平日のドギマギ
「お前も疲れてるんだから、あまり無理しなくていいぞ」
「何言ってんの。店屋物ばかりじゃ、飽きるだろ?」
下拵えさえ済んでしまえば、煮物の類はあとは火加減くらいだ。
いくら夏が近づいていると言っても、小分けで冷凍保存しておけば四、五日は保つ。
親父がもっと酒を呑む方なら、飲み屋のつまみは魚も野菜も豊富だ。でも、そうでないと弁当屋や中華屋では、どうしてもね。コンビニ弁当も最近は副菜が省かれてるし。
『ホビーショップ天宮』からの帰り道、自転車でスーパーに寄ってお買い物。
根菜の煮物や、魚を調理して、冷凍保存しておく。
八神家の家計は、連日の外食ができるほど豊かではない。
親父は、口に入れば何でも良いという、拘らないタイプだ。それに、絵の方の気が乗れば、平気で食事を忘れちまうからなぁ。
今日も、見切り品のおにぎりを買ってきて大正解。
晩飯を忘れていた親父は、貪るように頬張ってる。どこの欠食児童だよ。
準備してあった味噌玉を湯で溶いて、簡易味噌汁を付けてやったら、大感激された。
だし入り味噌に乾燥わかめなどの具を混ぜて丸め、一食づつラップで包んで置いておく味噌玉は、二人分の味噌汁では余ってしまうような俺の家では、ベストセラーだ。
「しかし、決勝リーグにまで残っちまうのは、大したものだ」
「出来過ぎだよね? 明日、爺ちゃんの所に電話してお礼を言わないと」
「少しは役に立ってるのか?」
「俺の頼みの綱だもん。本当に助かってる」
熱いお茶で、柿ピーを飲み込みながら頷く。
煮物はあと、冷ましながら味を染み込ませればオーケーだ。もう茶の間に戻って、テレビを眺めてる。
もちろん、ジュニアの関東大会の結果が、報じられたりはしない。
プロの国内リーグの結果や、海外リーグで活躍する日本選手の話題は出るけど。だからこそ、安心して眺めていられるんだ。
テレビから自分の名前なんて流れてきたら、息が止まっちまうよ。
もっとも、俺はスマホで、今日の試合のアーカイブを見ながらだけど。
「全国大会に出るようなことになったら、お祝いしてやらないといかんな」
「気が早すぎだって。二つ負けなら確定。三つ負けなら半々。四つ負けたら諦めろ。って言われてるんだし、相手はみんな実績十分なんだから」
「先に計画しておかないと、いざという時に予算が無くなるぞ?」
「その冗談、リアル過ぎて笑えないよ」
親父がこんな饒舌な夜も珍しい。
父親と息子だけの家なんて、お互いムスッとしながら、最低限の話しかしないくらいが当たり前だもんなぁ。
それだけ嬉しく思ってくれてるのは、ちょっと擽ったい。
「そう言えば、天宮の店長さんに、挨拶とかしなくていいの?」
「もう済ませてるよ。お前たちが勝浦に行ってる間にな」
「俺も一緒に行った方が、良かったんじゃない?」
「大人同士の話もいろいろあるからな。子供は気にせずに、一生懸命頑張ってろ」
珍しいついでに、さらに珍しくも、父親らしいことを言う。
こんな時は、息子としても父親を立てておくべきだろう。
よろしくお願いしますと、頭を下げた。
学校での反響は、県大会の時よりも大きかった。
顔も知らない下級生や、上級生にも声をかけられたし、同級生は一部が盛り上がってるのを耳にして、教室中に広がってしまった。
県大会の時と違って、今回はまだ、決勝リーグの途中ということもある。
週末にネット中継を開けば、俺の勇姿(?)が見られるとあって、盛り上がりの質が違う感じがする。過去形でなく、現在進行形。
今からでも、この盛り上がりに参加できるぜ! ってな具合かな?
応援してもらえるのは、こそばゆいけど、嬉しいぞ。
ますます、下手な成績を残せなくなってしまったよ……。
月曜の放課後は、店長と一緒にスポンサーへの挨拶回りをしながら、決勝リーグの報告をするのが定番になってる。
今のところ、好成績で気を良くしてもらえてる。
これをずっと続けていかなくちゃ。俺だけじゃなく、来年、チームとしてやってくためにも、スポンサーは必要なのだから。
そんなプレッシャーにも、慣れていかなきゃならないんだろうなぁ。
どこかのお嬢さんほど強気にはなれないけれど、スポンサーさんからも、全国大会出場は、期待されていると感じられる。
なんとか応えられるようになりたい。痛切に、そう思った。
「東東京二位は
配信アーカイブで試合を見返せるのは、決勝リーグの良い所だ。自分でも見返してはいるけど、レベルが違う相手が見ると、見える世界が違ってくる。
俺からすると付け入る隙のない相手でも、全国二位の目には隙が見えるのだからとんでもない。ちょっとずるい気もするけど、利用できるものは利用しないと、俺の経験値の低さは補えないだろう。
「あまり去年と変わってないね。佐久間くんの弱点……というか、問題点は彼自身の性格。腕は良いんだけど、冷静さに欠けるの。守る、攻めるを柔軟に切り替えられないから、タイミングを誤って、深追いし過ぎたり、攻めを誤ったり。付け入る隙はそこだね」
「しんどそう……。俺の方が見誤ると?」
「……負けが一つ増えるだけ。東東京二位は伊達じゃないよ?」
「俺も千葉県一位なんだけどなぁ……」
「工藤くんに勝ってないでしょ?」
「あれは東東京一位というより……」
「全国では、工藤くんもベストエイト止まりなんだよ」
おいおい、ちょっと待て。
俺にどこまで望もうっていうんだろうね、この娘さんは。
「どこまで行くのか楽しみ。経験が少ない分、底が見えないからね。八神くんは」
「エセ合気道がどこまで通じるやら……?」
「それだけじゃないのよ、八神くんの武器は……」
「ナニソレ、もっと詳しく」
「意識しちゃ駄目だって。それが武器だって思ってないから、武器になってるんだもん」
膝を抱えて、意味ありげに笑う。
そういう女の子っぽい仕草はやめて欲しい。
二人っきりでつばさちゃんの部屋で、肩寄せ合って動画を見ているという状況を理解しているのだろうか?
しかも、ミニのキュロットで脚線は剥き出しときてる。
ね? 無防備にもほどがあるって。
こっちは、妄想過多の思春期男子っていうのに。
この所、急に女の子っぽい仕草になったりするから困るんだよ。
「ちょっと下で、暴れてくるかな。レールガンの使い方、もうちょい考えないと」
ドギマギしながら、立ち上がる。
ベッド側の壁にかけられた、ジャンパースカートの制服から、慌てて目を逸らした。
「そればっかりは、私もアドバイスできないねぇ」
深い溜め息をついて、つばさちゃんもラップトップパソコンを閉じる。
そそくさと下へ降り、店の地下の対戦台に向かう。
この時、もうひとりの相手の分析を聞かなかったことを、俺は後で後悔することになる。
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