第三章 全国大会で

暑中御見舞申し上げます

 勝浦の海は遠浅の海岸だが、沖は一気に深くなる。

 そして、気候が涼しい原因でもあって、水温は少々低めである。

 海岸の水温はそうでもないのだが、急に深くなる沖の冷たい海流が壁にぶつかって、かき回すように表層に競り上がってくる。

 だから、あまり沖に行かない方が良い。


 俺はスマホのカメラで、工藤に拝み倒されたノルマを達成してメールで送ってやった。

 ちゃんと言われた通りに、つばさちゃんの水着写真を送ってやったからな。

 ノリノリでポーズを決めていた本人は、悪い笑顔でサイダーを飲んでる。


「八神くん、お主も相当の悪よのぉ……」

「ちゃんと、約束のつばさちゃんの水着写真は送ってやったから。……ただ、ポーズの指定はなかったから、勝手に決めさせてもらっただけで」


 そんなわけだから、後ろ姿で我慢しろよ!

 つばさちゃんの選んだ水着は、上は三角ビキニだけど、下はショートパンツみたいなデザイン。イタリアンレッドの派手派手さが、とても良く似合ってる。

 これでもかとばかりに元気を素肌に詰め込んだような、健康的なプロポーション……敢えて言おう、パッツンパッツンであると。それは感じられても、推定Cカップの丸々とした胸元は望むべくもない、残念な写真でも無いよりはマシだろう?

 何でこの娘の場合、こんな早熟なプロポーションなのに、エロさが先走らないのか不思議でしょうがない。性格嗜好が、おこちゃま過ぎるせいだろうか?

 些か、残念なところでもある。

 ポンプ式の水鉄砲と、細長いスポンジ棒を持って、生身でトルーパーごっこをしようとするのはやめなさい。

 さすがに水着の女の子相手に、接近戦を仕掛ける趣味はないのだから。

 外観にエロさはなくても、接触すれば充分に柔らかいし、剥き出しの素肌は破壊力があるんだからな?

 まったく……良くそこまで、海水浴を満喫できるものだ。


「はぁ……海は良いねぇ。今年の夏は贅沢だよ。海の後はホテルのプールの日々だし」


 さすがに疲れたのか、砂浜で甲羅干しをしながらはしゃいでる。

 こっちはとっくに、ペットボトル片手に浜辺だっていうのに。


「はいはい、優雅なことで」

「何言ってるの? 今年の全国大会は幕張メッセでしょ? 大会スポンサーでもあるから、参加者の宿泊は幕張のホテルよ。プール付きの豪華な所」


 すみません、初耳でした。

 全国大会と言うから、どこかに遠征するつもりでいたけど、地元千葉かぁ……。

 日程関係は全部、店長任せにしてたから、マジで知らなかった。

 ジュニアの夏の全国大会は、隔年で関東と関西の持ち回り。去年は神戸だったそうだけど、今年は幕張か……近すぎて気分が盛り上がらないなぁ。

 関東地区大会の横浜の方が、よほど遠征だった。

 てか、この娘さんは大会中もプールで遊ぶ気かい?


「当たり前でしょう? ホテルのプールなんて、こんな時しか利用できないじゃない。招待でタダなんだし、堪能するしか無いわよ」

「余裕だねぇ……」

「一応ホテルのロビーに対戦台も置かれるけど、そんな所で手の内明かすのもバカバカしいじゃない。それまでに準備は終わらせて、後はコンディション調整に専念でしょ」

「まあ、それもそうか。途中で負けたら、その対戦台で憂さ晴らしをしよう」

「馬鹿ね。負けちゃったら、後は自腹で泊まる羽目になるわよ? その日の夜だけ泊まってチェックアウトになるから」

「世知辛い世の中ですね……」

「パパは近場に宿を取るって言うから、負けちゃったら、そっちと合流しなさいよ」

「何とか決勝リーグに残りたいなぁ……。県大会と同じ形式だよね?」

「そうだけど、メンバーが段違いだから。よほど組み合わせに恵まれないとね。……八神くんはすぐに女の子を引き当てる傾向にあるもん。シードだから、いきなり彩花はないけど、その妹くらいは引き当てそうで」


 嫌なことを言って、ケラケラ笑ってる。

 地区大会で、余計な一言が俺の負けを引き寄せたのを忘れてるな?


