県大会、そして

 何をとんでもないことを言い出すんだ、この娘は!

 すでに席についていた、他のベストエイトプレイヤーも「そこは本当にどうなんだ」と言いた気な視線を向けてくる。


「いきなり何を言い出すやら、この娘は……」

「誤魔化さないで下さいませ。そこの所をはっきりさせていただかかないと、落ち着いて試合ができません。……と、お付き合いなさってますの?」


 この娘、ひょっとしてド近眼? 可愛い顔をしてるのに、目を眇めて睨んでくる。

 座ってる俺の顔を間近に睨んでいるから、襟ぐりの深いワンピースの胸元が危ないことになってますよ?

 胸を大きく見せようと、カップサイズが大きめのブラジャーをつけているものだから、隙間から胸の形がほぼ露わになって、あわや先っぽまで見えそうなんですけど……。


「そ、そんなわけがないでしょうに……」

「……本当ですか?」


 だから、そんなに身を乗り出さないように。さすがにそれ以上はヤバいって……。

 あ……。垣間見えた瞬間に、俺の視界は遮られた。

 いきなり、いい匂いのする帽子を被せられたのだ。シャンプーの香りだな、これは。


「別に私が誰と付き合おうと、このみには関係ないでしょ?」


 惜しい所で邪魔を…もとい、助けてくれたのは、つばさちゃんのようだ。

 キャップの鍔を持ち上げると、腕組みをしてちょっと不機嫌そうなご様子である。


「付き合ってないですよね?」


 はっきりと否定しておいた方が良いと思うので、聞いてみる。

 でも、つばさちゃんは悪い笑顔になったかと思うと、こう言ってのけた。


「そりゃあ、キスとかしたかと言われればノーだけど……。八神くんとは、ほぼ毎日放課後に逢ってるし、日曜日もそうよね? 私の自宅の部屋で、二人っきりで過ごしたことも何度かあるんだから、一概に否定は出来ないわよ? 他にそう言う男の子はいないもん」


 その周囲の度肝を抜くような、爆弾発言はやめて。

 確かに、その内容はすべて真実だけど、全部トルーパーの練習絡みでしょう? それ以上の意味なんて、無いよね?

 確かめるように見上げると、知らん顔してステージを降りちゃうし。

 俺の頭の上には、つばさちゃんの被っていた『ホビーショップ天宮』のキャップが乗っかってるし。

 これは丸っ切り、「私のものよ」とマーキングされた状態ですよね?

