予選トーナメントの闘い
(嘘だろ! いきなりレールガンを狙撃した?)
煌めく波を背にして立つ、タルタロスの巨躯を見つめて、俺は唖然としていた。
開始数秒で遠距離武器のレールガンを失い、心臓の鼓動が激しい。
いきなりこちらのメインウェポンを奪っておきながら、追撃が来ないのが不穏過ぎる。一気に攻め落とすのではなく、冷静に狙いを定めて、こちらの戦力を奪っていこうとするクールさが尋常じゃない。
(ヤバい、この娘……本気でヤバ過ぎる!)
兎にも角にも、慌てたら負けだ。
スナイパーライフルは長銃身だし、どうやっても銃口からしか弾は出ない。竦み上がった身体を解して、相手の銃口を見極めろ。
燃え上がるんだ、思春期男子のエロ心! さっきのつばさちゃんのハグの感触を思い出し、無理矢理にも心拍数を上げて、体中に血液を送り込む。ショッピングセンターのイベントの頃に比べて、また一回り育ってないか? 育ってるよなぁ……。
無心には程遠いが、恐怖は薄れた。
一瞬の閃きに、機体を左に振る。
掠めていった長距離ビームの細い弾光に、汗を拭う。
大丈夫、なんとか躱せる。躱し続けて、接近戦に持ち込むしか無い。
狙撃を躱されても、動揺すら見せずに、再び狙いを定める伊織ちゃん。
同じスナイパーライフルでも、つばさちゃんのようにフィーリングで撃つのではなく、しっかり狙って撃つ彼女は、見切り勝負と見極めたようだ。
その銃口は、真っ直ぐ俺の機体のコクピット部へと向けられた。
こうなると、余計な動きなどしない方が良い。
じっくりと相手の呼吸を窺い、タイミングを見切るのみだ。
この間合いでは、まだ銃しか届かない。せめて、あと半分縮めないと……。
ADトルーパーが脳波コントロールを併用していることを、こんな時ほど、ありがたく思うことはない。
大昔の対戦格闘ゲームでは、待機中はリズムを取るアニメーションで表現していたが、トルーパーでは、脳波による干渉がある為に、常にポリゴンの機体が揺れ動く。
凛と集中して狙いを定める伊織ちゃんの機体ですら、微妙に揺らぐ。
その揺らぎに相手の呼吸を感じられるからこそ、合気の嗜みが活きて来るんだ。
もう理屈ではなく、感覚で『来るっ!』と感じた瞬間に躱す。躱しながら、前に出る。
ほんの少しでも間合いを詰めて、こちらの間合いに持っていかないと。
一発。また一発と躱す度に、どよめきが起こる。
あと一歩。次を躱せば、攻め手がある。
そして……躱せた!
体勢を低くして、右手のビームガンを撃つ!
……もちろん牽制だ。伊織ちゃんがライフルを構えるタイミングを遅らせれば充分。
ビームを避けるべく、立てられたライフルの銃身に、公式戦で初めて使う左手のワイヤーケーブルを放った。
鉤爪状の円錐形の重りが飛び、スナイパーライフルの重心にワイヤーを絡める。
綱引きになるかと思いきや、一瞬の判断で、伊織ちゃんはライフルの銃口をこちらに向ける。この距離なら、狙わずに当たると。
ワイヤーを振って重心を揺らし、その隙に懐へ飛び込む。
ライフル本体を叩きつけようとするのを避け、その力を利用させてもらう!
背後から右手で、タルタロスの後頭部を押し下げ、踏ん張ろうとする脚を蹴って払ってやる。
見事に一回転する、重量級トルーパーの巨体。
その右腕を極めて、剥き出しのコクピットにビームガンを突きつける。
堪らずに、伊織ちゃんからギブアップが入った。
まず、一勝!
