運が良いとか、悪いとか

 こういう時にドレスコードがいらないのが、中学生の利点だ。

 義務教育とあって、どこもかしこも制服が決まってる。高校生は制服が微妙になってるけど、小学生から中学生になる象徴のようなものだから、中学校の制服廃止はどこも二の足を踏むよねやっぱり。

 全国から制服中学生男子と、一部だけの制服女子が集まっての夕食会が、ホテルのイベントルームで行われている。

 毎度長いお偉いさんの話や、明後日からの実況解説を務める元プロの解説者のトークを聞かされ終わらないと、食事にならないのは、なにげに辛い。

 席は基本、都道府県順なのだが、何故か二県だけ別扱いで、合計四名が一つのテーブルに付いていたりする。

 ……予想はつくよな。

 大原彩花おおはら さいか藤花とうか姉妹の京都府と、天宮あまみやつばさのいる千葉県だ。

 要するに女子を一つのテーブルに纏めたわけだが、割りを食ってるのが、もうひとりの千葉県の代表選手である男子の八神翔やがみ かける……つまり、俺だ。

 女子三名席、それもタイプは違う美少女揃いの中に混ざってる唯一の男子。

 それだけでもやっかみの対象になりそうなのに、それだけで収まらないのが、このメンバーだもんなぁ……。


「もう……話、長いなぁ。お腹空いちゃうわ……八神くん、飴食べる?」


 などと、満面の笑みで世話を焼いてくるのは、腰まである艶々のストレートヘアを揺らした白いセーラー服を纏った大和撫子風味の美少女、大原彩花である。

 ここで「大原さんにモテてる?」なんて勘違いをしてはいけない。

 その視線はチラチラと、俺の隣のジャンスカ制服の元気ダダ余り美少女へと向けられているのだから……。


「シッシッ! 今どきのJCが薄荷飴を出すか? 婆臭い奴ねぇ……グミ食べる?」


 などと、さっきからチリチリと隣りから火花が飛び散ってるんだよ。勘弁してくれ。

 おまけに俺の正面の、姉と同じ制服の座敷わらし風味の美少女は、勘違いして


「姉様、男の趣味が悪ぅなったんやない?」


 などとジト目で睨んでくるし……。

 ここが戦場だと解ってない奴らの、嫉妬の視線が背中に痛過ぎる。

 こんな会話や仕草を、外面良く、笑顔で行ってる方々です……。

 頼むから、俺をダシにして前哨戦を展開するのはやめて。近隣のテーブルで耳を欹ててる奴らが


「何? 大原さんの水着姿を見た?」

「何? 水着の大原さんに抱きつかれて、背中に胸をスリスリされただと?」


 などと、いちいち煽り言葉に反応して、伝言ゲームよろしく各テーブルに噂が回ったかと思えば


「大原さんだけでなく、つばさちゃんと二人っきりで海水浴に行っただと?」


 などと、おそらく東東京代表が余計な尾鰭を付けて返してくるし……。

 恨むぞ、工藤……バラしやがって。

 何で全国大会初出場にして、数名しかいない二年生が、全出場者のヘイトを集めなきゃならないんだよ。

 トルーパーって女子人口少ない割に、その数少ない女子のレベルが異様に高い気がする。


 ようやくたどり着いた夕食は、ミックスグリルセットだ。

 長い話にもめげずに、ギリギリまで温めてくれたのだろう。鉄板の上のハーフハンバーグや、ハーフチキンソテー、サイコロステーキもジュウジュウと美味しそうな音を立てている。

「わぁ、ウチ食べきれんわ……。男子にあげよ」


 そう言って、美少女スマイル全開の大原彩花が、器用に俺の鉄板にハンバーグを置いてくれる。それを聞きつけて、周囲のテーブルからギロッと殺意の視線が……。

 すると……。


「わーい、ハンバーグ大好き。一個増えたら、一個頂戴」


 と、これまた満面の笑みで、つばさちゃんがそれを一口でパクリと。

 美味しさに蕩けてるのを、般若の目で舞姫様が睨んでいたかと思うと……。


「藤花、これ貰うよ」


 と、理不尽に妹の皿からハンバーグを奪う。可哀想だろ!

