関東地区大会開幕

 横浜! 中華街! みなとみらい! 山下公園!

 千葉の田舎暮らしの俺にとっては、遠足レベルの好ロケーション!

 だけど今朝は、そんな風景に浮かれている暇はない。申し訳ないが車内で熟睡させて貰った目を擦りながら、受付に急がなけりゃならない。

 六月の第一土曜日。

 とうとう関東ブロック大会が開始される。

 お子ちゃま過ぎて、寝起きからエンジン全開の娘さんが恨めしい。こっちはまだ、半分寝てるよ……。ずっと運転してくれた店長の手前、文句は言えないが。

 受付で手続きを済ませば、第一シードの天宮あまみやつばさはA01番。その他大勢の俺、八神翔やがみ かけるはF03のゼッケンを貰う。

 今年の地区大会は、横浜の神奈川県民ホールで行われる。

 今日は開会式と、ベストエイトまでのトーナメントを行う。ベストエイトが出揃えば、明日以降、毎日曜日に総当たり戦をやって、四名の関東代表を決めるスケジュールだ。

 問題のトーナメント表なのだが……。


「相変わらず、八神くんは運が良いよね。Fブロックはシードが関わらないから、私とも、工藤くんとも当たらないよ」

「それは助かるけど……俺の場合、誰と当たっても強敵だからなぁ」

「とりあえず、まずは二回勝ち残ることだけ考えなさいね」

「……だね。ベストエイトに残らないと、明日以降に参加もできない」


 県大会同様、予選とも言える今日は、また簡易筐体で二試合だ。

 明日以降のベストエイトの総当たり戦は、ネット配信で生中継されるらしい。ほぼ確実に残りそうなつばさちゃんはともかく、ミスると俺は一人で電車で帰る羽目になるな。

 是非とも、それは避けたい所。

 初戦の相手は……地元神奈川の中学一年生、鮎川伊織あゆかわ いおり……古風な名前の奴だな。神奈川三位か……。

 ん? 何か言いたそうな顔してるけど、何?


「八神くんは、よほど女の子とお近づきになる星の下に生まれてるのね」

「え? この鮎川って子は女?」

「各県大会の結果は、勝浦で夜に教えてあげてたでしょ? 三位とはいえ、県優勝の相手にしか負けてないから、気をつけなさいね。私と、このみと、この娘だけが女子よ」

「……で、可愛い娘?」

「知らないわよ。速報に顔写真まで出るわけないでしょ? どうせ開会式で並ぶんだから、すぐに解かるんじゃない?」


 ああっ、ムクレちゃった。

 ウチのブロックの有力プレイヤーの話も聞きたかったのに……。

 たぶん、西東京一位のこいつが問題だろうな。長谷見大輔はせみ だいすけ、中三のバリアント使い。当たるとしたら、二回戦。今日最後の試合にして、リーグ戦への最終関門になる。

 つばさちゃんはAブロックだから、一番左。工藤は一番右の山で第二シード。

 シード選手はその二人。どちらとも総当たりリーグにまで残らないと、当たらないのは助かる。同じ千葉代表のこのみちゃんは……Dブロックで群馬の二位とか。頑張って。

 トーナメントは一つ負けると、そこでサヨナラだからなぁ。

 誰だって、こんな所まで来て、いきなり敗退は避けたいだろう。


 控室で、店長に機体にゼッケンを入れてもらう。

 今回から、機体には『ホビーショップ天宮』だけでなく、スポンサーの『ショッピングセンター コアミ』『麺屋 新世界』。それから、爺ちゃんの紹介で、勝浦の釣り船屋『釣り船 栄昇丸』の名前も入ってる。

 スポンサー付き機体のデビュー戦でもある。本当に負けられない。

 おかげさまで、勝ち残れば今夜はホテル泊で、明日に備えられるのだから。

 服にスポンサー名を入れても、ゼッケンで隠れてしまうので、スポンサー名入りのキャップを被るのは、お約束だ。プレイ中はともかく、それ以外……特に表彰台やインタビューは絶好の宣伝タイム。

 それはスポンサーの名を売る為だけでなく、それだけスポンサーの付いている、自分というプレイヤーを売る為でもある。

 実力の無いプレイヤーには、誰も援助はしてくれないからね。

 目が合ったんで黙礼したら、このみちゃんは、俺のキャップを恨めしそうに見て、唇を噛んでた。彼女はキャップを被っていない。


 役員さんから、開幕式の説明がある。

 俺たちは舞台袖に控えていて、都道府県とその順位順に一人づつ名前を呼ばれ、舞台中央まで歩いてからど真ん中を通って舞台を降り、一階席にトーナメントブロック順に座るらしい。

 舞台の上ではメインスクリーンに紹介映像が出て、報道関係者の撮影タイムになるとのこと。節度を持ったアピールに留めるようにという、ご注意付きだ。

 最後に第一シードが紹介され、選手宣誓。

 それから、何処も同じのお偉いさんのご挨拶が長々続いて退場。

 お昼休みを挟んで、午後に運命のトーナメントとなる。


「頑張ろうぜ、このみちゃん」

「ええ、リーグ入りして県大会の不覚をやり返してあげないと」

「その意気だ」


 でも、いきなり千葉県代表から呼び出しが始まるなんて、聞いていない!

