舞姫『ぷち』

 開会式が終わって、昼食はバイキング形式なので助かる。


 ……食事の話題ばかりだって?

 仕方ないじゃん。開会式ったって、甲子園の高校球児のような行進をするグラウンドも無いのだから、入場して、座って、二時間も、どこかのおじさんの、ありがたいお話を聞かされるだけなんだからさ。そんなものを描写しても、読んでもらえないだろう?


「八神は、相変わらず、くじ運がとんでもないな……よりによって、大原姉妹連戦とは」

「替わってやろうか? 工藤」

「遠慮する。俺は意地でも決勝に残らないと……進学の推薦がかかってるんだよ」

「だからだろう? 負けるならシードの大原彩花相手の方が、格好がつくじゃん。地味プレイヤー揃いの工藤の山で負けたら、言い訳も出来ないだろう?」


 ローストビーフを取ろうとした、工藤のトングが止まる。

 アハハ、真剣に考えてるよ。


「とは言え、『ぷち』の方に負けたら、もっと悲惨じゃないか?」

「だよ。いくら近畿二位とはいえ、実力不明な上、姉に勝てそうもないから、決勝で力量も測れない。唯一の一年生だし、妹の方に負けると本当にマズい」

「だよなぁ……ま、俺は地道にやるから、八神は頑張れ」

「ついでに工藤も、俺たちの席で飯食わないか?」

「やだよ、あんな怖い戦場……」


 逃げ出しやがった……。根性なしめ。

 俺はチャーハンにとんかつを乗せて、ペペロンチーノスパを添え、カレーを掛けた、トルコライス風に仕上げて席に戻る。

 シンプルに親子丼の大原姉と、ハンバーグとエビフライのミックスというおこちゃまコンビでご満悦なつばさちゃんは、もはや言葉を交わすこと無く、盛大に火花を散らしている。

 今日はお互いの対戦がないのだから、のんびりしてればいいのに……。

 その様子に怯えながらも、大原妹の方はチーズバーグとエッグバーグをお皿に並べて、幸せそうに微笑んでる。

 何故か妹の藤花ちゃんの食の好みは、つばさちゃんの方に近いよね? おこちゃま同士だからなのか?


「あ。そのカツカレーセットいいな!」

「……どーぞどーぞ」


 目敏く、俺の皿のカレーのかかった、とんかつに目をつけた元気娘は、二枚ほど強奪してライスの上に乗せてニコニコする。

 テーブルの空気が凍りついていても、食事は本当に美味しい。

 予選落ちしたら、これが最後になってしまうのが、悲しいぜ。


「八神くんは腹八分目にしておきなよ? 午後には大原姉妹なんて、脂っこいのを連続で平らげなきゃいけないんだから、食べ過ぎると胃もたれするよ?」

「ほんっきで、勝てると思うとる?」


 半目でドスを効かせた大和撫子が、低い声で言い放つ。

 迫力あるなぁ……。

 まったく動じないつばさちゃんも、相当に肝が座ってる。


「勝てるといいな……レベルだけど、楽しい試合になると思ってる」

「ほぅ……」


 今、火花が飛んだ。絶対に飛んだ。

 当の本人を置き去りにして、盛り上がらないで欲しいなぁ。

 つばさちゃんと睨み合ったまま、大原彩花は妹に指示を出す。


「藤花……予定変更。第一試合から、あんた本来の装備でぶちかましたり」

「えっ……でもアレは決勝用で……」

「あんたがアホなくじ引いたから、うちに勝たなきゃ、決勝無理やろ? だったら、出し惜しみして負けるのはアホや……」

「わかった。……全力でやる」


 悔しそうに、藤花ちゃんが俺を睨む。

 そんな目で見るのはやめて、俺が虐めてるみたいじゃんよ。

 火花散らすのは後回しにして、ご飯は美味しく食べようよ?


 昼食を終えると、トーナメントブロック毎に集合となる。

 って、つばさちゃんが抜けただけの大原姉妹と、俺の三人のブロックなんですけど。

 さすがに注目度が高くて、マスコミに囲まれてる。

 もちろん、俺だけ蚊帳の外だけど。

 そこまで露骨に、大原姉妹対決を期待されちゃうと、俺としても面白くはない。大番狂わせ、起こしたくなるよね?

 俺は早めにスポンサー名入りの帽子を被る。そんなに注目されてるなら、良い宣伝になるだろう。大原姉妹の方は、噂の通りに実家の呉服屋の資金で動いているようで、特にスポンサーは必要では無いらしい。羨ましいね。

 午後の部開始のアナウンスがあって、一旦報道陣が下がる。

 審判員に呼ばれ、藤花ちゃんに一礼。そして握手でコクピットブースに入る。

 いつもの通りに操作系の癖を確かめながら、相手の機体を見る。……って、藤花ちゃんの本気ってこれか!