 その絶望的な表情から、おそらく藤花ちゃんはハンバーグ大好き女子なのだろう。

 仕方なく、俺は自分のを半分に切って、藤花ちゃんにあげる。

 そうすると今度は


「妹にまで、手を出すつもりか?」


 という藤花ファンの殺意の眼差しまで、突き刺さりやがる。

 いい加減にしてくれ。他にどうしろと言うんだよ……。

 頼むから誰か、このテーブルがすでに、戦闘状態に入っていると気づいてくれ。

 そんな状態でも、美味しいと感じられるほどの料理だと言うのに。


 まったく気の休まる間もなく食事が終わり、メインステージにスクリーンが降りてくる。

 そこに映し出されるのは、当然のトーナメント表だ。

 シードされているのは四名。

 昨年一位の大原彩花がAー1に、二位の天宮つばさがFー3にそれぞれ収まる。他の名前は昨年の決勝リーグ参加者で、今年も全国大会に出てきた者の中の上位者二名。残念ながら工藤匠に、シード権は与えられなかった。日頃の行いが悪いから……。


「藤花、間違ぉてもAブロックは、引いたらあかんよ? 予選で負けるような娘に、新幹線はもったいないわ。鈍行列車で帰ろうな?」


 姉は厳しい。可哀想に、藤花ちゃんの顔が引き攣ってるし。

 シード以外の残りの参加枠は、一人一人順番に呼ばれて、くじ引き箱に手を突っ込んで番号の書かれた札を掴み取って決める。

 でもって、まっ先にくじを引くのは、昨年優勝の近畿ブロック。その準優勝の大原藤花ちゃんだったりするから、余計に可哀想なんだ。

 人の事は言えないが、この娘もくじ運悪そうなんだよなぁ……。我儘な姉の所業に振り回されて、苦労してそうだし。

 名前を呼ばれ、本当に小柄な純白セーラー服の女の子が、おっかなびっくり壇上に上がる。背伸びして、くじ引きの抽選箱に手を入れる姿に、萌えてる男子が多そうだ。

 トーナメント表のFブロック側の空きを睨んで、祈るように札を取る。

 ……そして、しゃがみ込んでしまった!


「京都府 大原藤花 一年生 Aー3番!」

「とぉぉぉぉぉかぁぁぁぁぁぁぁっ! あんたはまた、ピンポイントで……」


 姉の嘆きと、周囲のため息が交差する。

 主催側からしても、大原姉妹は目玉だろう。まさかの予選同ブロックには、頭を抱えるしかない。

 可哀想に、当の本人は半べそ顔で戻ってくる。

 さすがに、慰める言葉もない。

 近畿の残り二人がくじを引けば、次は昨年準優勝の関東ブロック。早速工藤が呼ばれた。

 そこでポンと俺の肩を叩いて、満面の笑みを浮かべているのがつばさちゃん。今度は楽しそうに何を思いついたのかな?


「八神くん、是非ともA-2を引いておいで!」

「やめてくれよ、人を地獄に追いやろうとするの」

「良いチャンスじゃない。私のためにも、予選で大原姉妹撫で斬りにして潰してきてよ!」


 普通の声で話しても、当の本人たちに聞こえるのに、そんな大声で宣言しないで欲しい。

 キッと姉妹の眦が釣り上がる。怖い……。

 そんな、余計な注目を浴びながら、壇上に呼ばれる。

 箱に手を入れて、中に残った札の多さに安堵する。

 こんな中で、ピンポイントで掴み取っちゃう藤花ちゃんみたいなことは、まず無い。

 いくらつばさちゃんが、割と言霊使いみたいな所があるとしても。

 まさか、ね……。

 俺は掴み取った札を裏返しにして、渡す。


「千葉県 八神翔 二年生 A-2番!」


 ほら、やっぱり……。

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