決勝リーグ ~vs天宮つばさ
「私と、八神くんの決勝リーグ進出を祝って……カンパ~イ!」
根がオコチャマだと解って来ているが、ひょっとしてサイダーに酔ったのか? つばさちゃんは上機嫌で、何度目かの乾杯を強要する。
予選リーグを終えた夜。
明日に備えて、近くのビジネスホテル泊の俺たちは、近場にある老舗の洋食グリルのレストランで夕食中だ。
中華街に未練タラタラだった娘さんも、スマホ検索をしたメニュー表の金額を見て、現実を噛み締めてくれた。
そんなお高い店ばかりじゃないとはいえ、祝勝会も兼ねてだから、少しは贅沢したいじゃないか。
オコチャマはハンバーグとエビフライのセットで、俺はポークチャップ。店長はビーフシチューにナポリタンと、今日は解禁の生ビール。
掛け値なしの御馳走だ。スポンサーの皆様に、ありがとう。
「でも、よく八神くんが、あの組み合わせで勝ち残ったね。素晴らしい!」
「誰だよ、俺のくじ運が良いって言ったのは?」
「負けても言い訳できるし、可愛い女の子いるし、文句無しのくじ運でしょ?」
「普通は相手の弱い山に入った時に、くじ運が良いって言わない?」
「強い相手と闘いたがってたくせに」
「練習の時の話だろ、それ」
本当に勝手すぎる娘だ。
店長はすぐにスポンサーさんに連絡を入れてくれて、お褒めの言葉を頂いてる。
俺は俺で、早くも数校の私立高校から、名刺をもらった。関東地区のベストエイトという看板は、思ってる以上に評価が高いようだ。
ちなみに、このみちゃんは、初戦こそ栃木の二位相手に勝ったものの、二回戦で西東京の二位と戦って負けている。もう一人の千葉代表は初戦で消えた。
ベストエイトの顔ぶれは、全国二位の天宮つばさ。昨年の関東二位の工藤匠。そして、俺。他には東東京二人、西東京二人。神奈川の優勝者。の計八人。
さすがに東東京が三人、西東京が二人と東京勢が多い。千葉二人、神奈川一人。千葉勢は悪くない成績とも言える。
明日は、その内二人と午前、午後それぞれに一戦づつ戦う。
それを三週間。四週目に午前中に最後の一戦を終えて、午後に表彰式。
全国大会に参加できるのは、上位四名。確率五割は間口が広いのか、狭いのか……。
今日のトーナメントからも、一筋縄ではいかない相手だってのは当然だろうなぁ。
「決勝リーグで、強敵になりそうなのは誰だろう?」
「もちろん、天宮つばさちゃん!」
……訊いた俺がバカだった。
「……シード二人を除いた中で」
「全員と言いたいけど……一番、八神くんを警戒してるのは、地元神奈川一位の
「伊織ちゃんか……。あの娘の狙撃は半端じゃなかったな」
「実際に、県大会でも彼女に勝てたのは、伊勢くんだけだったから。隣のブロックだったから見てたけど、敗戦を聞いて愕然としてたよ」
「マジですか……」
「でも、どっちにしろ明日の初戦は勝てないだろうから、気にしないようにね」
「え? 明日の組み合わせ、もう出たの?」
それは初耳と、スマホをチェックする。
明日以降のリーグ戦の組み合わせは、夜に発表されるって話だったから。
でも、何の発表もないのですけど……?
