合宿に行こう

「安心した。ちゃんとネギ抜きで来た」

「そう注文したんだから、当たり前じゃないの?」

「混んでると勢いだけで作る店が多いのよ、意外と。伝票にも書いてあるのに、流れ作業で乗せて、指摘しても、ただ退けただけで持って来るとか」

「……同じでは?」

「ぜんぜん違う! ネギの汁っ気が入って、青臭さがスープや麺に残るんだから」


 初見のお店で、チャーシュー麺煮卵入りをちゃんとネギ抜きで提供された、つばさちゃんはニコニコ顔で麺を啜ってる。

 そんなに違うものなのか、今度行き慣れた店で試してみよう。

 煮玉子ラーメンを大盛りで頼んだ俺は、そんな事を考えながら麺を啜る。


「八神くんも、真面目に取り合わなくていいぞ。こいつのは、ただの偏食なんだから」

「その言い方! 今どき、マシマシだの、麺硬めだの、好みのカスタマイズが当たり前でしょう。それに、入れるべき食材を抜きで良いなら、お店にも良心的じゃない」


 半チャーハンセットと餃子の店長は、運転手とあって、ビールを飲めないのが残念そう。

 勝浦にある爺ちゃんの家に向かう途中、国道沿いのラーメン屋さんで夕食中です。

 初めて世話になる家だから、挨拶しないと、という店長の常識的判断。

 それと、俺がいないと爺ちゃんの家の場所がわからないという、如何ともしがたい事情もある。

 結局はまた、甘えるようにショップのワゴン車に同乗させてもらってる次第です。


「ところで、合気道の練習ってどんな事をするの?」

「準備運動で体をほぐして、あとは型や受け身の練習かな? 夕方と夜は一般の門下生の練習があると思うから、それに混ざったり」

「ふぅん、結構門下生もいるんだ」

「今はどのくらいいるか知らないけど、健康の為とか、痴漢避けの護身術とか、需要はあるらしいから」

「健康って……」

「準備運動はストレッチのようなものだし、転がされて受け身を取るくらいがちょうどいい運動になるそうな」

「なんだか不安になってきた……」


 だよなぁ。公園とかで中国の人がやってる、太極拳に通じるものがありそうだし。

 試合もせずに、型の演舞を磨く感じだし。


「でも、つばさちゃんが覚えたがってる呼吸に合わせた所作は、身につくと思うよ」

「呼吸に合わせた所作って、あのスッと間合いに入るやつ?」

「息を吐いてる時は、力が抜ける。息を吸う時は力を溜める。動作を起こしたりする時は、たいがい呼吸を止めてる。……それが解るようになれば、相手が動けない時に間合いに入れるようになるよ」

「でも、戦う相手はポリゴンのトルーパーだから……」

「あとは頑張り次第。そんなに根を詰めてやろうとしないで、まず楽しんじゃう方がつばさちゃんらしいと思うけど」

「そうかもね。なるべく、長く学びたいと思うから」


 そんなとりとめもない会話を、店長は笑いながら眺めている。

 トルーパーに関しては、本当に一生懸命な娘さんだからね。

 一皿をシェアしていた餃子も無くなったし、そろそろ行きますか?


 夜道でも、間違えずに誘導できたのでホッとした。

 けっこう細い道を入って行くから、若干不安だったんだけど、間違わなくて良かった。

 間違えたら、からかう気満々の娘さんもいたし……。


「爺ちゃん、婆ちゃん、ただいま」

「良く来たな、かける。道は大丈夫だったか?」

「何とか間違えずに来られたよ。店長の運転も上手かったし」

「初めまして。天宮つばさと言います。お言葉に甘えて、しばらくお世話になります」


 バカでかいバッグを担いだつばさちゃんがペコリと挨拶をすると、爺ちゃん婆ちゃんが、あんぐりと固まった。

 あれ? ひょっとして女の子だと伝わってなかった?


