決勝リーグ ~vs榊原征海

「おやおや、カツカレーで験担ぎかな?」


 俺に初戦黒星をつけた娘さんは、ケラケラ笑いながら向かいに陣取る。

 焼き魚弁当とは、渋い選択じゃないか。昨日から高カロリーが続いてるから、ダイエットを目論んでいるのかな?


「違うよ? 単に鯖の塩焼き、LOVEなだけ。試合も勝つし、お昼は大好物だし、今日はきっとラッキーデー」


 自分が負かした相手を前に、はしゃぎ過ぎじゃないですかね、この娘さんは。

 その隣りに、いつにも増してチャラいのが陣取る。


「あぁ、出遅れた。最終試合担当だと、弁当争いは不利だ。今日は絶対に、カツカレーの方が正解だってのに」


 仕方なく焼き魚弁当を開いた、工藤匠くどう たくみが嘆いてる。

 傍から見ると、全国二位の天宮あまみやつばさと、関東二位の工藤匠に囲まれた、唯一の中学二年生、八神翔やがみ かけるってのは、一体何者だ? って絵面だろう。

 工藤も、同じ東東京勢を無視して、こっちに来るなよ。

 ちなみに、大会中の昼の弁当は二択です。


「焼き鯖の美味しさを知らないなんて……オコチャマね」

「それ、天宮さんだけには言われたくないよ」


 やっぱ、工藤から見てもオコチャマなんだ。納得した。

 ただ、二人は当然の勝者で、俺は敗者。まだ一戦とはいえ、気分は違う。

 午後に連敗は避けたいなぁ……。カツ食っておこう。


「八神くんの午後の相手は、ちょうど工藤くんと戦った榊原くんね。東東京三位の」

「俺は、榊原相手だと相性が良いから。八神と当たるとどうなるかは興味がある」


 焼き魚コンビに興味津々の目で見られてるよ。

 決勝リーグの良い所は、一戦づつ行うから、互いの闘いぶりを観察できる所だ。

 見た感じ、榊原は接近戦を得意とするみたいだったな。工藤相手だとあの大斧に遮られて、仕掛けが上手く行かないような負け方だったけど……。


「あの榊原という選手も接近戦が得意なの?」

「さあね……同じ東東京勢としては、余計な情報やらない」


 知らっ惚けて工藤が笑う。

 だったら千葉県勢の所じゃなく、東関東組で弁当食えよ!

