決勝リーグ ~vs工藤匠

(やっちまったなぁ……)


 できることなら、もう一度やり直したい。

 試合開始直後、一瞬相手の出方を窺ってしまう、その隙をつかれての敗戦。

 情けないったらありゃしない。

 戦って力及ばずなら、鍛えるなり、技を磨くなりする気力も湧くけれど、ケアレスミスでの敗戦は、本当に尾を引く。

 マジで一週間、落ち込みっぱなしだった。


「私のセリフが予言みたいになっちゃったねぇ……」


 なんて、さすがのつばさちゃんもからかう気にならないくらい、酷いものだった。

 二日目を終わって二勝二敗。

 工藤匠くどう たくみと戦う前に、猶予となる二敗目を喫しちまうなんて……。今日の午後はその工藤と戦うことになる。

 もちろん、工藤もつばさちゃんも、最終日の決戦に向けて全勝キープだ。

 遅れて伊勢が一敗だが、今日は午前につばさちゃんという日程だ。ここで二敗となるはず。……なって欲しい。

 余程の波乱がない限り、この三人が頭一つ抜けた印象だろう。

 残り一つの席を埋める争いに、俺は加わってる。


 午前中の相手は西東京二位の恩田誠。

 ここまで、調子を崩しているのか、四連敗と完全に圏外。でも、こういう選手ほど一勝に餓えているから、気を抜けない。

 誰だって、全敗なんて格好悪い事態は避けたいからね。


「気負い過ぎちゃダメだよ。動きが鈍くなるから」

「そうは思うんだけど、もう一つも負けられないと思うと……どうしても」

「そういう時は、深呼吸。少しでも視界を広くしておこう」

「それは爺ちゃんのセリフじゃないかい?」

「うん、でもピッタリの状況だから」


 はい。屈託のない笑顔に救われます。

 負けられないプレッシャーは、全勝宣言している、この娘さんも同じだ。

 俺より先に呼ばれ、昨日俺が負けた伊勢を相手に、快勝を決めてくれる。

 相変わらず、とんでもないな。


「敵は討ったから、後は落ちこぼれないように」

「何とか着いていくよ」


 ハイタッチをしながらの会話も、今日はけっこう真面目だ。

 お昼のお弁当も、ハンバーグか、唐揚げカレー。どっちでも問題ない。

 コクピットブースに入って、深呼吸。やれることは全部やっておかないと。

 ……大丈夫、落ち着いてる。


 敵はバリアント。

 昨日の佐久間が間合いを詰めてくるのを嫌がっていたと見たのか、距離を詰めてくる。

 佐久間ほど、きっちりと自分の間合いをキープしてくるわけでないなら、むしろ好都合だろう。

 プラズマソードを躱し、その背後に回り込む。

 ソードを持つ右の手首を、引き込むように回してバランスを崩し、機体を右肩に預ける。

 これは合気と言うよりは、プロレスの脇固め。

 右手を背後に高く掲げさせるようにして、肩と肘の関節を極める。

 相手の動きを停めたのなら、ビームピストルのゼロ距離でコクピットを狙えば良い。

 今日は危なげなく、また白星先行に持ち込む。

 問題は午後だ。

 その問題の相手は、擦れ違いざまに嫌なことを言ってくれる。


「もう早く楽になっちゃえよ」

「そう簡単に終れるか!」


 それもエールと受け取っておこう。

 つばさちゃんと並んで、午前中の最終戦を見守る。

 俺のようなポカミスをするはずもなく、工藤も全勝をキープした。


「何か、良い俺対策を考えついたかい?」

「あのな、工藤。どうして俺が、次に戦う相手と一緒に昼飯食わなきゃならないんだよ?」

「俺は八神と一緒に昼食を取ってるわけじゃなくて、天宮さんとご一緒してるだけだが?」


 いつものように向かい合って弁当食ってる所に、割り込んできている自覚はないのか?

