舞姫の本気
「やばいやばい、これは……どうしよう?」
手品師が左手を上げたら右手を見ろ。なんて、ひねくれ者の鉄則があるけど、こいつは当にそうだな。
盾のはずの扇に幻惑されてしまって、剣の出処が解らない。
『舞姫』とは良く言ったものだ。
まあ、悠然と歩を進め、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
レールガンに、ワイヤーフック、ビームピストルの装備を見れば、普通は接近戦を挑んでくるか。
簡易的な円盾のバックラーは付けていても、接近戦の装備はそれだけだ。
「アレを捕まえなければ、ダメってことか……」
元々、ビームピストルは近接用として使っているんだ。映画のマネして、ガンカタっぽいことでも試してみるか?
今度はこちらからも、間合いを詰めてやる。
突き出したビームピストルの銃口は、きっちり扇で塞がれる。貫きに来たソードの手首をしっかり見極めて、その勢いごと、躰を回してやる。ガバメントは抗うこと無く、前方一回転して着地。逆に俺の足を払いに来る。
まだ掴んだままの手首を引いて、横倒しにしようとするが、綺麗に側転で躱された。
会場のどよめきが凄い。
トルーパーの投げ技などという、滅多に見ないものが繰り出されていることと、それを華麗に受け流している大原彩花への称賛だろう。
妹は薙刀をやっているようだけど、これは姉の方も絶対に何か武術をやっている。
そうでなければ、こんなに自然に躱せやしない。
それでいて、ピストルに場をひっくり返す力があることを解っているから、きっちり銃身を扇で防いでいくことを忘れない。
今の状況は互いの右手を左手を繋いだまま、ダンスを踊っているようなものだ。
片手を砂いだまま、ソードで斬り払おうとする彩花の手首を、何とか掴もうとする俺。
更に互いの足元を払おうとし合っているものだから、ますますダンスに似てくる。
こっちにはギリギリの接近戦だというのに!
「何とかもう一度、間合いが取れないか……」
どうせこの距離じゃ、利き腕など関係ない。
撃てれば当たるだろうピストルを、左手に持ち替えたいんだよなぁ。レールガンもピストルも右手では、俺の攻撃の手はワイヤーフックしかない。この状況で、ワイヤーを活かせる策なんて思いつく筈もなく、一方的に攻め込まれてる。本当にジリ貧だ。
「それなら、いっそのこと……」
力の拮抗した一瞬に、俺は右手からピストルを離した。
抑える扇の、手前から落ちるビームピストル。それを左手に装備するよう指示を出す。
元より、武器の装備は自動で行える仕組みだ。プログラムに実装されたルーチンは、奇跡的な持ち替えも、通常動作で済ませてくれる。
しっかり握ったピストルを、ほぼゼロ距離で撃った。
「それも躱すのかよ!」
利き腕でない分、狙いがあやふやだとは言え、大原彩花はそれすら躱した。ほんの僅かに得られた隙に、闇雲にレールガンを連射する。
その一弾が、バリアントの右腰側面のカバーアーマーを弾き飛ばしたのは、それこそ奇跡と言って良いだろう。
会場のどよめきが聞こえる。
後で聞いた話だが、大原彩花が機体に損傷を受けたのは、天宮つばさ戦以外では初めてのことなのだとか。
だけど、そんな掠った程度のダメージで、いちいち喜んではいられない。
機体とともにプライドを傷つけられた、『舞姫』の猛攻が加速度的に速くなる。もちろんスピードでは、こちらのレパードの方が上なのだが、無駄のない動きが、攻撃のテンポを上げてゆく。
まるでこちらの動きを読んでいるかのように、逃げ道を封じつつ、扇やソードが繰り出されるのだ。みるみる内に、レールガンの砲身がひしゃげ、ビームピストルは手の中から、弾かれた。
華麗な舞のフィニッシュは、俺のコクピットに突き立てられたソードだ。
真っ赤に染まったコクピットブースの中、俺はお手上げだと天を仰いだ。
「……負けちまったか」
相手が相手だとはいえ、決勝に残りたい欲もあった。
俺がコクピットブースを出ると、意外なくらいに大きな拍手が貰えた。どうやら、この試合の決着が予選の最後だったようだ。
背後のトーナメント表を振り返る。
つばさちゃんはもちろん、工藤の奴もなんとか決勝に歩を進めていた。
そして、俺の見ている前で、俺の名前が消えた。
決勝進出者に、大原彩花の名前が加わる。
その本人は、柔らかな笑みを浮かべて対戦モニターの前で待っていた。
「ありがとうございました。やっぱり強いや」
「疲れたわ……予選で、こんな試合させんといて。でも、楽しかったわ」
差し出された白い手を握る。
そして一礼して、ステージを降りた。
その先には、腕組みをして仁王立ちをした元気娘が待っていてくれる。
「ごめん、やっぱ勝てねえ……」
「上出来よ! あの気取り屋のスカート破ってくれちゃって」
「人聞きの悪い事言うなよ!」
たしかに腰のカバーアーマーは、スカートなんて言い方するけどさ。いくら何でも女子のスカートを破いたなんてのは、人聞きが悪すぎるだろ!
当の本人はケラケラと機嫌良く笑いながら、ステージを指差した。
ステージではまだ、大原彩花がインタビューに答えている。
「うちの藤花も大概、くじ運悪すぎると思ってたどなぁ……。もっと悪いのがいたわ。この山を引かなければ、決勝に出てたよ? ルールとはいえ、残念やわ」
それは舞姫様からの、最大級の賛辞だろう。
とはいえ、ルールはルールだ。
俺の中二の夏は、ここで終わった……。
「惜しかったな。あの相手を追い詰めたんだ。くじ運が少し良ければ、決勝も狙えたかもしれないのに……」
「でも、くじを引いたのも俺だから、誰も恨めませんよ」
店長と合流するなり、そう労われた。
残りの三日間は、店長と一緒につばさちゃんの応援だ。ホテルのグレードと食事の質はガクリと落ちるが、そこは敗者の味ということで。
それは良いのだけれど、何故かもう一人着いてきてる。
座敷わらし風味の美少女が……。
「店長? 何で『ぷち』がいるの?」
「その『ぷち』言うのはやめやぁ」
「ああ、彩花ちゃんからも頼まれてね。一人で帰すのは何だから、大会の終わりまで妹さんを預かることにしたんだよ。万が一もあると、つばさ用の部屋も取っていたので、ちょうど良かった」
「お世話になります」
「気にせず、後は観客として大会を楽しもうよ。いろいろ勉強になることも多いから。八神くんもね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます