集結! 幕張スプラッシュホテル

 幕張に行くなら、車より電車の方が速い。

 特に夏休みはね。……何しろ、お馴染み夢の国のある浦安と隣接しているから、道路渋滞を考えると電車移動の方が楽だ。

 もっとも、京葉線は風に弱くて、すぐに遅れたり運休したりで、なかなか油断できないのだけれど……。

 台風接近の話も聞かない今日は、すんなりと幕張新都心に到着した。


「今日は夜に夕食会のみで、明日は開会式と午後から予選だっけ?」

「そうよ。さすが全国大会だから、幕張メッセの会場に本格的な対戦台をずらりと並べての予選よ。なかなか壮観な眺めなんだよ」


 手短にハンバーガーチェーンのお店で昼食を摂りながら、先の予定を確認しておく。

 こういうのは、経験者が一番詳しいものだ。


「何でまた、正規の対戦台で……」

「予選と言っても、各ブロックを勝ち抜いたメンバーでの全国大会だもの。ネット配信では、生ではないけど、全試合中継してくれるわよ? だから、画像録画のできる正規の対戦台でやるの」

「注目度は段違いなんだ……」

「高校トルーパーのお台場大会に比べちゃうと、月とスッポンだけどね。一般の注目度はともかく、有望私立高のスカウトが来ていたりして、こっちも業界注目度は高いわよ」

「決勝リーグに残れば、生中継だっけ?」

「そうよ、実況アナウンサーと元プロの解説者付きの生中継」

「くぅ……何とか残りたいなぁ」

「今夜のくじ運次第ね。まかり間違っても、彩花とか、私のいる山を引かないように」

「夕食後じゃなく、前にくじを引かせて欲しいよな。料理の味が解かる気がしない」

「大人は意地悪だから」


 とりあえず、チェックインを済ませる。

 さすがに男女の部屋は、フロアから別々だね。荷物を置いたらホテルのプールに集合と命じられた。

 さっきまでは気乗りがしなかったけど、決勝に残れないと、明日にはチェックアウトで、放り出されちゃうんだよな……。

 そう思うと、とても貴重な時間な気がして、入っておかねば! という気になる。

 自分のくじ運の悪さには、自信があるからね。

 海パンにパーカーを引っ掛けて、エレベーターへ。

 つばさちゃんによると、部屋のカードキーの番号で、ビーチタオルはその場で借りられるんだそうな。

 ちょうどビーチタオルのカウンターの前で、白いタオル地のパーカーに、例の赤いビキニを包んだつばさちゃんが待っていた。

 並びで借りたデッキチェアが、俺たちの基地になる。

 ただし、楕円形を二つ重ねたようなプールは、軽いラテンの音楽が流れているように、アダルティな雰囲気で、いつものおこちゃまノリは厳しそうだね。

 ちなみに、今日の気温は三十六度。熱々蒸し蒸しな典型的な都市部の夏だ。

 パーカーを脱いでプールサイドに立つ。

 プールの込み具合は、そこそこって感じだ。

 振り向こうとしたら、いきなりおこちゃまに突き飛ばされた。

 盛大な水しぶきが上がり、何故か俺の方が監視員さんに注意を受けてしまう。

 理不尽な。プールサイドで笑ってる奴に文句を言おうとしたら、不意に柔らかなものに、背中から絡み取られてしまった。


「ええやん。……おこちゃまは放って置いて、うちと遊ぼ」

「こら! 彩花、あんたはどこから湧いてきた」

「あんたらが来る前から、プールにいるよぉ? 人聞きの悪い事を言わんといて」


 慌てて振り向くと、腰まである長い黒髪を今は結い上げてる、姫カットの美少女が妖艶に微笑んでいた。

 動画や写真で何度もチェックした、『舞姫』大原彩花なのだが……何で俺は、後ろから抱きつかれているのだろう?

 胸元と腰回りに大きなフリルの付いた、清楚な白い水着越しに、華奢な身体の軟さがヤバいくらいに伝わってくる。元気をみっちり詰め込んだ感じのつばさちゃんとはまた違う、非保護欲を擽るような儚さ。……ただし、胸元は除く。

 細っこい割には、結構大きい。ふわっと蕩けてしまいそうな絹の柔らかさが、背中に押し当てられて危険過ぎる。


「こら、離れなさい! 陰険女!」


 ドボンとプールに飛び降りて、ズカズカと近づいてきたつばさちゃんが、俺の右腕を引く。

 ところが、俺の背中に抱きついたままの大和撫子が離してくれない。


「あんな邪険に扱う娘ぉは、放っておこ。ウチは優しいよ?」

「誰が優しいのよ! あんたの前世は、蛇か狐でしょ!」

「どっちも神様のお遣いよ。ウチに相応しいわ」

「口の減らないヤツ……」


 周囲の視線が痛い……。

 こんな時間にホテルのプールにいるのは、関係者が多いわけで……。当然、天宮つばさも、大原彩花も、見知ってるわけで……。その二人が取り合いを演じてる男は、一体何者よ? ってな具合だ。

 俺としても、背中には蕩けてしまいそうなふんわりとした膨らみが、抱え込まれてる右腕には、張りのあるプルンとした健康的な膨らみが押し付けられており、いろいろな意味で危険な状態過ぎて、身動きが取れずにいる。

 誰か救いの手は無いものか……と、見回したら、いた!

 おかっぱ頭の美少女。学校指定らしい紺のスク水で、胸元に大きく『1-2 大原』と、白い布で縫い付けられてる。

 おそらくは、この娘が……。


「姉様、に取り合うほどの価値があるん?」


 ジト目と、呆れ声で大原藤花が吐き捨てる。……シビアな娘っぽいな。

 妹の評価に姉も、う~むと首を傾げる。失礼な。


「取り合うものよりも、取り合う相手が面白ければいいんよ」

「出たわね、『ぷち』。姉妹揃って、失礼な奴らね」

「『ぷち』言わんといて! 姉様が変な仇名付けるから、定着してもうたやん!」

「なあに? 第二候補の『座敷わらし』よりマシでしょう?」

「そっちは、もっと嫌や!」


 まあ、『座敷わらし』よりは『ぷち』だなと思う。

 身長だけでなく、まっ平らな胸元とか……。


「なんか失礼な視線を感じた……」

「名前でも確認したんちゃうの? そんな凹凸も無い胸元見てもしゃあないで?」

「だねぇ……八神くんは、意外におっぱい星人だから」

「姉様も、そいつも……張り合ってたのに、何で意気投合してんの?」

「わからんか、藤花? ウチらは常に楽しそうな方に流れるんよ」


 酷い姉と、そのライバルだ……。

 まあ何にしろ、取り合いごっこに飽きてくれたのは助かる。

 暫くは、腰から下は、水面から出せないぜ。


 まさか、まっさきに水着姿で対面するとは思わなかったけど、これが問題の京都代表の大原彩花、藤花の姉妹なのか……。

 妹の方は小学生にしか見えないけど、姉の方は儚げでありながら、しっとりと色気を漂わせている。動画で見るより、遥かにオーラがある。……色気も。

 色々な意味で、こいつはヤバい。

 そこへ……。


「すみません。トルーパーマガジン社の青木と申しますが、今お時間よろしいですか?」

「インタビューなら良いですが、写真は困るよ? ウチらまだ学生やし……」

「それは残念ですが、まずはインタビューで。天宮さんも、この後よろしいですか?」

「は~い」


 雑誌の取材が入ってきた。

 大原姉妹と、天宮つばさ。俺一人、取材の用事はない。

 不貞腐れて、ビーチチェアで寝っ転がって待つ。


「やあ、お待たせお待たせ。取材が長引いた」

「それは良いけど、何でつばさちゃんが俺の携帯持ってるのさ」

「せっかくだから、彩花のエロい水着姿と、藤花のロリな水着姿を撮りまくって来た。喧しいのをプールから追い払うには、一番の方法だからね」

「ゲッ。百枚単位で撮ってやがる……」


 それから三十分ほど、プールを堪能してホテルに戻る。

 エレベーターの前で、工藤匠に出くわした。


「てめえ、八神! あの写真は何だよ!」

「約束通りにつばさちゃんの水着姿だろ? ただ後ろ姿なだけで」

「それじゃあ、何の意味もないから言ってるんだ。大体、お前らプールから戻ったのか?」

「そうだよ、二人共パーカーの下は水着」

「だぁ! もう一時間早く来るんだった! そうしたらこんな……こんな……」

「工藤くん、八神くんには優しく接した方が良いと思うよ?」

「なんで! こんな不人情な奴に!」

「プールに彩花と藤花もいたんだよ。追い払うのに、八神くんの携帯で写真撮りまくったからねぇ……」

「マジっすか……大原彩花の水着姿って……」

「マジよ。白のワンピースで、それはそれはエロい感じの……」

「なあ、八神くん。俺たちは親友だよな?」

「ちげーよ!」


 妙に纏わりつく工藤から逃れつつ、時刻は夕方から夜に変わっていった。

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