 これは予想しやすいのか、しっかりつばさちゃんと同じ、ハンバーう弁当をゲットしている。おこちゃまメニューだからなぁ……。

 俺はもちろん、唐揚げカレーだ。


「しっかし、工藤くんも大概良い性格してるよね。さすがに今日は来ないだろうと思ってたのに」

「食事くらいは、ギスギスしてない席で食べたいじゃん」

「この後戦う相手の斜め前で、何でギスギスしてないと思うんだ?」


 言っちゃあ何だが、午後の第一試合が俺と、工藤の一戦だ。

 お昼休みが終われば、すぐに戦う相手なんだぜ。


「あんな不意打ち食らって負けるお前が悪い。明日三敗同士の柏尾戦で雌雄を決しなよ」

「どうだかなぁ……。工藤くんも、八神くん相手に最初に勝っただけで、後は勝ってないもん。そろそろ、追い越される頃合いじゃない?」


 ハンバーグに乗った目玉焼きの黄身が、半熟だったのが嬉しいかったのだろう。ニコニコ顔で、つばさちゃんからの援護射撃が入る。

 とろりと蕩けた黄身を、デミグラスソースに混ぜて食べるのがお気に入りだと、最近気がついた。黄身が固めだと、むっとするんだよ。


「でもね、天宮くん。俺は負けてないからな?」

「ずっと引き分けだったものね。キャリア考えれば、伸び代は八神くんの方が大きいし、そろそろ頃合いでしょ?」

「君はどっちの味方なんだい?」

「それ聞いちゃう? 当然八神くんだよ。毎日一緒に練習してるんだし、弟みたいで可愛いもん」


 あ、俺の方にもダメージ来た。

 弟みたい……かよ。

 その一瞬の表情を見逃さず、工藤がニヤッと嘲笑った。


「じゃあ、午後イチで嫌われちゃうかな? 可愛いに引導を渡しちゃうから」


 ……この野郎。


「できるかなぁ? 工藤くん対策は、一番重点的にやったもん」

「そうそう、つばさちゃんの部屋で、二人っきりで、毎日のように動画チェックしながら」


 素知らぬ顔で情報を補強してやる。

 うんうん、良いダメージ入ったね。こめかみがヒクヒクしてるよ。


「それでも、弟じゃ意味ないだろう?」

「あ、そうそう。たとえ俺が全国に届かなくても、夏の合宿には参加するから」

「当たり前でしょ。今度は海水浴もできる頃だし、新しい水着も見せる相手がいないんじゃ、つまらないからね」

「準備が早すぎない?」

「今年は早めにお気に入りが見つかったからね。可愛いビキニだよ、期待しなさい」

「それはもちろん」

「待て、それはどういう話だ」


 焦ってる焦ってる。

 まあ、これはホビーショップ天宮と、黎明館合気術道場の内輪の話だから。

 試験休みから、夏休みと、また泊まり込みで合気道合宿する予定だ。少しトルーパーを離れてでもやる価値はあると、つばさちゃんが断言してた。

 あの辺は、泳げる海もあるしね。……水着も楽しみだし。

 中学生にしては、立派なものをお持ちなつばさちゃんだけに、期待は高まる一方だ。


「まあ、このくらいの盤外戦術はハンデよね」


 弁当の空き箱を片付けながら、つばさちゃんがチロっと舌を出す。

 ご協力感謝します。


そんなこんなで、午後の部が始まる。

 緒戦の俺と工藤は、舞台袖で待機だ。

 もはや話すことなど何もなく、呼び出され、インタビューの流れを淡々とこなす。考えてみれば、このメンバーの中で、事前に戦ったことがある相手は、つばさちゃん以外はこいつだけだ。

 対戦データは持っているが、それは向こうも同じだ。

 試合開始と同時に軽くステップするのは、伊勢戦の手痛い敗戦の名残だ。

 巨大な斧を担いだタルタロスが、一気に差を詰めてくる。こちらもレールガンで威嚇しながら、じっくりと距離を測る。

 ブンと唸りを上げ、斧が振り抜かれた。タイミングを合わせて、懐に飛びうこもうとしたが、待ち構えていたプラズマソードに阻止された。

 ……やだねえ、手の内を知られてる相手は。

 つばさちゃんの指摘で気がついたんだが、工藤は機体のゴー、ストップが抜群に巧い。

 重量級の機体を使いながら、無駄な加速はしないし、余計なブレーキングもしない。だから、距離を詰めながらも的確に、こっちのスペースを削り取って、追い詰めてくる。

 右手にビームライフル。左手にビッグアックス。

 器用に威圧してくれるよ、まったく。


「こっちの手を知り尽くしてくれてるから、こそってな!」


 懐に飛び込むフェイントを仕掛けて、一歩引いた所を突破口にまたスペースを稼ぐ。

 警戒してるのが解るからこそ、有効なフェイントだ。

 少し開いた間合いで、強引にレールガンを撃つ。

 幸運にも頭部に当たり、センサー酔いを起こしたが、斧を振り回されては近寄れない。幾つかセンサーか、カメラが死んでくれてると面白いのだけど……。

 そう上手くは行かないか。


 お互い、決定打を欠いて、時間だけが過ぎてゆく。

 こうなると持久戦だ。

 神経を張り詰めて、お互いのミスを待つ。見ている方には面白みに欠ける展開でも、こっちは真剣だからね。ワンミスも許されないのは、けっこう辛い。

 工藤は斧のバランスも調整してきてるのか、振り抜いた後の機体の乱れが、本当に少なくなっている。県大会前の闘いで、そこを狙いすぎたかな?

 

「う~ん……どうすりゃあ良いんだか」


 工藤はたとえ引き分けでも、全国出場は安泰だろう。

 俺は、ここで勝たないとギリギリまで競ることになる。

 余裕がないのは、俺の方だ。

 ダメで元々、ちょっと無茶をしてみるか?

 中距離から一歩踏み込んで、工藤のビームライフルの銃身を押し下げる。そのまま密着するように相手の腕を滑り、ビームピストルを抜いた。

 肩を並べるように、横並びになってコクピットを狙う!

 が、工藤は自分の胸すら打つように、大斧を引き寄せやがった。

 まともに、大斧の刃が二機のコクピットを打つ。


「焦りすぎたか……」


 真っ赤に染まったコクピットで、俺はガックリ肩を落とした。

 モニターの表示は


【DOUBLE KNOCK・OUT!】


 あいつも予想外だったのだろう。泡を食って斧を振り、自分のコクピットも潰しちまったようだ。

 ハハハッ……乾いた笑いが漏れる。


 コクピットブースを出ると、工藤の苦笑いが待ってた。

 ため息をついて、握手を交わす。

 これで三勝二敗一引き分け……。

 この引き分けがどう響くのかは、来週の最終戦次第だろう。

 あと一試合だ。

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