 女子のはずのこのみちゃんまで、全員がつばさちゃんファンのこの場で、完全にみんなを敵に回すことになった瞬間でした。


 進行役の男性が登壇し、午後の部の開始を告げた。

 一人ひとり、名前と学校、学年を紹介される。さっきのこのみちゃんは、俺と同じ歳か。

 同じ千葉でも柏市だから、ほとんど茨城との境目くらいだ。

 まだこっちを睨んでるけど、ほぼ全容を拝んでしまった可愛い胸のイメージが強すぎちゃって……。

 トーナメント表は再び、くじ引きでシャッフルされる。

 あの娘とは、当たっても決勝なのは助かる。俺はベストエイトの二試合目。相手は浦安市の中学三年生男子だ。

 関東地区大会差選出枠は、あと三つ。二つ勝って決勝に残れば確実。一つだと神頼み。

 三十分くらい待って、ようやく出番だ。

 呼ばれて質問されるが、当たり障りのないことを答えておく。

 それより早く、試合をさせてよ。

 ようやく開放されて、コクピットブースへ。そこに残る汗とアドレナリンの匂いが、嫌でも気持ちを昂らせる。

 セット完了。この機器は、つばさちゃんの家のものと同様、良く整備されているみたいだ。操作感に、ほとんど差が無い。


「焦るな、落ち着け……」


 自分に言い聞かせて、帽子を被り直す。爽やかなシャンプーの香りが、場違いに広がった。大丈夫、俺には天宮つばさ大明神がついてる。

 相手の機体は、万能型のバリアント2。黒地に金のヤンキーカラーだ。

 戦場は……荒野か。ちゃんと重力のあるステージ。

 開始早々の狙撃に、肝を冷やされる。狙撃用の大型ビームライフル装備か。

 ランダムな動きは、さんざん練習させられた。少しでも規則性があると、そこを狙われるっていうのは本当だ。

 狙撃が得意な奴は、だいたいそういう勘の良いタイプが多い。

 あまり気持ち良く撃たせておくのも難なので、たまにはレールガンで牽制をしておく。外れて上等。向こうも移動させるのが目的だ。

 できれば地面に着弾して、煙幕になってくれると尚良いところ。貫通しない代わりに、衝撃のある実体弾の強みだからね。

 一気に間合いを詰める。

 相手も思い切り良くライフルを捨てて、プラズマソードを抜いた。シールドを引き寄せて、その影に入る。


「それが常道だけど、良いのか? こっちはレールガンだぜ?」


 ほぼゼロ距離で、二連射。わざわざシールドの上端を狙ったのだ。

 衝撃でシールドが揺れ、機体の頭部が二度、殴られたようにダメージを受ける。センサーが酔ったように蹌踉めくバリアントの背後に回って、ビームピストルを撃つ。

 これで、勝負ありだ。

 代表選考の範囲にまで残って、優勝まであと二勝。

 盛大な拍手に応えるように、右手を突き上げた。


「決勝まで、上がってきなさいよね」

「そっちこそ、残れよ」


 控えの席に戻る俺と、ステージに向かうこのみちゃんが擦れ違いざまに囁き合う。

 たった二人の中学二年生だ。頑張ってもらいたい。

 頓珍漢なことを言う娘だが、この真っ直ぐな闘志は嫌いじゃないんだ。

 彼女の機体は、ピンクと水色に塗られたレパード改。誰かさんを思わせるステージ一杯、駆け回るような戦い方で、あっさりと年上男子の息の根を止めた。

 俺の時より声援が多いのは、大きめブラで胸を盛ってるとはいえ、やはり可愛い女子。仕方がない所だろう。


 もう一試合を終え、遂にベスト・フォーが出揃った。

 奇しくも準決勝の組み合わせは、どちらも中三対中二。タルタロス対レパードとなった。


 司会者に呼ばれてステージに上がる。まずは俺の方の試合だ。

 相手は痩せぎすの、ちょっと暗そうな詰め襟の学ラン男。きちんとボタンを止めて、真面目か!


「……おいっ」


 いきなり呼びかけられた。

 何をするのかと思えば、学ランのボタンを外して前を開けた。そこには……。

 天宮つばさちゃん写真プリントのTシャツだと? 俺は大きく動揺する。

 おそらく自作なのだろうけど、つばさちゃんだけに、お店の運営資金稼ぎに公式グッズを売っていたとしても不思議はない。

 後で本人に、確かめてみないと……。いや、売ってても買うつもりはない。本当に。

 ファンなりの宣戦布告なら、受けて立たねばなるまい。

 俺は、被ってる『ホビーショップ天宮』の帽子の鍔を裏返した。

 そこには彼女の自筆で、帽子の所有者を示す『つばさ』と名前が入ってる。

 本人の愛用品を見せつけて、向こうにもショックを与えたぞ!

 何だか低レベルな始まりになったけど、もはやボルテージは最高潮だ。

 ステージは小惑星帯。正直、得意な場所ではない。

 だって、地面も重力も無いようなものだぜ?


 試合開始とともに、大斧を振りかざしてタルタロスが迫る。

 お前は工藤匠か? と言いたくなるほど、戦い方が似ている。あいつも名前が通ってるだけに、戦い方を真似するプレイヤーがいてもおかしくはないか。

 それに、重力の無い宇宙空間の戦場だと、タルタロスの機体の重さという弱点が無くなるんだよ。

 バーニアでの移動だけなら、出力に軽量級も重量級も大差はない設定だ。

 ただ、重力は無くても慣性は働く。

 そんなデカい斧を振り回していたら、勢いを殺すのに苦労しないか?

 飛び込むのは容易いんだが、しっかりシールドでコクピット部はカバーしてやがる。

 崩して投げても、この宇宙空間じゃ意味ないし。

 ましてや、押さえつけて制圧なんてのも無理だ。その為のゼロ距離ビームピストルなんだが、こうもカバーされてしまうと通らない。

 こんなので、俺対策とか罷り通ってしまうのも嫌だなぁ。

 そもそも武道なんて、踏みしめる大地と、重力があってこそのものだろう。


「やめたやめた! 俺、武道家じゃねえもん」


 大振りの斧を躱して、軽く肘を押してやり、ふらつかせるのは今まで通り。そのままガラ空きの脇腹へ近距離レールガンを撃ち込む。

 さしもの重装甲も、べコリと凹む。二発、三発と装甲を砕きながら、道を作ってやる。

 ここからなら、もう届くよな?

