夜のお喋り

 初日は電池切れの子供状態で、お風呂で寝落ちしたつばさちゃん。

 三日もすると、身体も慣れてきたのか、練習後もはしゃぎ回ってる。

 食事の支度や後片付けを手伝ってみたり、スマホで合気道のコツを検索してみたり。

 もちろん、トルーパーのことも忘れてはいない。


「京都の県大会は、中学一年生が優勝だってさ。……大原藤花おおはら とうか? アレの妹っぽいけど、どうなんだろうね?」

「アレ扱いは酷いよ。でも、大原彩花おおはら さいかの妹なら、相当だろうね」

「性格が似てなきゃ良いけど……あんなの二人もいたら、堪らないよ?」

「まだ逢ったことがないから、ノーコメント。顔立ちも似てたら、人気になるんだろうな」

「はぁ……男子は大和撫子タイプ、好きだもんねぇ」


 勝手な決めつけで、人に殻付き落花生を投げつけるのはやめて欲しい。

 食べ物は大事にしましょう。

 上下スウェットなんて無防備な姿で、夕食後に俺の部屋に入り浸るのも、できればやめて欲しい。

 もう布団も敷いてあるし、こっちもパジャマ姿なんだから。

 むやみに男子を刺激するのは、やめましょう。

 ボーイッシュなファションが妙にハマる娘だけど、それは隠しきれない女の子らしさがあるからなのだよ? ……胸元とか、腰回りとか。

 襲っちゃう勇気なんて、無いけどさ。


「トルーパーは男女差が出にくい競技だけど、それにしてもジュニアは女子が元気だよね」

「高校、大学は男女別のシングルがあるけどね。でも、さすがに全国大会で警戒されるような女子は、私と彩花くらいだよ? 推定、彩花妹は未知数だけど、このみも地区大会を抜けられるかどうかだし……」


 千葉県大会決勝で戦った、春日このみちゃんか……。

 つばさちゃんのように戦うプレイスタイルと、ほぼ見えてしまった小振りのおっぱいの印象しか無い。……こんなこと言ったら、落花生を籠ごと投げつけられるから言わないよ。

 それでも、千葉では県大会の決勝まで上がれる娘なのになぁ。


「関東は東京勢がやっぱり、強いからなぁ」

「神奈川もそうだけど、都道府県単位で二分割されてるくらいだもんね」

「単純に頭数でも負けてるし、設備の多さでプレイ人口も段違い。神奈川は、東はともかく箱根や厚木を含んだ、西側が薄いからまだしも……東京はねぇ……」


 ため息とともに、ゴロンと横になる。

 だからぁ! チラリと覗く腰やお腹が、思春期男子には目の毒なんだってば!


「毎年、撫で斬りにしてる人のセリフじゃないね」

「私以外の三代表が、揃って東西東京っていうのも、ショップの娘としてはキツイのよ。夢が無いというか、盛り上がらないというか」

「……微力ながら、頑張らせていただきます」

「頑張ってよ? 冗談でなく、関東近県のショップの希望の星なんだから」

「そうやって、すぐプレッシャーを掛ける……」

「真面目な話よ。パパがショップのチーム作るって言ってたでしょ? 中心になって盛り上げるのは、私じゃなくて、八神くんなんだから」


 挑むような目で、俺を見つめる。

 つばさちゃんは、来春に高校進学を控えているのだから、そうなるのは理解できけど。

 でも、話のついでに聞きづらかったことを聞いてみる。


「ってことは、つばさちゃんは越境入学で、お台場を目指すつもりなんだ?」

「ウチから通える範囲の学校では、ちょっと無理があるからね……」


 ひょこっと起き上がって、体育座りで呟く。

 県代表を争うのは、近くても船橋の公立校。浦安の私立高。

 お台場出場だけならともかく、そこでの好成績を目指すには、心もとないだろう。

 スカウトには不自由してないと聞いているけど……もう決めてるのかな?


