日曜日の鯛焼き

「八神くんも精が出るわね」


 ホビーショップ天宮に入るなり、もうすっかり顔なじみになってるバイトの女子大生、ユキさんが声をかけてくれる。

 綺麗なお姉さん慣れしてない俺は、若干ビビってしまってろくな挨拶も返せないのだが、今日は強力な援護弾があるのだ。


「たまには何か、差し入れを持って行けって親父に言われて……鯛焼き買ってきたんだけど、ユキさん、食べる?」

「おっ、気が効くね。一個ちょうだい! あ、鈴乃屋さんのだ。ここの鯛焼き美味しいんだよね」


 袋を見て、一発で見分けるあたりはさすがです。

 地元ではお馴染みの老舗だから、知る人ぞ知る店とはいえ、女子の情報網は凄いな。

 地元の人じゃなくて、大学に通う為にこっちに越してきたはずなのに。


「おおっ……まだほっかほかだ」


 ニコニコしながら、バックヤードに身を翻す。

 カウンターで飲食するような、無作法はしない人です。

 サマーニットのほっそりした背中に、ちょっとドキドキしてしまう。

 つばさちゃんといい、ADトルーパーを始めたら、急に綺麗な女性とお知り合いになる機会が増えました! なんて言うと、変な雑誌の広告みたいだけど、実にその通りだ。


「ごちそうさま。これ、お返しだよ」


 満面の笑みとともに、掌にゲームキャラクターのグミを二個乗せてくれた。

 こうみえて、ユキさんはゲーマーなんだよね。


「これこら、君の本命は地下にいるでしょ。温かい内に持って行ってあげなさい」

「ち、違うって! つばさちゃんとは、そう言うんじゃなくて……」

「誰も、つばさちゃんとは言ってないよ?」

「……ったく!」

「頑張るんだよ、少年」


 冷やかしの笑みから逃れるように、早足で地下への階段を降りる。

 そうでなくても、毎日のように顔を突き合わせてトルーパーの調整をしているんだし、ふと意識してしまうことも無いとはいえない。

 そもそも、俺の人生でこんなに親しく、同世代の女子と話したことなんて無いぞ。

 ラノベや漫画で良くある「幼馴染の女子」なんて、想像上の生き物だと思ってるし、帰宅部を決め込んでるから男子の友達付き合いも限定的だ。

 何かに熱中すると世界が変わると聞くけど、こういう意味じゃないと思う……。


 実際に、天宮つばさは可愛い女の子だ。惹かれていないと言ったら、嘘になる。

 とはいえ、一つ年上だし……。あっちは男友達が多いし……。


 地下に降りると、我がお姫様はモニターの中で縦横無尽に暴れ回っていた。

 日曜日のお昼前とあって、【トルーパーアリーナ】は、ほぼ満員。

 天宮つばさの駆るショッキングピンクに白とグリーンをアクセントカラーにしたトルーパー、レパード改がメインモニターを疾走してる。

 時々やってるんだよね。無料で挑戦者を募っての、つばさちゃんとの対戦サービス。

 ある程度の腕があれば、ジュニアの全国トップレベルの彼女とのバトルは勉強になる。そうでないプレイヤーは、憧れのお姉さんに遊んでもらえたら、満足。

 みんな、自分のプレイを中断してモニターに見入っている。


 天宮つばさの戦い方は、ただひたすら格好良い。

 高速型のレパード改の極限までスピードを上げて、フィールド狭しと駆け回る。

 そうしながら、擦れ違いざまの一瞬で相手に大ダメージを与えたり、動き回りながら、いつの間に照準を合わせているのか、長距離狙撃型のビームライフルでスナイプしたりもする。

 とにかく、派手で華やかなプレイスタイルは、つばさちゃんに似合ってる。


「行くぞ、行くぞぉっ!」


 モニターを見ながら、子供たちが声を上げる。

 ビームを躱しながら駆けるピンクのレパードが、ギュンと進路を変えた。

 相手の青いタルタロスは、プラズマソードを抜いてカウンターを狙い、待ち構えている。

 ここぞというタイミングでソードを振り抜く! が、軽くブレーキングしてタイミングをずらしたレパードの、目の前の空間を切り裂いただけだ。

 そのまま懐に飛び込んだレパードが、コクピット部にソードを突き立ててゲームオーバー!