 装甲を失った脇腹からなら、ビームピストルは想定されるコクピットを貫ける。

 やっぱり、俺とレールガンは相性が良いのかも知れない。

 課題は残ったけれど、これで決勝進出だ。

 関東地区大会への出場枠も取れただろう。


「力押しのレールガンって、美しくないわ」

「そんな寝言、決勝まで残ってから言え」


 擦れ違いの毒舌叩き合いも、当たり前になったな。

 決勝へ向かう、このみちゃんの小柄な姿を見送って頬を、緩める。

 さて、どっちが残るやら。

 あ……巌流島ステージは羨ましいな。

 砂浜と海で足を取られる分、重量級のタルタロスの行動に大きなハンデになるんだ。

 案の定、軽快に斬り刻まれて、タルタロスが沈む。

 決勝戦は、レパード改同士。中学二年生同士の闘いと決まった。


「上出来、上出来。ここまで来たら、あと一つ勝って優勝しよう!」


 決勝前の最後の休憩。冷たい飲み物を持って来てくれた地区大会シード選手は、可愛い顔して強気一辺倒だ。

 ふと気づいて、俺は帽子を脱いだ。


「あ、帽子を借りたままになってた」

「そのまま被ってなさい。表彰式で、配信映像や写真に映ると、お店の宣伝になるから」

「了解。……それと、まさかと思うんだけど、準決勝のアイツが着てた……」

「さすがにアレは作ってない! でも、グッズ作ったら、売れるかな? アクリルスタンドとか、アクリルキーホルダーとかの小物なら……」

「そういうのは、プロになってから考えなさい」


 暴走気味の娘を、さすがに良識のあるお父様が止めてくれた。

 ショップの帽子で表彰台。の宣伝は、止める気は無さそうだけど……。


「決勝は、まず問題無さそうだな」

「自惚れるわけじゃないけど、相手がアレなら、たぶんすぐに終わるよ」


 店長にサムアップで応えると、サムアップで返してくれる。

 スポーツドリンクを一気に飲み干して、俺はステージに戻った。

 高らかなファンファーレが響いて、決勝戦の開始が告げられる。

 まずは司会者に促されて、ステージ中央で握手。意外なくらいに女の子らしくて、小さな手をしてる。

 気合い充分のこのみちゃんに微笑みを返して、コクピットブースへ。

 決勝戦のステージは、選ぶこと無く、トルーパーコロシアムに決まってる。

 何の紛れもない、楕円の観客席に囲まれた闘場。

 二機のレパード改は、そこに向かい合うように現れた。

 方やピンクと水色、方や白と緑に塗り分けられた同型機だ。


 試合開始を待ちきれないように、このみちゃんのレパードが地を駆ける。

 俺の方は、今回は動かずに敵の動きを見ている。

 牽制のビームを躱す。本当に素直なプレイだと思う。それだけに予想しやすい。

 プラズマソードを抜いて、一気に距離を詰めてくる。

 この戦い方。つばさちゃんへの憧れが、はっきりと現れてる。

 ……でもね、このみちゃん。

 俺はまったく刃が立たないながらも、何度もつばさちゃんと戦った経験があるんだ。

 小技の引き出しが豊富な彼女に比べて、まだまだ素直なこのみちゃんが相手なら……。

 ソードの一閃を見切って、背後に回る。

 振り抜いた右の手首を、右手で掴んで引いてやる。剣を振り抜いた勢いを僅かに追加させられて、体勢が崩れる。首の付根を押して、更にバランスを崩しながら、円を描くように右手で誘導し、力を下方向に向ける。

 軽く、機体の重さを乗せてやれば、もう支えきれずに俯せに抑え込まれてしまう。

 ソードを持った腕を逆関節に極めて、ビームピストルを突きつける。

 戦い方がそっくりな分、つばさちゃんに慣れてる俺には、粗が目に着いてしまって、負ける気がしなかった。

 万雷の拍手の中、コクピットブースを出て右拳を突き上げる。

 千葉県大会優勝! 出来過ぎな結果に、店長もつばさちゃんも喜んでくれている。

 ささやかなトロフィーや、賞状を貰うより、彼女たちの笑顔の方が何倍も誇らしかった。

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