「初戦が藤花相手で、二戦目が彩花なんていう大原姉妹連戦は、本当に引き当てそうで怖いからやめてね」

「言わないでくれよ、何その両手に花を気取った地獄」

「だって、県大会はこのみ。地区大会で伊織ちゃんと、必ず注目女子を引き当ててるじゃない。それも、私を避けながら。……いきなり大原藤花は覚悟した方が良いわよ?」

「断言するなよ……それに、このみちゃんはトーナメントじゃないし」


 人の不幸を楽しそうに笑うんじゃありません。

 とはいえ、全国大会の組み合わせは、完全くじ引きのトーナメント制。いきなり関東勢同士とかもある。シード選手の入る枠も、それ用のくじを引くみたいだし。

 俺のことだから、マジで引き当てかねない。

 もう全国の参加者は出揃っているけど、シードされてる女子は、つばさちゃんと大原彩花おおはら さいか。シード外の女子は、大原藤花おおはら とうかの一人だけ。

 本当に嫌な予感しかしない。

 県大会のこのみちゃんは何とか地区大会に残ってくれたけど、地区大会予選で伊織ちゃんを負かした俺は、ファンに恨まれてるらしいから。

 やだなぁ……『舞姫ぷち』、ちょっと動画で重点チェックしておこう。


 中間試験、期末試験を終えて、気分は夏休み。

 勝浦の海水浴場は七月半ばから海開きだから、今日が初めての海だ。

 開放感が半端ないんだけど、あまり肌を焼きすぎると合気の方の練習で、肌が擦れて泣く羽目になると解っているのだろうか?

 何だか、今日明日は、あまり練習にならないような気がしてきた。

 七月三十一日から、八月四日の日曜日までの五日間。

 もう準備期間も、それほどないというのに……。


「一週間やそこらやったからって、直ぐに結果が出るわけ無いでしょ? こういうのは積み重ね。進学で千葉を離れる来春まで、練習を続けて、身に付くものがあればいいな、くらいに思ってやろうよ。合気もトルーパーも、まず楽しまなきゃ」

「合気の修行で、勝浦合宿じゃないの?」

「少なくとも今日は、海水浴に来たんじゃない。後先考えずに楽しもう!」

「相変わらず、シンプルな奴……」

「こういう楽しい思い出が、追い詰められた展開でのリラックスを産んでくれるんだから」


 ふう……本日は晴天なり。

 こんな天気で、気温三十度程度で過ごせるのは、関東の平地では勝浦くらいだろう。

 幕張のホテルだと、きっと三十五度を超えるね。

 のんびりレジャーシートに寝転がって、青い空を眺める。

 本当に、日焼けし過ぎには注意だ。


「……で、つばさちゃんから見て、全国大会のメンバーで要注意なのは、どの辺り?」

「要注意は三人だけね。あまり新しい顔が出て来てないから」

「ズバッと斬ったね」

「いつもの顔ぶれなら、突然伸びても、今までの戦法と大きく変わらないだろうからね。八神くんはともかく、私にとっての要注意は彩花と、ぷちと八神くんだけ」

「ええっ……俺?」

「そうよ? なんだかんだ言って、掴みどころのない戦いっぷりなのよ、八神くんは。何をしてくるのか予想外な所があるし、多分彩花も同じことを言うと思うわ」

「まったく、つばさちゃんに勝てる気はしなけどな」

「ダークホースなのよ、八神くんとぷちは」


 すっかり籐花ちゃんは、ぷち呼ばわりされてるな。

 とは言うけど……。


「籐花ちゃんは、姉自ら『舞姫ぷち』呼ばわりするくらいだから、闘い方も姉譲りなんじゃないの?」

「八神くんは、アレを知らないからなぁ」


 くるっと腹ばいになって、両肘で上半身を持ち上げながら、俺を指差す。

 たわわな胸元が強調されて、ぷるんと震える。目の毒目の毒……。


「あの性格の悪い奴が、そんなあからさまなヒントを出すわけがないってば。絶対に何か、隠し持った武器があるはずよ」

「そういうものなの?」

「あったりまえでしょ。その方が、ぷち自身も楽に戦えるからね。今の情報を信じ込まない方が良いよ」

「肝に銘じておきます」


 この時はまだ、「考えすぎだろう?」なんて思っていたけど……。

 その言葉の正しさをいずれ思い知ることになると、この時はまだ欠片も思っていなかった。

 こんなふうに、俺たちの夏は始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る