「いや……名前は聞いていたけど、ほら? サッカーのアニメでも……なあ?」

「そう言えば、あっちの翼くんは男子だっけ」

「スポーツの先輩だって言っていたろう? だから、つい……な」

「あ、やっぱ男の子と勘違いしちゃってました?」

「まさかこんな可愛い女の子だとは……」


 爺ちゃん偉い。

 可愛い女の子の一言に反応して、たちまち機嫌がなおるような娘です。

 テレテレニコニコしたお嬢さんを連れて家に入る。

 婆ちゃんが慌てて動いたのは、たぶんいつも俺が使ってる部屋に並べて敷いた布団を、昔母さんが使っていた部屋にでも、移しに行ったんだろう。

 さすがに並べて布団を敷かれては、俺も困ってしまう。

 こんな事もあろうかと、持ってきていたトルーパーの専門誌を見せて、本当にこの娘が全国区のジュニアのトッププレイヤーだと、証明する。

 ついでに動画サイトからダウンロードしてきた、去年の全校大会の決勝の様子も見せて納得させる。


「それ、負け試合だから見せたくないんだけどなぁ……」


 本人は不満でも、こっちの方が選手紹介が長いから諦めてもらう。トルーパーが映っていても、本人が映ってなければ、何の証明にもならないじゃないか。

 日本人形のような大原彩花と、元気の塊のつばさちゃんという正反対の美少女同士の決勝戦。武士の情けで、決着の前に動画を止めよう。

 ちなみに一年生の時には、つばさちゃんが勝って優勝しているので、これで一勝一敗らしい。上級生男子は、何やってたんだろうね。不甲斐ない。

 決着の三年目だけに、つばさちゃんも気合が入ってるようだ。

 店長は挨拶と、多分お礼絡みの話をして、早々に帰っていく。

 家につく頃には十時前くらいか、事故らないように気をつけて欲しい。


「どうせ、お邪魔な娘がいないからと、明日の夜はデートで留守にしかねないわよ。なんだかんだ言って、いつまでもラブラブなんだから」


 ジェラシー混じりに娘さんは、頬を膨らませている。

 海風が冷たいせいか、千葉県内でも屈指の気温の低さを誇る勝浦だけに、上に一枚羽織るくらいじゃないと辛い。

 最初につばさちゃんを風呂に入れている間に、打ち合わせておこう。


「しかし、翔が対戦ゲームなんてものにハマるとはなぁ」

「最初に上手く行ったこともあって、楽しんじゃってるから。爺ちゃんに習った合気道も役に立ってるし」

「拓郎くんはもちろん、和美も運動とかは苦手だったのに」

「え……母さんもそうだったの? でも、トルーパーは脳波コントロールがメインだから、あまり運動神経は関係ないみたい」

「時代は進捗してるなぁ……年寄にはついていけないよ」


 そんな事をしみじみと言いながら、お茶を飲んでる。

 まあね、爺ちゃんの時代はスペース・インベーダーとか、ブロック崩しらしいから。

 昔は喫茶店のテーブルにモニターを仕込んだ筐体があって、ブームの頃には百円玉を積み上げて遊んでいたと聞かされた。

 爺ちゃんたちはファミコン世代で、親父たちはプレステ2世代だもんな。

 ゲームプレイヤーのプロリーグなんて、想像もしてなかっただろう。


 今やトルーパーは、立派なスポーツイベントだ。

 プロ野球人気に取って代わるんじゃないかって言われていた、サッカーより先に、全世界で人気になってしまったし、近々オリンピックに採用されるのも確実と言われてる。

 三小隊、十二機のトルーパーで戦うプロのリーグ戦なんて、迫力だもんなぁ。

 用兵の妙や、個人技の見せ場もしっかりあるし、見る分なら充分に年寄りだってついていけてる。

 ……仕組みや操作となると、お手上げらしいけど。

 スマホで確認すると、今日は地元の千葉ドルフィンズは、札幌ベアーズの本拠地に乗り込んで快勝したらしい。エース川北が四機撃破で、ポイントを一気に稼いだみたい。

 今年こそは、東日本リーグ制覇……いや、日本シリーズ優勝くらいして欲しいもんだ。


「お先しちゃいました。上がりましたので、次の方どうぞ」


 湯上がりで、ほこほこ艶々のつばさちゃんから目を逸らしつつ、お客さんその二として、次にお風呂をいただく。

 そして、後悔……。

 お風呂場に女の子の匂いが充満していて、いろいろ問題が有り過ぎますって!

 悶々としながら風呂を済ませて、明日からは間に婆ちゃんを挟むようにしようと誓う。

 意気地無しと、言わば言え。

 女っ気のない環境で育って来た俺には、刺激が強すぎるよ。

 この先、どうなる事やら……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る