 コクピットブースから降りたつばさちゃんが、ガッツポーズで声援に応えてる。


「さすがに疲れたから、今日はここまで! あとは、みんなで腕を磨いて」


 ギャラリーとハイタッチをしながら、カウンターに戻ってくる。

 俺と目が合って、急に華やいだ笑顔になってくれるのが嬉しい。


「さすがだね。あんな決め方もあるんだ」

「バカ正直に突っ込むだけじゃあ、カウンターの餌食だよ」


 ペットボトルのお茶をグイと飲んで、ウインク。汗ばんだ白い喉が、妙に艶めかしい。

 熱くなりかけた頬をごまかすように、鯛焼きの袋を見せた。


「親父に、たまには差し入れくらいしてやれと言われて買ってきたんだけど、食べる?」

「おおっ、解ってるなぁ。鈴乃屋の鯛焼き! まだお昼前だから、ちょうどいいや。今日はここでなく、奥で話をしようよ」

「うん、まかせる」


 と、何ともなしに応えたのだけど、焦ったのはそれからだ。

 俺から奪った鯛焼きを抱えて、つばさちゃんはトントンと階段を上がっていく。もちろん、管理役のバイト君に一匹、渡してるよ。

 ニマニマと眺めるユキさんのカウンターの横を通り、奥に入ると……エレベーターに乗る。

 最上階って、天宮家の住居じゃないか!


「……お邪魔します」

「ママァ、八神くんに鯛焼き貰ったから、リビングに置くよ」

「あら、ご馳走様」


 キッチンの方から、柔らかな声が弾む。

 まだ見ぬつばさちゃんのお母さん(父親がアレだから、きっと美人)の声。

 幼い頃の記憶が微かに蘇り、少し胸がキュンとなる。母親のいる暮らしか……。

 そんな感慨も知らない、早足の後ろ姿を追いかけて開かれたドアの向こうに入る。女の子の……つばさちゃんの暮らす部屋だ。

 いつものつばさちゃんの香りが、部屋中に満ちている。

 インテリアは木目とコットンの女の子らしさなのだけど、ぬいぐるみだらけのベッド側と、パソコンやトルーパー関係のものが積み上げられた机側で、イメージのギャップが激しすぎる。……確かに、つばさちゃんの部屋だ。

 小さな冷蔵庫からペットボトルを出して、テーブルに二つ並べる。

 そして、ミネラルウォーターのボトルから、湯沸かしポットに水を注いだ。


「まあ、適当に座ってよ。あまりキョロキョロ見られると恥ずかしいし」


 ブルーと白の縦縞シャツのお嬢さんは、引き出しからカップ麺を取り出して、嬉しそうに包装を破ってる。ひょっとして、これからお昼?


「そうよ。カップ麺好きなのに、ママに知られると良い顔されないからね。こうして、内緒で食べるのが最高なのよ。八神くんはお行儀良いから、ここに来る前にお昼は済ませてるでしょ?」


 お見通しだけど、普通はそうするよ。

 粉スープを入れる前に茶漉しを乗せたけど、それは何なのだろう?