「初日だけは、想像がつくのよ。毎年、東京組が多いから、後半の戦績が微妙な所で協力し合わないように、同地区の選手は早い内に対戦させるの」
「……て、ことは?」
「うん、明日はたぶん、私と八神くんの対戦だね」
にんまりとハンバーグを頬張りながら笑う。
理由は納得できるけど、いきなりつばさちゃんかよ……。
「残念だね、八神くんの公式戦無敗の記録が途切れちゃう」
「そんな記録は気にしないけど、いきなり敗戦決定はキツイなぁ」
「トーナメントと違って、負けても次はあるから、気持ちを切らさないようにね。それに、練習試合はしてても、本気勝負の公式戦は初めてだからね。楽しみ楽しみ」
「くそぉ……その余裕の笑みが憎い」
「でも、安心しなさいって。私と戦う相手には、平等に負けを一つ付ける予定だから」
そのニコニコ顔に腹が立つ。
反撃とばかりに、切り分けたばかりのハンバーグを一切れ奪って食べてやる。……旨っ!
「ああっ! 私のハンバーグ! ええい、そっちの肉も奪わせろ!」
店長まで巻き込んでの、メインディッシュの奪い合いだ。
どの料理も美味しいし、お試しでシェアしたようなものだ。お行儀は悪いけど。
ビーフシチューの牛肉に蕩けかけたよ。ミンチじゃない牛肉は、久しぶりに食ったな。
「おっと……八神くん、組み合わせの発表が来たよ」
スマホをチェックしてみると……つばさちゃんの予想は正しい。
明日の午前は、天宮つばさvs八神翔の千葉県対決だ。
午後には、つばさちゃんは西東京二位の
俺は……来週、神奈川の伊勢と。再来週は工藤匠と。それぞれ戦うことになる。他の東京勢だって、雑魚扱いできやしないんだけどな。
「八神くんは七戦して、二敗で抜ければ確実に全国。三敗だと他の結果次第。四敗しちゃうと、諦めって所かな?」
「だなぁ……。なるべく、負けない様にしなくちゃ」
「明日からは、配信の生中継があるから、緊張しないでよ?」
俺以外は、全員中三。そして、関東ベストエイトも初めてではない。
バトルステージが、コロシアムで共通なのは助かるけど、その分、対戦前のインタビューとか、緊張させられることが増える。
早い所、慣れないといけないな。
「さて、そろそろ戻るか。二人共、今日は早めに寝ておきなさい」
店長の一声で、店を出る。
途中で、コンビニで飲み物を買った。備え付けの物は高い!
やっぱり、疲れていたのか。
部屋に戻って風呂に入り、ベッドでぼうっとしていたら、いつの間にか眠ってた。
翌日、会場入りすると、雰囲気がまるで違っていた。
舞台中央に設えられた巨大なモニターと、正規の対戦用コクピットブース。
その横のサブモニターは、対戦者の表情を映す為と、つばさちゃんが教えてくれた。
それ以外の舞台セットも、雰囲気を盛り上げてくれている。
司会と実況は、フリーのアナウンサーの人が担当するのだとか。
ネット配信とはいえ、生中継が入るとここまでするのか……。
ステージの照明は、けっこう眩しいし、熱い。
参加選手が一列に並べられて、インタビューを受けるんだけど、実はこの先の記憶が全く無い。緊張で、頭の中が真っ白になっていたんだろうなぁ。
俺の出番……というか、天宮つばさの初戦は、開幕戦になってるわけで。
頭が真っ白になっていた俺は、つばさちゃんに思い切り足を踏まれて我に返った。
「イテッ! いきなり何だよ?」
「おかえり~。魂が飛んでるみたいだったから、呼んでみた」
大きな笑い声。満員の客席。
ようやく、自分がステージに居ると気がついた。
「え? いつの間にステージに?」
「五分くらい前からだよ? 大丈夫? 試合できる?」
「やるさ。その為にここにいるんだし……サンキュ、助かった」
拍手に送られて、コクピットブースに入る。
マジで大感謝。ステージを甘く見ていたけど、こんなにアガっちゃうとは思わなかった。
セフティバーを下ろして、深呼吸。大丈夫、落ち着いてるとは言い難いけど、意識はちゃんと、俺の身体に戻ってる。
こうして、画面に集中できる方が楽だ。
実力は遥か上で、更に場馴れし過ぎてる彼女と戦うのに、ぼうっとしてなんていられない。
勝ち負けはともかく、無様な試合だけはしたくないからな。
試合開始とともに、ショッキングピンクの『疾風』が奔る。
このスピードで、縦横無尽にステージを駆け回るのが、天宮つばさの闘い方。
優美にステージに立ち、舞うように攻撃を交わしつつ鎧袖一触、相手を屠る『舞姫』
彼女のように、じっくりと待ち構えるのも手なのだろうけど、少しは身体をほぐさないと勝負にならない。
まずは距離を取るように、機体を加速する。意味なく機体を振りながら、身体の方の緊張を……という気持ちを見透かしたように、スナイパーライフルの狙撃が来る。
まったく、油断も隙もない!
