第二章 関東地区を勝ち残れ
次へのステップ
世間はゴールデンウィークと浮かれているけど、学生の身ではカレンダー通りの飛び石連休だ。昭和の日の翌日は、普通に学校に行かねばならない。
県大会ともなると、目敏い奴はトルーパーニュース速報か何かで結果を知ったみたいだ。
今まで話したこともないような奴からも、声をかけられ、祝福された。
まあ
優勝の波紋なんて、その程度だ。
親父が珍しくビールを買ってきて、サイダーの俺と乾杯して祝ってくれたのは、さすがにびっくりしたけどさ。
学校が終われば、いつも通りに自転車を漕いで、ホビーショップ天宮に向かう。
拙いよなぁ……無料練習の権利は県大会までだったから、今後については考えなきゃいけない。
六月の関東地区大会に向けての、打ち合わせが必要だ。
ショップに着くと、アルバイトのユキさんがハイタッチで祝ってくれた。
大人のお姉さんは、無邪気にハグなどはしてくれない。残念!
店長と、まだ制服姿のつばさちゃんが待ち構えていて、そのまま場所を天宮家のリビングに移動する。つばさちゃんママにも祝福されて、お祝いにクッキーを焼いてくれた。
まあ、打ち合わせしながら、みんなで摘むわけなのだけれど……。
乾杯の後、まず口を開いたのは店長だ。
「今後のことについてだけど、活動資金に関しては、心配しなくて良くなるよ。昨日の結果を受けて、八神くんにも、スポンサーが付くことになった。ショッピングセンター・コアミと、地元ラーメンチェーンの麺屋 新世界。合わせて、月に七万円の資金援助を受けられるから、大会の際の交通費、宿泊費。通常の練習費用。すべて賄える。
もちろんその分、今まで以上に真剣に取り組んでもらわないと困るよ?」
「本当ですか? ……助かった。お金だけはどうしようかと思っていましたから」
「異論がなければ、今日は練習は無しにして、後で一緒に挨拶に行こう」
「はい。よろしくお願いします」
これは本当に助かった。
金食い虫のトルーパーは、ジュニアやシニアといったアマチュアレベルでも、スポンサーは寛容に受け入れている。
高校、大学の部活動になると別なのだが、それ以外ではプロも含めて、機体にスポンサーの名前が入るのは当たり前となっている。
もちろん、実績のあるプレーヤーに限るのだけど。
「つばさも来年は高校生だからな。先を考えて、才能の有りそうな子を探しつつ、ウチのショップのジュニアチームを作って、盛り上げていこうと考えてるんだ。夏の全国大会が終わったら、飛び入り参加歓迎の体験会や、小さな大会を主催して、八神くんに続く才能を探す方向で行くからね」
「私が抜けて、お店が潰れちゃったら悲しすぎるから、しっかり頑張ってよ」
コロコロ笑いながら、とんでもないことを言うお嬢さんだ。
でも、そういう言い方をするということは、自宅からの通学範囲外の高校を選ぶということだろう。スカウトの引く手あまたと、本人が言うのは、決して冗談ではない。
こんな千葉の田舎から通える範囲では、お台場で優勝できるような強豪は無いからなぁ。関東じゃあ、東京か神奈川。大阪、兵庫、札幌、福岡。やはり大都市が強いんだ。
「そうだ。八神くんの合気道って、お母さんの方のお祖父様に教わったのよね?」
「俺、早生まれな上にチビだから、ガキの頃はイジメられがちだったから……。死んだ母さんに連れられて、爺ちゃんの道場に通わされて覚えたんだ。曾祖父ちゃんが、合気道の創設者と道を分かれて、別派を興して今に至るらしいけど」
「道場の場所はどこだっけ?」
「勝浦だよ。ここから電車で三十分くらいかな?」
「うん……それは手近ね」
そこでつばさちゃんは、ちろっとサイダーを舐めてから両親の顔を見比べる。
そして、思い切ったように言った。
