11 工場潜入

「仁方クン、来たのね……って、三笠、アンタも?」

「……なに、来たら悪い?」

「なんでアンタはいっつもそう感じ悪いのよ、アタシは歓迎してるのよ? アンタがやる気を出してくれてるんだから」

「やる気というか……面倒事に巻き込まれるのが、嫌なだけ」

「それで言えば、面倒事がなくなるかもしれないわよ? ほら」


 爆発のあった場所に到着すると、急に現れた俺たちに浩次さんが驚きつつ近づいてきた。浩次さんの指差した先には、爆心地と思わしき北千里駅の跡があった。辛うじて改札のあった場所がわかる程度の木っ端みじんぶりで、ぱっと見れば駅かどうかの判別も怪しいほど。だがそれ以上に奇妙なことに、駅の地下がぽっかりと空いており、施設らしきものが奥に広がっていた。


「これが鳩宮の言ってた、地下施設ってやつじゃないの?」

「いかにも。ここが吹田市の地下に広がる『異能製造工場』、その北端だ」

「なんで知ってるんだ」

「俺もここには縁がある。いろいろあってな」

「そのいろいろが知りたいんだけど……」

「いずれ分かる。囚われのおひい様を救い出せば、すぐにでもな」


 ずかずかと遠慮なく入り込もうとするヤシロを、俺は慌てて引き止めた。


「ちょ、ちょっと」

「どうした?」

「なんでそんな、ためらいなく行けるんだ」

「むしろためらいなく行かずしてどうする? お前たちの目的が異能製造工場の停止だとすれば、今突入せねば叶わんぞ」

「いや……そうかもしれないけど」

「どのみちお前たちには大してできることはないし、俺についてくればいい。俺の目的はあくまでおひい様の救出で、工場を止めるというのは副次的な効果であるに過ぎない。その手柄にもさして興味はないし、心配せずともお前たちにくれてやる」

「それは……ありがたいのか……?」


 地上からは、その入口はただのマンホールか用水路のフタにしか見えなかったのだろうが、そこが爆破されたことでぽっかりと穴が開き、地下へ続く階段が見えていた。ヤシロの後ろからそろそろと、俺たちは入ってゆく。いったん中に入ってしまえば、荒らされたような形跡はところどころあるものの、天井の低い、昭和時代に作られたテナントビルのような内装で、そこまで異質さは感じなかった。


「ここは地下三層構造だ。最下層に頑丈に守られた形で、おひい様は囚われている」

「……なあ」

「なんだ」

「どうしてそこまで分かってて、俺たち抜きで突撃しなかったんだ? 俺たちを巻き込む必要はあったのか? 役に立たない能力持ちばかり、ってディスってたのに」

「お前たちは、ここの存在やこれから俺たちが行おうとしていることを知っておかねばならない。殊に、比較的正気な警察官にはな」

「比較的? 言葉が余計よ」

「人の死を大して悼むこともできん女のどこが至極真っ当と言える?」

「……」

「そういうことだ。もっと精神状態のまともな人間がいればそちらを選んでいる。他は皆死んでいるか、精神を侵されているかのいずれかだ。とはいえ、この時世に精神を侵されるというのは、それほど不思議なことではないが」

「いったい……何が起きてるっていうの」

「自警団も手当たり次第一般人を狙っているわけではない。お前が爆殺未遂に遭ったのにも、理由があるはずだ」

「本当かよ」

「フィクションのように、危機的状況をいとも簡単にひっくり返せるような能力の所持者であることを、祈るばかりだがな」


 それに、とヤシロは続けて語った。


「自警団に先にこの工場の存在を教えておけば、勝手に奴らが突入し、戦力を自ら削いでくれる。これから工場の警備に出くわすとすれば、それは最新鋭の能力を持ち合わせた人間だ。ある程度人柱になってもらった方が、こちらとしては都合がいい」

「人柱って……自警団なら死んでもいいって、そう言いたいのか」

「能力狩りのために素人を家ごと爆殺する連中に、真っ当らしき倫理を持ち出しても仕方ない。違うか?」

「……」

「早速、現れたな」

「なっ……!?」


 どこまで続いているのかも見えないほど長く、薄暗い廊下。何もなかった廊下を進んでゆくにつれ、だんだんとがれきが目立ち始めた。その終着点と言わんばかりに、自警団の服を着た遺体が二つ転がっていた。その姿を見て、俺は驚く。人の形を保っているのに、顔がまるでなくなってしまっていた。つぶれているのではなく、ドロドロに溶けている。いくらかタイムラグがあった後、俺は猛烈な吐き気を催した。


「死臭がしないのがまだ救いか」

「こ、こんな……」

「お前たちは下がっておけ。どうせこの工場も目的を果たせばお取り潰しだ。いくらでも吐いて構わん」


 我慢できなかった。俺にはどうすることもできなかったとはいえ、目の前で二人が確かに死んだのだ。しかも、常識からかけ離れた死に方で。俺は胃の中が空っぽになるまで吐き、その場にへたり込んだ。


「一般人の仁方クンに耐性があるわけがないわよね……カレの言う通り、仁方クンは下がってた方がいいわ」

「お前もいようがいまいが変わらん。変装や顔を変える能力では、到底太刀打ちできん」

「ぐっ……それはそうだけど……」


 俺は這いつくばりながらなおもヤシロに合わせて前に進もうとしたが、限界だった。浩次さんに抱きかかえられた状態で周りを見るしかなかった。


「……こんな未知の能力が、本当にうじゃうじゃいるというの」

「ここで死んだ自警団も、何かしらの能力を持っていたことだろう。たまたまもっと強力な能力が、敵に分配・・されていただけの話だ」

「分配……?」

「ん?」


 なんだそんなことも知らないのか、と言いたげにヤシロが目線をこちらに向ける。


「この街の人間に割り当てられる能力はランダムではない。全て、なるべくしてなっている。攻撃的な能力を持ち合わせていたとしても、それは必然だ」

「アタシは、顔を変える能力に適性がある。そういう選ばれ方をしてるってこと?」

「惜しい回答だ。より正しくは――」


 その時だった。コツコツコツとヒールのような足音が響き、俺たちの目の前にパンツスーツ姿の女性が現れた。かと思うと、次の瞬間に指先から粘性のある液体を閃光のように放ってきた。浩次さんの鍛えられたしなやかな肉体のおかげで、俺たちはすんでのところで被液せずに済んだ。


「なんだ?」

「立ち去りなさい、今すぐに……!」


 女性が顔を上げる。それを見て、三笠が息をのみ、浩次さんがごくりと生唾を飲んだ。先に言葉を発したのは浩次さんの方だった。


足守あしもり……っ!」




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