」
「放っておいてもいずれ命を落とすキミたちの前に、わざわざボクが現れた理由は二つある。一つは、社、ここで確実にアナタを葬り去るため。そしてもう一つは、仁方由介、キミを味方につけるためだ」
よろしく、と蓬が手を差し出してくる。警戒して俺は手を出さなかったが、にこりと微笑んだ蓬が自ら俺の手を握ってきた。温かいのに冷たい、二つの矛盾する感覚が同時に走り抜けた。やはり蓬は何か、人間とは違う生き物なのだと感じさせてくる。
「仁方クンを味方に……? いったい、」
「まあまあ。時間はたっぷりあるんだし、ボクの話を聞くのも悪くないんじゃない? ボクがここで少々時間を食ったって、能力研究は滞りなく進み続けるし、『聖域なき浄界』はその勢力を拡大し続ける。まあつまり、ボクのために時間を使っても何の意味もないってことなんだけど」
「……けれど、ここから脱出しなければ話は始まらない。そのためには、あなたを倒さなければ」
「それはできないよ。仁方由介は今この瞬間から、ボクの手駒になった。それがどれだけ恐ろしいことか、
「やめろ、それは……!」
「大丈夫だよ。すぐに暴走させたりはしない。社、まずはアナタの息の根を止める方が先だ」
そう言いながら、蓬が手のひらからまばゆい光線を莱に向かってぶつけた。間一髪で莱が避けたが、わずかに髪が焼き切れ、少し焦げたにおいがした。
「それは……
「敵とみなすか味方に引き入れるか、その対象は人間だけじゃない。能力も便利で使いたいと思ったものは取り入れるし、不便で使い物にならないと思ったものは『リサイクル』に回す。それは物の使い方として、正しいはずだよ」
「能力の複数所持ができるってこと……?」
「それも、キミたちがボクに勝てないって言った理由。これでキミたちは、ボクがいったいどれだけの数の武器を持っているのか、分からなくなったはずだ。普通一つしか持てないはずの能力を、少なくとも複数持てることが分かったんだからね。そして、」
続けざまに蓬が電撃を放つ。今度はその電撃が莱の体へ吸い寄せられ、まともに食らった莱が弾き飛ばされた。
「ぐ……っ」
「莱、キミの左脳……入れ替えた方の脳味噌には、社の人格や記憶を保存したチップが埋まっている。それを破壊すれば、キミは思い描く理想の社を復元できなくなり、この世から消え去ることになる。おぼろげな記憶をもとに復元したところで、そのまがい物が一番許せないのは、他ならぬキミ自身のはずだからね。キミのプライドが、なあなあで社を創り出すことを許さない」
「私がそこまで、頑固な人間に見える?」
「ボクはキミのことを、一番よく理解しているはずだよ。キミは足の折れた社を何とかして歩ける状態にしないといけないということも、考えている」
「……っ!」
「あの人に手伝ってもらった格好になるのは癪だけど、まあ恩を売っておくのも悪くない。あの人よりも、ここでキミたちを無力化させる方が先だ」
こつ、こつと二人分の足音が蓬の背後から響く。それが蓬の味方であることはもはや明白だった。
「この二人を倒せたら、いろいろ考えてあげるよ。鳩宮つぐみが邪魔だってことは、ボクたちの共通認識だしね」
リバース=システム 奈良ひさぎ @RyotoNara
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