 どうやら、昨年優勝の誰かさんのおかげらしい。

 いの一番に呼ばれ、キャップを脱いで一礼。そのまま、キャップのスポンサー名が見えるように、ゆっくり周囲を見回しながら歩く。舞台を降りたら、早足でF03の席を探して着席。これで、あとはのんびりしていよう。

 西東京一位の長谷見は、絵に描いたような一昔前のオタクタイプ。眼鏡越しにちらっと俺を睨むと、あとは知らんぷりを決め込む。

 問題の鮎川伊織ちゃんは、小柄な……とても普通っぽい女の子だった。

 前髪を眉で切り揃えたおかっぱと言いたくなるショートボブの髪に、ピンクのメタルフレームのメガネ。膝丈の紺色のスカートといい、本当に地味な娘。

 とは言え、頭に乗せてるキャップが只者ではない。スポンサー名が僅か一社ながらも、全国展開している学習塾の名前が入ってる。量より質の、スポンサーは怖いぞ。


「よろしくね」

「は、はい。こちらこそです」


 もの凄く緊張しているな。

 本番でも、緊張していてくれると助かるのだけど……。

 最後に呼ばれたつばさちゃんが、舞台中央で立ち止まって、ピッと右手を挙げる。


「宣誓! 我々はスポーツマンシップに則り……」


 凛とした元気いっぱいの声が、すでに待機している参加者の心に火を点ける。

 その「かかってこい!」って顔はやめなさいって。

 まあ、その熱気も、ダラダラと長いお偉いさんの挨拶の前には無力なのだが……。

 一人あたりの持ち時間を大幅にオーバーする来賓さん続出で、開会式が終わった時の開放感が半端じゃなかった。

 ダラダラと控室に戻り、昼食のお弁当を受け取って、つばさちゃんと合流する。

 おお、珍しくお互いに、唐揚げ弁当で一致した。


「ミックスフライはちょっと重いし、とんかつ弁当で験を担ぐのは性分じゃないもん」

「いや、俺は単に唐揚げ好きなだけだから」


 そこまで深く考えてない。眼の前に唐揚げ弁当があったら、迷わずそれを取るのが俺だ。

 こうして、常につばさちゃんと行動していると、周囲の視線が痛い。特に男性陣からの「アイツは一体何なんだ?」っていう嫉妬混じりの視線がね。

 いいだろう。この一ヶ月は、毎日のようにお互い転がし合ってたんだぜ。

 わざわざ手の内を晒すようなことは言わない。普通に冗談を言って笑い合っていれば、周りが勝手にヒートしてくれるんだから。

 さすがのアイドルプレイヤーだ。警戒心が無さ過ぎだけど。

 アナウンスが有り、会場に戻る。お昼休みは終わりだ。


「じゃあ、たった二試合なんだから、勝ち残りなさいね」

「負けるつもりはないけど、簡単に言うなよ」

「緊張せずに、油断をしなければ、なんとかなるよ」


 だから、いきなりハグしていかないように!

 心拍数を上げてどうするんだよ。そりゃあ、緊張感に勝るのは、思春期男子の助平心だし、柔らかいぷわぷわな感触は嬉しいけど……。

 周りの目が血走ってるじゃないか。

 初戦の相手が、女の子で良かったよ。


 Fブロックの対戦台の前には、すでに他の三人と審判が揃っていた。

 簡単な注意と、試合開始の挨拶があって、すぐに対戦が始まる。

 俺の対戦は、この後だ。

 勝ち抜けば、この試合の勝った方と決勝リーグ入りを争うわけで、モニターを見つめる目にも力が入る。

 相手が茨城県の四位とあって、西東京優勝の長谷見の優位は変わりそうにない。

 長谷見の機体は汎用タイプのバリアント2。タワーシールドと、ビームライフル装備と、オーソドックスこの上ない。強いて言えば、浮いた重量値0.5をシールドに振っているのが珍しいくらいか。

 戦い方に、嫌味なくらいに卒がない。

 オーソドックスを極めるようなやり方で、相手を追い詰め……討ち取った。

 やりづらそうな相手だなぁ……。

 勝っても表情一つ変えず、消沈した相手と握手して下がる。


 代わって、俺が進み出る。そして、鮎川伊織ちゃんも。

 何だろう? さっきの緊張感が消えていて、静謐さがこちらにも伝わってくるようだ。

 つばさちゃんが言うだけあって、この娘もかなりヤバい相手だ。

 一回戦で消えるのは、嫌だなぁ……。

 メモリースティックを差し込み、セフティーバーを下ろす。キャップを脱いで、VRゴーグルを装着すると、我が愛機レパード改の華奢な機体が待っている。

 賑やかになったスポンサー名が、負けられない俺の責任だ。

 伊織ちゃんの機体はまさかのタルタロス。ゴリラを思わせるマッシブなボディは彼女には似合わない気もするが……装備はスナイパーライフルとバックラー。つばさちゃんの機体と一緒だな。

 コントローラーは、手足の動きは良いのだけど、バーニアに少し癖がある。

 気をつけないといけない。

 対戦ステージは巌流島。……見晴らしが良く、砂地と海。スナイパーライフルに有利で、レパードの機動力は削がれる。

 カウントダウン。……そして試合開始。

 海面は不利と、俺は砂地に走る。

 それを見越したように、スナイパーライフルが火を吹いた。

 直撃を食らって吹き飛ぶレールガンに、俺は血の気が引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る