 頼みの綱の千葉県勢は、幸せそうに鯖を突付きながらウインクだ。


「絶対的に経験不足なんだから、なるべくデータ無しで戦う方が引き出しが増えるよ」


 ……鬼だなぁ。言ってることに間違いはないだけに、言い返せない。

 自分で分析できなきゃ、この先で困るだけだ。

 来年は、高校生になるつばさちゃんに頼れないから。


「そう言えば、なにか知ってる? 京都で勝った大原藤花おおはら とうかって、やっぱ彩花さいかの妹なのかな?」

「ネット中継の局の人に聞いたけど、妹だってさ。怖いねぇ、八神といい、一年過ぎるとどんどん新しいのが出てくる」

「それは楽しみな方だけど。性格まで彩花似だと嫌だなぁ」

「アハハハ……相性悪そうだもんね、お互い。顔立ちは似てるんで、局の人はプッシュ傾向らしいよ」

「まったく……世間は大和撫子に甘すぎる!」

「力説するな」


 そんな馬鹿話をしている内に、昼休みは終わってしまう。

 忙しいことこの上ないが、午後のスタートは午前の最終戦だった工藤からだ。


「ほら、私の出番が終わっちゃうと接続数がガタ落ちするから」


 得意げに、隣で娘さんが豊かな胸を張る。

 後で確かめたら、本当らしいから困ったものだ。

 世間は美少女プレイヤーに甘すぎる! と力説しておこう。

 工藤の相手は、もうひとりの東東京勢、柏尾克也かしお かつやという奴だ。

 俺と当たるのは、最終日。

 多分どちらか、下手すると両方の運命が決まっている。

 同地区で手慣れた相手だけに、難無く上位者の工藤が仕留めて終わった。


 そして、俺と榊原征海さかきばら いくみが呼び出される。

 うっ……身体の大きさは標準だけど、丸刈り頭で、左右ともに耳がちょっと変形してる。って事は、何らかの格闘技の経験者……それも、相当やり込んでる。

 パッと思いつくのは、アマレスか、柔道だ。畳や床に耳を擦り付けて、寝技から逃れる練習をするって、プロレスラーの本によく書いてある。

 工藤が興味津々に見るわけだ。

 付け焼き刃の俺の合気の技が、どこまで通用するのやら……。

 試合前インタビューには、殊勝で無難な受け答えができるくらいには、落ち着いてる。

 榊原のバリアントは、いっそ清々しいくらいに初期色の白のままだ。

 腰に黒い横線が入っているから、おそらく得意は柔道で、黒帯なのだろう。頼むからそっちの道を極めて欲しい。何もトルーパーの世界に来なくても……。

 装備はレールガンにバックラー、ワイヤーフックって、俺と同じ。

 他人の事は言えないが、完全に掴むこと前提のセッティングだよ。

 さて、どうしよう?

 カウントダウンが進んでも、まだ自分の戦略が決まらない。

 試合開始!

 肩口の高さで、前に出すように両手を挙げた柔道の構えで、ぐっと前に出てくる。

 その圧力に押されるように、俺は全力後退で距離を取った。


(まともに組んじゃダメだ。俺、そんなにプライドねえから)


 組み合って、勝てる気がしない。

 冷静に頭の中で、確実に勝っている部分を探す。


「悪いな。そっちはバリアントでも、俺はレパードなんだ」


 どこかの誰かを見習って、フィールド内を疾走する。

 もちろん牽制のレールガンも忘れない。……あんなに流れるように撃てないけどね。

 一番身近な相手だけに、闘い方のリズムも身体が覚えちゃってる。

 実績じゃあ、一番下なんだ。少しでも勝ってる部分で、勝負するしか無い。

 あの勘のいい相手と戦っているから、ランダムな動きは身についてる。お前さんはどうなんだい?

 当たると見るや、バリアントの左膝に射撃を集中する。

 貫通こそしないが、衝撃は強い。狙いは膝関節だ。

 踏ん張りが効かなくなれば、ますますレパードは追い切れまい。

 それに、相手がグラついたからといって、接近して追撃できる気がしないんだ。まだまだ、ヤバい気配を漂わせてる。

 卑怯と思われようが、これも戦略。何も相手の有利で戦うことはない。

 フィールドを駆け回りながらの射撃戦で、追い込んでいくのが、今日はベストだろう。

 右膝、そして左膝へとダメージを溜めてゆく。

 防戦一方の榊原機は、バックラーでコクピットを庇う。致命傷を避ける作戦だ。


「それなら、次は……」


 射撃をバックラーの設置された、左肘に集中するだけだ。

 左肘がグラついたなら、中距離に間合いを変えて、ワイヤーフックを放つ。

 力比べでは不利なレパードだが、ダメージでグラついた肘なら、無理に引き剥がせる。

 ガラ空きのコクピットに向けて、レールガンを三連射!

 反撃のレールガンを喰らいながらも、コクピット直撃の成果は大きい。

 盛大な花火が上がるとともに、今日の戦績を一勝一敗のタイに持ち直した。


 とにかく勝てたことで、帰路の車中もムードは明るい。

 ネットの反応を調べてみると、すっかり俺は射撃型に認定されているみたいだ。

 つばさちゃん戦の序盤もそうだったし、午後はほとんど、レールガンしか撃ってない。

 昨日の予選や、県大会の動画なんて無いから、そう見えるんだなぁ。そのイメージでいてくれると、こっちとしても戦い易いのかも知れない。

 上手く使えればいいけど。

 連勝の人は、すやすやと寝息を立ててるし……。

 まだ先は長いから、どこまで食らいついていけるか。

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