昨日の伊織ちゃんの正確さは無いけど、嫌なタイミングで撃って来るんだよな、本当に。
レパードに空足を踏ませるようにして、着弾を躱す。
多少のバランス崩れは仕方がない。
同じ武器でも、扱う選手によって、使い方がかなり違うんだ。
ほら、こっちがバランス崩すのを見越して、斬り掛かってくるし。切っ先を躱し、振り抜く腕に手を添えて巻き込もうとするが、先に受け身に飛ばれて逃げられる。
ううっ……毎日の練習の成果が出てるなぁ。
演舞を磨く傍らで、二人の時は技の躱し方の練習もしてます。合気を極めるよりは、トルーパーに役立てるの優先だから。
まさか、達人級の人はいないだろうし……。
「少しは、こっちにも反撃させろ!」
レールガンを撃っても、当たりはしない。
コロシアムステージでは、衝撃が売りのレールガンでも、砕けるものは置かれてないからなぁ。速い上に勘が良いから、狙った所に居やしない。
来年は高校生大会で規約が変わるから、絶対に脚にホバーをつけるだろうな、この娘さんは。……暴走トルーパーめ。
こっちの手の内も熟知してるから、本気になると、本当に掠りもしない。
「ええい! 当たらないものを狙ってられるか!」
緊張は解れたし、ステージ中央で機体の移動を止める。
動きを目で追うだけなら、なんとかできるぞ。
しかし、何で予備動作も無しに、正確な狙撃ができるかなぁ? 高速の機体移動の、片手間で撃ってるとしか思えないのに。
後で配信アーカイブのコクピット動画を見て、研究しよう。本人に訊いた所で、「えっ? できるでしょ?」と不思議そうに言われるのが落ちだ。
根がオコチャマでも、全国区のトッププレイヤーだと実感させられる。
「情けないけど、接近戦にしか勝機はないね」
そう迎撃体勢を取られても、真正面から向かって来るのが、天宮つばさだ。
でも、何でライフル構えたまま、向かって来るんだよ!
一射目は躱せても、二射目は仕方なくバックラーで弾く。三射目は銃身を押して躱し、懐へ飛び込む。
途端、モニター全体が赤に染まった。
盛大に花火が上がる。え? え? 俺、何された?
セフティーバーを上げ、身を捩って背後のメインモニターを見上げる。
ちょうどリプレイが出ている。
「ちょ……ソードか……」
連射しながら接近するツバサちゃんのレパードは、左手にまだ刃を形成しないままの柄を握っており、左手はライフルに添えてるだけだ。
接近し、ライフルを跳ね上げて懐に入った、俺の機体の背に押し当てるようにしてプラズマの刃を形成する。
コクピットを貫かれる形で、俺の負けだ。
コクピットブースを出て、拍手をくれる客席に一礼。
ステージに戻ると、勝者はすでに、得意満面の仁王立ちだ。
「やっぱ、勝てねぇ……」
「八神くんも、まだまだだね」
握手を済ませて、最敬礼。
勝利者インタビューを受ける笑顔に背を向けて、俺はステージを降りる。
まずは〇勝一敗。
仕方のない相手とはいえ、悔しくないはずがない。
俺は、深い溜め息を吐いた。
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