大きなため息を吐いて、シートに身を預ける。額の汗を拭って、VRゴーグルを外した。
疲れた……身体中汗だくだ。キャップを被って外に出る。手を挙げて歓声に応えるのがやっとだ。
信じられないと言った表情の伊織ちゃんが、すでに待っていた。
握手を交わす。
「なぜ……なぜ、避けられるんですか?」
「トルーパーが、脳波コントロール併用だから……かな。君の意志が、トルーパーの動きに感じられたから、それを頼りに……なんとか避けられた」
「私の意志が……伝わる?」
「呼吸や予備動作。……トルーパーって生き物みたいに動くから」
「ありがとうございました。……次の課題ですね」
ニコッと微笑むと、この娘も可愛らしい。
凄え疲れたけど、良い闘いだった気がする。
審判が三十分の休憩を宣言した。
タオルで汗を拭い、スポーツドリンクを飲み干す。喉がカラカラだ。
「やるじゃんか。神奈川の鮎川さんを完封したって?」
「工藤か……そっちの試合は良いのかよ」
「もう終わった。シード選手のいるトーナメントブロックは二試合で終わりだからな。瞬殺&瞬殺で二十分もかからなかったよ」
すでに試合を終えたらしい、東東京一位の工藤匠は、呑気に観戦ムードだ。
余裕ぶった態度が、妙に腹立つ。
「つばさちゃん曰く、くじ運が良いそうだけど……いきなりあれでは、俺、残れるのか不安になるよ」
「んな、バカな……。天宮さんもスパルタが過ぎるよ。神奈川の注目株、鮎川伊織と、西東京の覇者、
「そうなのか……まったく、あの娘さんと来たら……」
「途中から見てたけど……良くあの鮎川さんの狙撃を躱せるもんだ」
「こっちも必死だよ。なんとか気配を探って、躱せた」
「派手なことをするから、ダークホースがすっかり有名になっちゃったぞ。見ろよ周りのギャラリーを。もう次は注目の一戦だぜ?」
「周りなんて気にする余裕はないよ。どうせ、あと一つ勝てば注目されるんだから」
「その意気だ。頑張れよ」
もう幾つかのブロックは、試合を終えているみたいだ。
よく通る声の雄叫びが聞こえたから、Aブロックも今終わったかな? あの大拍手の元は、第一シードの娘に決まってる。
休憩を切り上げて、対戦台に向かう。
「大丈夫? 前の試合がキツかったから、少しは待てるよ?」
「息も整ったし、緊張感のある内に始めましょう」
審判と打ち合わせて、試合開始をお願いする。
相変わらず無表情に、前時代オタクな印象の長谷見が立ち上がった。
お互い、先程使ったシートが違うので、すんなりポジションは決まる。
今度のステージは小惑星帯。
今日はとことん、ステージルーレットに嫌われてるみたいだ。
重力が少なければ少ないほど、合気の技は使えなくなる。しんどい状況が続くなあ。
敵は赤いバリアント。赤いから三倍速い……なんてことはないだろう?
カウントダウンから、試合開始。
泣いても笑っても、これが最後。勝ち残らないと決勝リーグに入れない。
牽制の意味を込めて、さっき撃てなかったレールガンを撃っておく。やや右方向による感じがあるか……。
反撃のビームライフルに、ポジションをずらす。
本当に、教科書通りの相手だ。
牽制をしながら、相手の動けるスペースを削って、追い詰めてゆく。
つばさちゃん曰く、
『教科書になるってことは、それだけ有効な戦術だよ。どんなに地味でも、それを確実に実行してくる相手は、安定して強い』
正しくその通りで、そこだけ牽制を甘くしながら、プレッシャーをかけてくる。
そこに動けば、相手の思う壺だと解っていても、そう得ざるを得ない。
さすが、激戦区の西東京で優勝した奴だ。まったく、卒がない。
キャリアの差と言われれば、慰めになる。でも慰めなんて、負けてから聞くものだ。
足掻くこともしなけりゃあ、つばさちゃんに見切りをつけられちまうよ。
何か、アイツの予定調和を狂わせる術はないか……? アレは、どうだ? 奴からは死角にある、一抱えもある岩塊。
ワイヤーフックを伸ばして、手元に引き寄せる。
こちらからも、奴の機体は見えないが、センサーが、位置を表示してくれているから助かる。
岩塊を盾に、隠れていた小惑星の後ろから出て、その岩塊をゼロ距離でレールガンで撃った。砕けた岩塊共とに、奴の機体までの距離を一気に詰めた。
さすがに弾け飛んでくる岩塊の雨は、大きく避けねば躱せない。
形勢逆転! 奴の包囲網から脱出成功だ!
今度はこっちが、レールガンで追い詰めてゆく。
何も奴の機体を狙う必要はない。逃げる先々の小惑星を撃ってやれば、砕かれた破片が絶好の牽制になる。
ただの岩塊とはいえ、当たれば相応のダメージが入るのだから。
コツさえ解ってくれば、小惑星はレールガンを使う俺の味方だ。逃げ切れずに受けるダメージが、次第に長谷見の機体から機動力を奪ってゆく。
元より、機動力では俺のレパードが上位だ。
振り下ろされるプラズマソードを受け流し、あっさり懐に入る。
その瞬間さえあれば、充分だ。
俺は、コクピットに向けて、ゼロ距離でビームピストルを二射した。
戦場である宇宙空間に、盛大に花火が花開く。
「やったぜ! 勝ったぁ!」
思わず拳を突き上げて叫んだ俺は、マナー違反でも構わない。真実、自分の感情を吐き出しただけなのだから。
拍手と歓声が、もの凄い。
どうやら、俺たちのFブロックが最後の試合だったらしい。
勝った者、負けた者、運営に協力してくれた人たち。民な対戦んモニターを見ながら、応援してくれていた。
会場の全てのモニターが、最後の試合を映している。
キャップを脱いで、深いお辞儀をしてから、右手を挙げて声援に応える。
つばさちゃんに、工藤。伊織ちゃんに、このみちゃんも残って試合を見ていてくれたらしい。拍手に笑顔で応える。
「やられた。俺も一度、レールガンを試してみるかな……」
苦笑いの長谷見が、右手を差し出す。
一礼をして、その手を握り返す。
「使い方次第では、面白いですよ」
悪びれること無く、潔く背を向ける長谷見が、ちょっと格好良く見える。
ああいう態度は、俺も見習わなくては……。
審判の渡してくれた成績表を受け取り、運営のカウンターに差し出す。
最後のFブロックの勝利者に『千葉県一位 八神 翔』の名が入り、この瞬間、関東ブロックのベストエイトが出揃った。
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