「あはは……ネギとかニラとか玉ねぎとか、香味野菜やネギ類は苦手なの」


 茶漉しにスープを開けて、ポコポコ湧いたお湯を茶漉し越しに注ぐ。

 茶漉しに残った乾燥ネギは、トントンと茶漉しでゴミ箱を叩くようにして中身を捨てる。


「カップ麺のネギなんて、全然ネギっぽくないじゃん」

「うるさいうるさい! 苦手なものは苦手なの! これで美味しく食べられるのだから、余計なことは言わないで」


 紙蓋を押さえるのに、液体スープの小袋と、持ってきた鯛焼きを二個乗せる。

 温め兼用か……。この娘は、意外にズボラなのかも知れない。

 なんだか、拗ねた顔で愚痴りだすし……。


「そんな言い方するってことは、どうせ八神くんは食べ物の好き嫌いは無いでしょ?」

「ウチじゃあ、料理は俺の仕事だったからなぁ。食材どころか、料理したものの美味い不味い含めて、何でも食わなきゃ駄目だったから」

「聞くと壮絶なんだけど、見た目だと八神くんは本当に良い子って感じだもんなぁ」

「それはつばさちゃんの方だろ? 優しい両親に育てられた天真爛漫な女の子って感じで」

「あらあら、そんな大した娘じゃないわよ」


 急に話に加わった声に驚いて振り返る。

 つばさちゃんをそのまま大人にしたような女性が、お皿に載せたお煎餅を持って笑ってた。

「ママ! ノックぐらいしてよ! それに何で、そんなにそっとドアを開けるかな?」

「年頃の娘を持つとね、親としては気を使うの」


 やはり、つばさちゃんのお母さんだ、

 ドギマギしながら会釈する。


「気を使うと言うよりは、興味津々に見えるけど?」

「少しは色気のある話をしてるかと思えば、初めて男の子を部屋に上げておいて、カップ麺だもんね……。可愛らしく産んだつもりなのに、何でこう雑な娘に育ったのかしら」

「うるさいなぁ、邪魔だから、早く出て行ってよ!」

「はいはい。八神くん……ガサツな娘だけど、仲良くしてあげてね。あと……たぶん四年半くらいしたら、少しは女の子らしくなると思うから」

「そのやたら具体的な年数で言うのは、やめてってば……」


 母親は台風のように場を引っ掻き回して、ドアの外に消えた。

 一呼吸置いてから、改めてドアの外で耳を欹てていないかチェックする娘さんは、充分に女の子してると思う。


(そうか……。この部屋に入れてもらった男子は、俺が初めてなんだ……。)


 つばさママからの思わぬ情報に、つい頬が緩んでしまう。

 幸せそうにカップ麺を啜りながらも、何か勘違いしてるお嬢さんは、拗ねたような上目遣いで睨んでるし。


「もう……どうせガサツですよ」

「そんな事無いって、あまり女の子女の子されたら、逆に困っちゃうよ。男二人の家で育ってるから、女子に免疫ないし」

「どうだか……他の中学のことはわからないからなぁ」

「自分こそ、トルーパーの有名選手で、ファンが一杯いるじゃないか」

「ファンはファン、友達は友達よ。距離はちゃんと取らないと面倒だから」

「そうなんだ……」

「……そうよ」


 そうであるなら、こうしてつばさちゃんの部屋に招かれてる俺は、友達の範疇に入れてもらえてるみたいだ。

 それだけのことが、何だかとても嬉しい。

 なんとなく滲み出した微妙な空気を振り払うように、つばさちゃんが大きく、わざとらしい咳払いをした。


「とにかく! 八神くんに足りないのは試合の経験値と引き出し。実戦だけだと偏っちゃうから、試合のビデオなんかもしっかり見て欲しいのよ」


 そう言ってギクシャクと立ち上がり、机の上からノートパソコンを持ってくる。

 ちょっとファンシーなゲームキャラの壁紙のデスクトップに、わざわざ『特訓用』と名付けられたフォルダーがあり、そこを開く。

 ずらりと動画のアイコンが並んでる。


「それじゃあ、私が解説するから順番に見ていこうか」


 クリックした動画の再生が始まる。

 映し出されるのは、もちろんトルーパーバトルだ。

 色気もへったくれもないけど、画面を見るために並んで座る。


「こいつが大原彩花おおはら さいか。言わずと知れた私の全国区のライバルね。受け身に回って、カウンターで勝負するタイプだから、八神くんには一番参考になると思うわ」


 画面に映るのは、長い黒髪を眉の上で切り揃えた、色の白い人形のようなたおやかな女の子だ。とてもトルーパーなんてするようには見えない。

 白いコットンのワンピースを着せて、田舎道を歩いているのが似合いそう。

 誰かさんとは、正反対の清楚系美少女だ。

 ちょっと見惚れていたら、横から睨まれた。


「こら! 参考にするのはルックスじゃなくてプレイよ! まったく、男子はこのタイプに弱すぎるのよね。アイツもそれを承知で武器にしてるし……」


 何やら、いろいろ含むところがありそうだ。

 それでもやはり、好敵手と認めてるのだろう。試合が始まれば、その戦略をいかにも楽しそうに解説してくれる。

 タイミングのずらし方。ずらされたタイミングの合わせ方。

 一つの試合でも、つばさちゃんの解説があると、その多彩さに驚かされる。

 一人で観ていたんじゃ、絶対見過ごしちゃう些細なテクニック。要所要所でそれが、相手を追い詰めていくのだ。


 解説に熱が入ってくると、時々触れていた肩がギュッと押し当てられて……。

 その肌の柔らかさに、ドギマギしてしまう。

 いつもの甘い香りでなく、今はとんこつラーメンの匂いがしていて、本当に助かった。

 日が暮れるまでずっと、そのままでいられたのだから。

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