決勝リーグ二日目

「まったく……つばさちゃんの言う攻守の切り替えってのは、どのタイミングなんだよ!」


 ビームとソードのコンビネーションの巧さに舌を巻きながら、俺はコクピットブースの中で叫んでいた。

 決勝リーグ二日目。

 三試合目に組まれた、俺と東東京二位の佐久間大輝さくま だいきの試合は、もう始まっている。

 加速して躱そうにも、相手の機体も同じレパード改。引き離せはしない。

 掴みに行くには一歩遠い。撃ち合いに行って、虎の子のレールガンの銃身をソードで斬られては堪らない。


「ちょうど、ソードの刀身分遠いんだよなぁ」


 ギリギリ、相手の間合いを保たれつつ、まるでダンスを踊るように付かず離れず。

 本当に間合いの取り方の上手い奴だと思う。

 先週の二戦の闘いのデータから、八神翔やがみ かけるを射撃型と見極めている所に付け入る隙はありそうだけど……。今のところ、防戦一方だ。


「少しは離れろ!」


 僅かに前に角度をつけて、レールガンで床を撃つ。

 他のステージと違って、トルーパーコロシアムでは床が崩れたりはしないが、貫通力がないレールガンなら跳弾がある。

 が、それもそつなくタワーシールドで受け切る辺りは、本当に巧い。

 確か、小学校の低学年からトルーパーをやってるんだそうな。

 春から始めた俺と、どれくらいキャリアに差があるんだ?

 これでも、つばさちゃんに散々言われて、ランダムな動きは心がけてるはずなのに、まるで見透かしたように、ピッタリ間合いを保って着いてくる。

 経験値の差だとしたら、苦しすぎる。

 どうやって引き剥がすかを考えている内に、左腕のバックラーを切り飛ばされた。あんな小さな丸い盾でも、接近戦では頼りになると言うのに。

 この状態から、どうやって引き剥がす?


「ん? 距離を取らなきゃいけないのか?」


 不意にそんな考えが、稲妻のように光った。

 体勢を立て直すには、間合いを取りたいところだけれど、俺本来の闘い方はむしろ……。

 出たとこ勝負の乱戦覚悟で、逆に踏み込んでやる。

 慌てたのは、相手側だ。

 距離を取って逃げたがっていた相手が、急に踏み込んで、逆に間合いを狭めてきたのだ。

 戦法の急変に、対応できていない。

 慌ててプラズマソードを振り上げる。

 その手首を押してやりながら、喉元に添えた手に圧を込める。反射的に交代しかけた佐久間機のバランスが崩れ、たたらを踏む。

 よろけた踵を蹴ってやれば、堪らず仰向けに倒れた!

 ソードを持つ手を踵で踏みつけ、ビームピストルをコクピットに突きつける。

 一瞬の二連射で、勝負は決した。


 これで二勝一敗。やっと勝ち星が先行した。

 つばさちゃんに教わったように、勝利者インタビューは奢らず謙虚に。相手を称えるくらいが、丁度良いらしい。

 ステージ袖で、午前中最後の出番のつばさちゃんと擦れ違う。


「お昼のチキンカツ弁当、私の分も確保しておいてね」


 ハイタッチのついでに、言うことがそれかい!

 鯖の塩焼きは大好物でも、アジフライは苦手と見た。

 不思議な偏食の多い娘だから、試合も見ずにさっさと控室に戻って、チキンカツ弁当を確保しておいてやる。

 プラスチックの茶碗にほうじ茶を注ぐ頃には、試合が決しているはずだ。

 昼食が二種類あるのは良いけど、せめて参加者に注文を取って先に選ばせてくれよ。


「調子良いじゃないか。佐久間相手で勝ち星先行とは」

「なんとか、ギリギリでやってるよ」


 工藤も、当たり前の顔でこっちの席に来るよな。

 東東京は東東京で、まとまらなくて良いのか? まさか、嫌われてるとか……。


「初日に他の二人を潰してるから、居心地悪くてね」

「あら? 私も初日に八神くんに勝ってるけど、居心地悪くないよ?」


 インタビューを終えて帰還のつばさちゃんが、涼しい顔で言い切った。珍しくもイチゴの入ったタッパーを持参して、女子力アピールだ。

 絶対、これはママさんの入れ知恵だな。


「そっちは元から師弟関係でしょうが。ウチはライバル関係なの」

「仮にもシードなんだから、文句を言わせないくらいにブッ千切っちゃえば良いんだよ」

「そんなのは、天宮さんと大原さんくらいのものでしょ。毎度毎度、『打倒工藤!』とかされるのも、意外と辛いよ」

「ごめんねぇ。解ってあげられなくて!」


 ケラケラ笑いながら、チキンカツを一齧り。

 自分もさんざん標的にされてるくせに、まったく意に介していないからなぁ。

 天宮つばさは、今日も絶好調だ。

 工藤も負けずに三連勝。なんだかんだ言って、実力は抜けている。

 この二人相手の二敗は覚悟しているけど、勝ち残るには、他の相手には負けられない。一応三敗が当落ラインと言われてるけど、できれば当確を出したいものだ。

 そのくらいの気持ちでやらないと、勝てやしないだろう。


 午後の相手は、神奈川県一位の伊勢大夢いせ ひろむか……。

 神奈川県大会で唯一、あの伊織ちゃんを破った選手だ。

 あの正確無比の狙撃を、どう潜り抜けて勝ったものやら。県大会は中継が無くて、試合の動画が残っていないのが残念だ。残っていれば、伊勢の本気が見られただろうに。

 試合が午後一番なので、あまりお腹に詰め込まないほうが良いかもね。

 解っていることは銀縁眼鏡の理系男子タイプの外観と、水色のバリアントを愛機としていること。伊織ちゃんと同等の装備で、スナイパーライフルの愛用者だ。

 ただ、見た感じでは、それほど精密な射撃ではなく、どうして伊織ちゃんが負けたのか、解らない。


「こら、ぼうっとしないでちゃんと味わう!」


 甘っ! イチゴ甘っ! 揚げ物弁当の後だけに瑞々しさと、甘さが鮮烈だ。


「つばさちゃんママさん、ありがとうございます」

「誰にお礼を言ってくれてるのかな?」

「えっ? ママさんのお持たせじゃなくて?」

「お持たせだけどぉ……そこは私を褒めてよ」

「なんで?」

「なんでって……もう知らない! 伊勢くんに撃ち抜かれてしまえ!」


 こらこら、これから試合の選手に、なんてことを。

 呆れ顔の工藤に肩を竦めて、一足先に会場へ移動する。

 程なく午後の部が始まり、俺と伊勢がステージに呼び出された。

 戦績は、まだつばさちゃんとも、工藤とも当たっていない伊勢は全勝キープ。完全に東京勢を出し抜いている。

 お決まりの簡単なインタビューを終えて、コクピットブースに入る。

 いい加減見飽きたコロシアムのステージに立つのは、俺のレパードと、伊勢のバリアント。

 俺は細かな動きでコントローラーの癖を探り、伊勢はスナイパーライフルをあちこちに狙いを定める、ちょっと変わったウォーミングアップだ。

 カウントダウンが始まる。

 さて、こいつはどんな闘い方をするのか?

 見ることに重点を置いたその一瞬、狙いなど定めない。まったく無造作に放たれたスナイパーライフルが、俺のコクピットを撃ち抜いた。


「え?」


 真っ赤に染まったコクピットの中で、俺は暫く、何が起きたのか理解できずにいた。

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