夏への扉

「まずはつばさちゃん、全国大会当確おめでとう」

「まぁまぁ、私はそれが最低限だからね。でも、八神くんも良く頑張ってるよ。あとは今日勝てば、全国だ!」

「何とかしたいけど……相手も必死だから」


 関東地区大会予選最終日の朝、万全を期して前日から近くのビジネスホテル泊の俺たちは、無料朝食のテーブルで、アイスコーヒーとオレンジジュースで乾杯をしていた。

 トーストとゆで卵の朝食だけど、サービスというのは嬉しい。

 胸が一杯で、あまり食欲は湧かないけど、とにかくエネルギー切れだけは起こさないように詰め込む。食っちまえば、栄養になるんだから。

 最終日を前に、全国切符四枚の内、三枚が確定している。

 ここまで全勝の天宮あまみやつばさ、一引き分けの工藤匠くどう たくみ、そして、二敗の伊勢大夢いせ ひろむ

 最後の一枚を、二敗一引き分けの俺と、三敗の柏尾克也かしお かつやが争う。

 その試合が今日、行われる。

 本来、午前中の最終戦は、つばさちゃんと工藤の優勝決定戦のはずが、入れ替えで俺たちの方をファイナルに変更された。

 その方が盛り上がるのかも知れないが……。

 できれば勝って、午後の表彰式でつばさちゃんたちと一緒に全国大会出場の表彰を受けたいところだ。

 俺と柏尾、勝った方が全国だ。


 さすがに最終日。

 会場はいつにもなく、報道関係者の数が多い。人気者の娘さんは、早速インタビューに駆り出されてしまった。

 微妙な成績の俺の所には、記者も寄り付きはしない。

 全国大会出場でも決めないと、記事になるようなこと、何も無いからなあ。

 生意気に、工藤の奴もインタビューされてやんの。……羨ましい。

 やっと声がかかったかと思ったら、参加メンバーの集合写真を撮るんだとさ。

 それが済むと、今日のスケジュールの説明が始まる。

 じわじわと緊張感が高まってくる。もっとも、緊張しているのは、俺と柏尾だけだろう。

 悪いが優勝争いの結果は見えてるし、それ以外は、下位の順位変動こそあれ、だからといって何も変わらぬ消化試合だ。

 今日が運命の日となっているのは、俺と柏尾の二人だけ。

 ちなみに今日の昼食は、横浜名物「シウマイ弁当」となってる。地味に楽しみだ。

 できれば、勝って美味しく食べたいね。


 試合が始まったが、俺の出番は当分先だ。

 今更見る試合もないから、奥の椅子に座って目を閉じる。

 頭の中の、柏尾のデータを、もう一度攫い直そう。

 機体は無難なバリアント。クロムシルバーのボディは、なかなか格好いい。武装はビームライフルと、タワーシールドの標準型。重量値の半端分は、ライフル強化。

 プレイスタイルは、愚直なくらいに基本に忠実な……要するに手堅いタイプだ。

 どうやって、相手のペースを乱すか、だけど……冷たっ!

 いきなり頬に冷たいものを押し当てられて、驚く。

 目を開くと、天真爛漫な笑顔が、冷たいお茶のペットボトルを持ってた。


「いきなり、何するんだよ!」

「今から入れ込んでると、本番の時に疲れ切っちゃうよ。あまり考えない方が正解」


 ほいと、バッグから出したアーモンドチョコをお裾分けさせた。何で、女の子のバッグには、そんなにお菓子が入っているのだろう?

 美味しいから良いけど。


「さっき記者の人に教えてもらったんだけど、関西ブロックでは大原彩花おおはら さいか藤花とうかの姉妹が、ワンツーで全国行きを決めたってさ」

「凄いな……妹の方は中一だろう?」

「闘い方は、姉譲りらしいよ。ついた仇名が『舞姫ぷち』だって」

「その『ぷち』って何?」

「プチサイズのプチだって、小柄な娘らしいけど、笑っちゃう。命名は姉だそうな」

「可哀想に……」

「彩花は性格悪いからね。妹にも容赦無しか……」


 写真や動画で見る分には、お淑やかな大和撫子なんだけどなぁ……。最大のライバルだけあって、つばさちゃんの大原彩花評は、かなり厳しい。

 この口ぶりだと、全国大会に出られれば、逢う機会が多そうだけど。

 行けるかなぁ……。


 いよいよセミファイナル。呼び出されてつばさちゃんがステージに向かう。

 くぅ……地区予選の最初ほどじゃないけど、じわじわ緊張感が競り上がってくる。

 座っていられなくて、舞台袖の方までウロウロ歩き回ったりして。

 その間に、自信満々の娘さんは、鮮やかに有言実行!

 全勝での関東地区大会優勝を決めた。


 そして、名前を呼ばれてステージに上がる。

 泣いても笑っても、これが最後。全国大会への最後の一枚の切符をかけた最終戦だ。

 二敗一分けの俺と、三敗の柏尾。俺は勝つか、引き分ければ全国大会行き。柏尾は勝たねば、ここで敗退。ほんの少しだけ俺が有利だが、大して意味がない。

 トルーパー戦なんて、ほとんどが勝つか、負けるかで、引き分けなんて滅多にないのだから。

 コクピットブースに収まって、とにかく深呼吸を繰り返す。

 自分では落ち着いてるつもりでも、そんな時ほど怪しいものだ。わざとゆっくり、時間をかけて息を整える。

 カウントダウンから、最後の試合が始まった!

 サイドステップした俺の脇を、ビームの火線が通過する。……そう何度も同じ手にやられるものかよ!

 レールガンを連射して牽制しながら、一気に間合いを詰めてやる。

 ここまで関東大会では、長い間合いからのスタートを心がけてきたから、これは意表をついたろう?

 元々接近戦の方が得意なんだよ、こっちは。

 相手のスペースを削って追い込んでいく柏尾からすれば、こうして追い込まれるのは計算外だろう。

 腕の長さが銃身の長さ。コンパクトさを利用して、至近距離でもレールガンは撃てる。

 盾で受けても、しっかり支えないと押し込まれるぞ?

 盾の死角に回り込みながら、左手で掴んで盾を引いてやる。しっかり支えていた分だけ重心が乗っており、きれいに円を描いて投げ落とせた。

 客席のどよめきが聞こえる。

 それほど、トルーパーの投げは珍しい。それだけに、もちろん受け身なんて取れない。

 仰向けの鳩尾、ガラ空きのコクピットに向かって、レールガンを撃ちまくりながら、距離を取る。迎撃体勢を取りながら……。

 だが、反撃が来ること無く、コクピットに盛大な花火が踊る。


「よっしゃあ!」


 思わず叫んでしまっても、マナー違反は問われないだろう。

 関東地区大会成績、五勝二敗一引き分け。ギリギリながら、全国大会進出が決まった。

 コクピットブースを出ると、進行役より先に、柔らかなものが飛びついてくる。

 こらこら、会場が大騒ぎになるから、抱きつくのはやめなさいよ、つばさちゃん。

 身長差もあって、ボーダーティーシャツの胸が頬に当たってるから!


 おかげさまで、午後の表彰式は周りの視線が痛すぎた。

 特に否定もせず、「同じチームの仲間だもの、喜ばないわけはないでしょ!」と満面の笑みで語るものだから、余計な誤解を招いてしまう。

 貴重な、「同じトルーパープレイヤーの可愛い女の子」であるだけに、意識されまくりの自分の立場をわかっているのかどうか。

 こうして余計な敵意を浴びながら、熱い夏に向けて、俺の扉は開かれた。

 まさかまさかの全国大会に向けて……。

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