追いかけっこはどこまでも
学生スポーツの大会には、大番狂わせがつきものだ。それでもトルーパーのジュニア全国大会では、番狂わせなどまず起こらない。
大原彩花と、天宮つばさの二人のヒロインは、相変わらず圧倒的だ。
当たり前のように、共に全勝で最終日まで戦い抜き、最終戦の直接対決に優勝の座を賭ける。
東東京代表の工藤は決勝で振るわず、二勝三敗で日程を終えた。
(それでも、決勝に進めりゃあ、大したもんだよ)
負け惜しみでなく、素直にそう思う。
一段と華やかになり、注目度の高い決勝リーグの場にいたかった。こうして客席から見ていると、痛切にそう感じられる。
隣りで、ギュッと拳を握り締めている、大原藤花ちゃんも同じだろう。
その夢を砕いた本人に、同情されたくはないだろうけど、さ。
優勝決定戦の舞台に、彼女の姉と、我らが元気娘が上がる。
三年連続、三度目。
闘場いっぱいを使って駆け回るピンクのレパードと、じっと足を止めてカウンター狙いの白と紫のグラデーションのバリアント。
一度、二度と、その機体が交差する度にどよめきが起こる。
つばさちゃんの旋回が、その時を告げるカウントダウンのように、長くなったり短くなったりと見る者の緊張を誘う。
「よく一瞬で、あの大原彩花にダメージを入れられるもんだ」
実際に戦ってみて、そう感じられる。ひらひらと舞うように躱す、彼女の見切りはジュニアのレベルじゃないだろう。
「何で? 勢いは変わらんのに、攻撃のリズムを変えられるんや?」
藤花ちゃんの呟きに、なるほどと思ってしまう。
このあたりに、大原姉妹の闘い方の基本があるんだろうな。と思って横顔を見つめていたら、思いっきり睨まれた。
「来年は、負けへんから!」
うん、来年も闘いたいね。できれば決勝リーグの舞台で。
試合は、この時まで隠していた合気の技でバランスを崩され、投げられる形で逃れようとした彩花機を捕らえて離さず、抑え込んでコクピットを貫いた。天宮つばさの勝利で終わった。
☆★☆
「八神くんのおかげだよ。さんざん彩花を投げてくれたから、こいつの逃げ方が予想できたのが大きいからねぇ」
二度目の戴冠。それもライバル撃破のおまけ付きの元気娘は絶好調だ。
海浜幕張駅近くの商業ビルのテナントのカレーショップ。電車の時間待ちの祝勝会がてらに、少し早めの晩御飯だ。
「うるさいなぁ。……ちょっとした油断や」
不満そうにほうれん草カレーを口に運んでいるのは、大原彩花本人。
預けっぱなしの妹を引き取りに来て、そのまま合流している。『なんだかんだ言って、仲が良いからなぁ』と頬を膨らましている藤花ちゃんは、つばさちゃんとともにハンバーグカレー派なのが可笑しい。
ちなみに店長と俺は、カツカレー大盛りです。
「はぁ……ジュニアも今日でお仕舞いやなぁ……」
付け合せの福神漬をつまみながら、彩花がため息。
カレーショップという背景でも絵になる所は、さすがの美少女だねぇ。生成りのシャツワンピースが、白いドレスでないのが不思議なくらいだ。
まあ、同性のつばさちゃんは動じる風もないが。
「何をおセンチぶってるのよ? どうせ高校でもやり合うことになるんだし、舞台がお台場に変わるだけでしょうに」
「それなんだけどなぁ……。つばさ、あんた高校決めてる?」
「おぼろげに、ぼんやり、なんとなく……」
「その反応はまったくということやな……。なぁ、あんたもつくば電子に来ぃへん?」
「つくば電子って……茨城の『つくば電子学院高校』?」
急な誘いに、つばさちゃんも思わず身を乗り出す。
これは初耳だったのだろう? 藤花ちゃんも目を丸くして「姉様、関東に行くん?」と息を呑んでる。
「一応、誘いは来てるけど……。あそこは来年開校の新設校でしょ? 設備は良さそうだけど、彩花はあそこを選ぶの?」
「あんたも来るっていうなら……なぁ。だって、考えてもみぃ? 傲慢言われそうやけど、ジュニアでこの三年、ウチらに誰もかなわんのよ? そんな連中に先輩ヅラされたり、一年生だからとイビられたりしたら適わんわ。……ウチとつばさが揃えば、一年生だけでもいい線いける」
そう言って、大原彩花のキラキラした瞳がこちらに向けられた。
「そして翌年、八神くんでも来てくれたら……それだけでお台場で優勝狙えるって。茨城は層が薄いから、県大会突破は難しくないやろ?」
「あんたらしいわ、彩花……」
ハンバーグカレーを食べきり、未練たらしくスプーンを咥えながら、つばさちゃんが苦笑した。
でも、その目は悪戯っぽく輝いてる。
「悪い提案じゃないわね……。同学年男子をひとり引っ張っておけば、初年度からお台場もあるかも知れないし……何より彩花は敵に回すより、味方にしといた方が心強い」
「男友達はあんたの方が多そうやから、そっちの勧誘は任せるわ」
「こらぁ! 彩花が上目遣いで『一緒に行こな?』とやる方が早いでしょ!」
「そかなぁ? じゃあ、『一緒に行こな?』」
いきなり腕に柔らかいものが擦り付けられて、じっと見つめられる。
やばい! これはヤバすぎる。カレーの匂いが漂ってなければ、一瞬で落ちてたよ!
「離れろ! 八神くんは、こっちで懐柔済みだから! 君も鼻の下を伸ばさない!」
「はいはい……。まあ、八神くんはそのくじ運で、来年も変な枠を引かんことやね。せめて決勝リーグに来ないと、ようスカウトできんわ」
あぁ……天国の感触が遠ざかる。
言葉は辛辣でも、本当にそうだよなぁ。俺のチャンスは、もう来年だけしか無い。
そこで機会を逃したら、自力で受験し、自費で通わなければならない。
美術界に、八神拓郎絵画のブームでも来ない限り、難しすぎる。
ついさっき、ジュニアの全国大会が終わったばかりだというのに、もう次の夢に走り出しているんだからな、この二人は……。
「あったりまえでしょ? 終わったことは終わったこと。クリアするステージは次から次へとあるんだから、立ち止まってる暇なんてあるわけ無いじゃん」
「そやねぇ……高校で終わるわけないし……」
「大学行こうか、プロになろうか……その先に世界もあるしね」
「次のオリンピックから正式種目になるいうし、そっちも狙えそうよ?」
もはや夢ではなく、もっと現実的な野望だ。
マジで俺、これを追いかけなきゃならないのか?
いや。まず、できることから、コツコツと!
つばさちゃん抜きでも、ホビーショップ天宮のチームを運営していけるように、人材発掘をやらないと。
つばさちゃんがいる春までは特に、良い餌になってもらって、あちこちで大会を開いて、千葉の東側に眠っている人材を発掘しないと。
永続するトルーパーチームを作らないと、恩返しができない。
自分の夢を追うのは、その後からでも良い。
問題なのは、自分の夢を追いかけると、いつもその先でケラケラ笑ってる元気娘がいるということだ。
常に自分よりも一歩も二歩も先にいる、この娘を捕まえることができるのか?
追いかけて来ることを期待されているなら、どこまでも追いかけて捕まえるしか無い。
その追いかけっこの舞台がどこまで行き着くのか?
そんなもの、神様に聞いてくれ!
[完]
Another Dimension トルーパー ~君を追いかけて~ ミストーン @lufia
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