 水色のバリアントの装備が、これまでチェックしていた動画と違う。

 オーソドックスにビームライフルとタワーシールド、プラズマソードだったものが、今日はレールガンにビームナギナタを構えている。

 薙刀なんて、トルーパーで相手にするのは初めてだ。

 久しぶりのランダムステージは……砂漠か。スピードは殺されるな。

 深呼吸。視野をできるだけ広くして、スタートを待つ。

 スタートと同時にレールガンを放たれるのは、地区大会での敗戦を知られているからだろう。もちろんこっちも、予想して避けてはいるけど。

 さすがに『舞姫ぷち』と仇名されるだけあって、姉よろしくゆっくりと前に歩み、カウンターの構えだ。


「格闘に持ち込んでもいいけど……もうちょっとデータが欲しいか」


 遠距離とは言わないが、中くらいの距離を測って狙い撃つ。

 当たるとも思わないが、躱すときの癖でもあれば見つけたいという消極的なもの。上手く見切ってくれること。姉に負けずの華麗さだ。

 もう一歩踏み込もうとすると、薙刀が来る。

 間合いが長いな……こんな物を使う奴がいるなんて。

 薙刀の嫌なのは、足元を薙いで来る所だ。しっかり間合いを確保しながら、相手の足を止める。本当、槍でもないと無手では辛い。


「じゃあ、攻守を入れ替えるとどうなるかな?」


 元々、合気を習ってた俺だから、返し技の方が得意なわけだ。どんなものかと足を止めて向かい合う。

 途端、薙刀の刀刃が閃いた。

 上下左右と、それこそ燕が舞うように翻り、突先が突き出される。

 やばい! この娘はヤバすぎる。

 俺みたいに齧った程度ではなく、むしろこっちが本線じゃないのか? 薙刀の段位を持ってると言われても、疑いやしない。

 慌てて距離を取り、藤花ちゃんの間合いから逃げ出す。嫌な汗を掻いてるよ、本当に。

 さ~て、どうしよう。

 姉ならともかく、妹の方に負けたりしたら、つばさちゃんに説教を食らうだろうなぁ。

 こら、考えてる時に攻めてくるんじゃありません!

 早足で間合いを詰めながら、刀刃を閃かせる。拙いけど、防戦一方になる。

 バックラーを切り飛ばされて、レールガンの砲身も斬られた。

 後はワイヤーフックと、ビームピストルのみかよ! それで、どうしろと?

 ええい! 一か八かだ!

 相手に対して半身で構えた俺は、右手でビームピストルを抜いて誘う。

 勢いに乗っている藤花ちゃんは、間違いなくその武器を壊しに来るだろう。距離がある分、当然突きで。

 藤花ちゃんの薙刀が怖いのは、その変幻自在に繰り出される刀刃が読めないから。

 でも、その技さえ読めれば、対応できるのではないか?

 案の定、右手のビームピストルを狙った突きが繰り出され、こちらの武器を貫く。俺としては、予想通りに来た薙刀の柄を掴み取るのは、容易いことだったりする。

 刀刃さえ無視できれば、薙刀だって、ただの杖と同じ。杖を相手の腕に見立てて技を練習する練り棒と何ら変わることがないのだから。

 まさか柄を掴まれるとは、思ってもいなかったのだろう。

 慌てた藤花ちゃんは、薙刀を引こうとする。

 その呼吸の乱れを、見逃す手はない。

 押したり引いたりの争いになれば、当然相手の力を利用するのに長けた、合気の方が有利になる。

 全力で引きにかかった藤花ちゃんに合わせ、逆に押し出してやった俺にバランスを崩されて、水色のバリアントが尻餅をついてしまう。

 そして、その手を離れたビームナギナタをくるりと回して、俺はバリアントのコクピットに突きつけた。


 ギブアップの表示に、俺は大きく息を吐いた。

 意外に多くの拍手をもらって、俺は手を挙げて応える。

 しんどい勝負だった。勝つには勝ったけど、あれで一年生ってんだから先が思いやられるよ。

 その藤花ちゃんは、号泣しながらコクピットブースから出てきた。それでも何とか、審判に一礼すると泣き崩れそうになる。

 それを姉の彩花が、優しく抱きとめた。


「悔しいよなぁ。自分の武器を奪われての負けなんて……。でも、待っとき。お姉ちゃんがかたき、獲ったるよ。だから、泣かずにようく見とき」


 初めて、つばさちゃん以外にその冷ややかな瞳が向けられた。

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