舞姫降臨

 メインステージ後方のスクリーンに表示されたトーナメント表から、『大原藤花』の名前が消えた時、会場に大きなどよめきが起こった。

 それは大原姉妹対決を期待していた人のため息かも知れないし、藤花ちゃんがまさか一回戦で消えるなんて、思っていなかった人の驚きかも知れない。

 俺は冷たいミネラルウォーターを煽って、メンソールの効いたフェイシャルシートで顔を拭う。


「あぁ……しんどかった」


 シードのいない山が三試合となる分、シードのいる山は二試合目が休憩になる。

 そんなルールを、今こそありがたいと思えた。

 あんな薄氷を踏むような試合の後すぐになんて、大原彩花と戦える訳がない。

 ましてや、妹の敵討ちに燃えてるんだから、手を抜いてくれやしないだろう。

 トーナメント表に目をやると、神奈川の伊勢が一回戦で消えていた。工藤は何とか勝ち残ったみたいだ。

 ……まあ、今は自分のことだな。


「彩花は、相手によって闘い方を微妙に変えてくるからね。あまり動画で、イメージを固定しない方が良いよ?」


 とは、つばさちゃんの言だ。

 そう言いながら選び出した四戦の動画しか、俺は見ていない。

 なるほど。言われてみれば微妙に違うし、つばさちゃんの解説混じりで見ていると、同じような動作でも、意味していることがまるで違うと思い知らされる。

 同じ様に間合いを詰めているように見えても、相手の移動スペースを削りに行ってる場合もあれば、単純に威圧している時もある。

 おそらく大原彩花の試合を、最も雄弁に語れる解説者の一人である天宮つばさに、じっくりと仕込まれてる幸運を活かせるかどうか。

 そのくらいのハンデを貰っても、貰い過ぎでない相手だからなぁ。

 ましてや、藤花ちゃんとの試合で、すっかり本気にさせちゃってるだけに。


「八神くん、ちょっといいかな?」


 考えに沈んでいた俺は、声をかけられて我に返った。

 このブロックの審判員さん?


「今、次の対戦相手になる大原彩花選手から提案があって、八神くんの意見も確認したいんだが……。次の試合の対戦ステージをランダムではなく、どちらにも有利不利の無いトルーパーコロシアムのステージで闘いたいとのことなのだけれど?」


 本気にもほどがある。

 大原彩花は審判員席の側に立ち、凛とした立ち姿でこちらを見据えている。次の対戦相手でなければ、見惚れてしまうほど綺麗な人だ。


「そうできるのなら、こちらからもお願いします。あの相手にランダムステージを選んだ所で、不利になることはあっても、有利になることなんてありませんから」

「解りました。では、両者合意ということで、次の試合はトルーパーコロシアムで行うこととします」


 審判員さんが頷いて見せると、花のような笑みが返ってくる。

 この選択に、間違いはないはず。

 砂地のステージでスピード差を奪われたり、無重力空間で合気の技を封じられたりするよりは、ずっと良い。

 むしろランダムステージでの不利は、俺の方が負い易いのだ。

 ただし、これで運の善し悪しを理由にできなくなってしまった。

 まったくの同条件。そして、事前にステージを知ることで、戦略が立て易くなるのも、両者同じだ。

 前年度ジュニアの覇者に、同条件勝負を挑まれることを、光栄と思うべきか?

 そこまで見込まれちゃったら、男子の端くれとして、逃げるわけにも行かない!


 名を呼ばれてモニターの前へ。

 静かに、大原彩花も進み出る。凄みのある笑みを浮かべて。


「ようも藤花を泣かしたな……。覚悟しとき」

「格好良いことは言えないけど、やれることをやるだけ……だよ」


 一礼の後、互いにしか聞こえない声で言葉を交わす。

 ビビっていてもしょうがない。これまでだって、戦う相手は皆、自分より経験も実績もある連中ばかりだったじゃないか。

 決勝に残りたいと思ったら、勝つしか無い!


 ここで、両者合意の闘場固定のアナウンスがされ、会場がどよめく。気配が感じられた通りの、舞姫本気モードを確信したのだろう。

 馴染みのある、白と紫のグラデーションという凝ったカラーリングのバリアント2が、闘場に形作られていく。

 ビームライフルと、特徴的なバトルファン……盾と打撃武器を兼ねた戦闘用の扇。そして、プラズマソード。ジュニアクラスでは最も有名なバリアントだろう、『舞姫』大原彩花の愛機だ。

 意識して呼吸を深くする。

 爺ちゃんが言ってた。「呼吸の乱れは気持ちの乱れ」だって。

 相手が相手だ。平常心を無くしたら、一矢すら報いることは出来ないだろう。

 そして、カウントダウンから試合が始まった。


 初撃を警戒して、バーニアを吹かし、斜め上に飛ぶが、初撃はない。

 武器を構えること無く、静々と歩み出るだけだ。


「さて……『舞姫』様は俺をどう見ているのやら……」


 つばさちゃんセレクトの四試合の動画を繰り返し見て、同じような動きでも、微妙にその目的を変えて、相手の利を削る闘い方をすることまでは解っている。

 そう……。解らないのは、対俺にどんな戦略を組んでくるか? の一点だ。

 圧倒的強者相手に、その出方を窺うのは危険過ぎるけど、それを見極めて対処するのが一番の近道だろう、という結論にしかならなかった。

 神経を研ぎ澄ませ、どんな手にも対応できるように身構える。

 バックラーの小さな盾を頼りに、ビームピストルを持って。近接武器なんて、他に何も装備していない機体だ。

 大原彩花が挑んでくるのは、近接戦なのか?

 プラズマソードや、バトルファンの間合いギリギリで、歩みを止める。

 ゆっくりと扇を開いて……あ、『凛』の一文字が書いてある。

 その扇の陰から、斬り上げるようにソードが一閃!


「うわっとぉ!」


 そこはレパードの反応の速さで、仰け反って避ける。

 仰け反るにも限界があるのに、そこにバトルファンを突き込もうとするな!

 バーニアを吹かしたのは機転だが、それが良かった。コクピット部の外装を掠めただけで、滑空して逃れた。

 残身を見るに、更に右のソードで追い打ちをかけようとしてたな。

 追撃に来ようとするのをレールガン連射で、牽制して押し止める。

 本当に抜け目がない上に、二歩三歩先を読んで攻めを組み立ててやがる。

 冷たい汗が、背中を伝って落ちた。

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