「もう行き先は決めているの?」

「決定はしていないけど、幾つかには絞ってる……かな? 西日本にまで行く気はないし、東日本で環境の良い所」


 もちろん、この場合の環境は、風光明媚とかではないはず。

 校内のトルーパー施設の整い方や、学校そのもののバックアップ体勢など。

 スカウトされて、おそらく特待生で入学するのだろうから、結果を求められるのは当然。

 チームメイトや、周囲の強豪の存在など、結果を出すための環境も必須だろう。


「だから、八神くんにもなるべく結果を出して欲しいのよ」

「……俺?」

「そうよ? 私が中一の時に全国優勝してしまうくらい、すぐ上の世代の男子は頼りないからね。結果を出してくれれば、私が推薦しちゃうよ」

「貧乏画家の息子としては、願ったり叶ったりだけど……」

「いい加減、腹を括りなさい。ほんの一ヶ月足らずだけど、私の目に止まっちゃったからには、逃しはしないんだから」

「怖いなぁ……」

「冗談じゃなく、もう『飽きたから辞めた』は許さないからね」


 だから、人に向かって落花生を投げてはいけません!

 スナップが効いてるから、けっこう痛いんだよ?

 つばさちゃんはそう言うけれど、俺としてはまだ実感がわかないんだよな。

 県大会も意外に手応えがなかっただけに、自分の実力がどのくらいの位置にあるのか確証がないんだ。

 東京の工藤匠とやり合ったとは言え、公式戦じゃなくて遊びに近い練習試合。

 他に上の相手は……雲の上過ぎる、このお嬢さんだけだ。

 ある意味、今度の地区大会が俺の試金石だと思っている。

 全国レベルで東京勢の力がズバ抜けているというのなら、そこにどこまで食い込めるのかで、自分のいる位置がわかるはず。

 さすがに決勝でつばさちゃんとやり合うなんて思うほど、自惚れちゃいないよ?

 ベスト・フォーに残る力があるなら、全国大会にも出れるかも知れない。

 足りなければ……来年、その上を目指すだけだ。


「うん……少なくとも、飽きることは無さそうだ。トルーパー、好きだもん」

「それなら、よろしい。好きで努力すれば、必ず上達する」


 だから、落花生を投げるなって。

 今のは、ぶつけられる要素は何も無いだろう?


「地区大会まで一ヶ月。全国大会まで三ヶ月。まだまだ伸ばせるよ」

「明日から、門下生のいない時には、剣や棒を使った組手も教えてもらえるから、より実践的になるはず」

「ちゃんと覚えてよね? ウイークデイの練習は、八神くんが頼りなんだから

「ん? 平日はトルーパーで、週末はこっちで合気じゃないの?」

「型のお浚いくらいは付き合いなさいよ。私は毎日やっておかないと、すぐ忘れる頭なんだから」

「はいはい。どうせお店の方には行くんだから、一緒だ」


 来週からは制服じゃなくて、体育ジャージに着替えて行こうと決めた。

 いくらつばさちゃんでも、スカートで受け身を取ろうとはしないだろう。そこまでサービスは良くない。


「そう言えば、つばさちゃんは大原彩花ばかり気にしてるけど、関東で東京が強いように、関西で大阪はどうなの?」

「大阪、兵庫が横並びかな? 京都は彩花を除けば……と言いたいけど。妹らしいのが出てきたから油断禁物。……でも、八神くんはもう、全国を見る余裕があるのかな?」

「無いけど……ちょっと気になっただけ」

「まあいいけど。やっぱり、高校がお台場で注目されたり、プロの有力チームがある都市は強いよ。まだ若い競技だし、選手を育てる地盤があるとぐんぐん伸びる」

「もっと頑張れ、ドルフィンズ?」

「スタジアムが幕張じゃあね……夢の国と一緒で、東京の植民地だよ」


 だから、落花生を投げないの。

 千葉は広いな、大きいな。半島の中心に山地があるから、内房と外房で連絡が大変だもんね。どうしても県産業の中心が、東京に寄り添った地域になってしまう。

 仕方ないとは言え、なかなか県全体で盛り上がらない。

 人が多いせいか、地元以外のドルフィンズ絡みのイベントは松戸や柏でやることが多いのもね。

 まあ、愚痴っても仕方がないか。ついこの間まで、俺もあまりトルーパーに興味がなかった口なんだから。


「とりあえずは、注目の薄いジュニア大会とは言え、関東大会で実績を残す所から始めましょうかね……って、おい」


 さっきまで、普通に話してたのに、電池切れして寝てやんの。

 どこの幼児だよ!

 そんな無防備に、男の部屋で熟睡するなって……。

 胸とか、いろいろ触っちゃうぞ?


 もちろん、そんな勇気がないから、婆ちゃんに声をかけに行くんだけど……。

 少しは警戒しろよ、馬鹿。

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