「ねえ、八神くん。私も弟子入できるように頼めないかな?」
「たぶん嫌とは言わないと思うけど……トルーパー用だったら、他の格闘技の方が良いと思うよ?」
「何でよ、自分はちゃっかり活用してるくせに」
「合気道はちょっと特殊だから。そもそも試合をしないし、広まったのは戦後と歴史が浅いし、始祖が宗教絡みだから、教えがスピリチュアルなところもあるし」
「ええっ? 合気道って試合をしないの?」
「うん。争いを嫌うから、型を見せる演舞のみだよ。流派にもよるけど、投げるというよりは、相手を転がす感じ。関節も極めずに押さえつけるのが基本だから、護身術には最適だとは思うよ。相手を怪我させないから」
あはは。やっぱりポカンとした顔をしてる。合気道の細かい話を聞くと、大体そうなるよね。
相手の力を利用して、最小限の動きで相手の体勢を崩して投げる。そんなイメージを持たれてるみたいだから。
相手の呼吸に合わせて、力が抜けるタイミングで体勢を崩したり、抗う動きを利用し、誘導して転がし、抑え込むイメージなんだよな。
「八神くんのところは、どうなの?」
「爺ちゃんのは、かなり初期に別れてるから、まだ柔術のイメージも強いのかな。基本の型は同じようなものだけど、剣や棒を使ったり、関節も極めたりと、過激な部類かも」
「じゃあ、頼んでみてよ。体育会系の道場って、なんか怖いし。でも、ちょっと応用できそうだから覚えたいし。八神くんと同じ道場なら、安心できるというか……」
「まあね。俺で務まるくらいだから、そんなに厳しくはないけど……。ご両親は、良いのですか?」
ノリノリのつばさちゃんに水を差すようで悪いけど、しっかり確認はしないとね。
ご両親はというと、苦笑いで顔を見合わせていらっしゃる。
「こいつが言い出したら、聞かないし……」
「八神くんの親戚なら、他よりは安心して送り出せるかな」
「だって、地区大会、全国大会に向けて、もう一つ武器が欲しいもん。そんなに習熟できなくても、八神くんみたいにすっと相手の間合いに踏み込めるようになれたら、かなり有利に戦えると思うの」
お褒めに預かって、恐縮です。
それならとスマホを出して、久しぶりに爺ちゃんの家にかける。
意外なことに、親父と連絡は取ってるらしくて、俺がADトルーパーを始めたことも、昨日、県大会で優勝したことも知っていた。
どっちも、そんなマメなタイプに見えないんだけどなぁ。
でも、知っててくれるなら話が早いや。
「それで……俺にトルーパーのことを教えてくれてる人が、応用が利きそうだからと爺ちゃんに合気道を習いたいって言ってるんだけど? ……ちょ、ちょっと待って、相手にも都合があるから訊いてみないと」
「大丈夫そう?」
「それどころか、憲法記念日から五連休になるんだから、その前の夜から泊まり込みで来いとか勝手なこと言ってるよ?」
「望む所よ! 受けて立つわ。最初はみっちりやった方が覚えも早いもん」
あ、こっちの熱血少女にも火が点いちゃった。
ご両親の反応は……共に指でOKサイン。まあ、この娘は止まらないから。
無言のまま、万歳三唱してるつばさちゃんを横目に会話を続行する。
「こっちはOK見たい。先方のご両親の許可も出た。……え? 俺もついでに鍛え直すから、来いって? ……そりゃあ、まあ……見ず知らずの客を、一人置いてくのもどうかと思うけどさ……。解ったよ、その『死ぬ前に一目、孫の顔を見て……』なんて縁起でもないこと言うのはやめてくれ。百歳までは余裕で長生きしそうなくせに」
どうやら、俺まで行くことになりそうだ。
鍛え直すことに、賛成ではあるのだけど……。
若い男女二人きりの泊りがけ旅行になっちゃうんだけど、良いのか?
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